第11話

文字数 2,827文字

   四。


 クソ親父のコトを考えるとホント吐き気がする。家庭を顧みないクソ親父。疾風会田山病院理事長・田山馬岱。
 あんな父親だから、母さんの心の具合の悪さにも気づかなかった。母の父に対する不信、その結果としての不倫、夫婦喧嘩、……果ては母の、自殺。
 父親らしいコトはなにひとつしなかった父は、それでも三人姉妹の長女の私を除く二人は愛していたらしい。
 しかし、三女の美菜子が五歳の頃、馬岱との約束で、父のお抱え運転手の自動車でここ、過多萩市の『島』にあるバラ屋敷に向かう途中、悲劇は起こった。飲酒運転の車が、美菜子の乗る車に激突してきたのだ。美菜子は即死した。
 父は、馬岱は無事だった。なぜなら、馬岱は一緒にバラ屋敷に行くと約束しながら、予定をキャンセルして、美菜子についていかなかったからだ。寂しい思いで一人、自分の知らない運転手の運転する自動車に揺られながら遊園地に向かう途中、美菜子は死ぬコトとなった。
 吐き気のする話だ。私がみっしーなら、あの父親の服に向かって嘔吐するところだ。

 朝。昨日の深夜の訪問者、ちはるに「一筆書かせようとした」らしい男が現れて、田山姉妹の部屋は騒然とした。しかしながら理科が起きてみると、ちはるもみっしーもいつも通りになっていた。
 朝恒例のパイナップルサンドを頬張り、理科は馬岱と、二人目の妹・美菜子のコトを考えていた。みっしーはめざましテレビの星座占いを凝視していた。
 ケータイの着信音が鳴り、台所のちはるは電話に出る。「あー、京子。どうしたの?」としゃべり出す。友だちからの電話らしい。ケータイを持ったまま、ちはるはドアを開け、部屋の外に出る。理科はそれを見やり、ちはるが元気を取り戻したのをその声で知り、ほっとする。
 なんでこの過多萩市に引っ越し先を選んだのか。
 それは確かにみっしーがいつか言った通り、美菜子がこの街で死んだから、という理由があるだろう。医大に入学した直後、一年で中退、医者の道を辞めた私は、昔から大好きだった絵画の道に進むコトにしたのが大きな理由ではあるが、この街に骨を埋めたい、という理由がないわけではない。いや、そっちの理由の方が大きいか。医者になれ、とクソ親父から言われ続け勉強ばかりしていた少女時代。だが、なにも大嫌いな父親の意志を尊重する必要などないのだ。特に、身体がいつまで保つかわからない状態になった今は。
 理科は握った手に力を込める。苛立っているのかもしれないな、と思った。外からはちはるが明るく喋る声が聞こえてくる。そう、また日常に戻ればいい。みんながそれを望んでいる。
 そう思った瞬間、肺に激痛が走り、理科は座ったままくの字型に身体を丸めた。
 咳き込む。痛い。痛い。内臓が痛い。
 大きく開けた口から、咳が出るたび、血が出てくる。血が更に痛みを助長する。理科は咳をし血を吐きながら、泣きそうになる。
 それ以上に。
 ちはるがこのコトを知らないままにしておかないと!
 理科は焦る。テレビの方を見ると、みっしーが無表情にこっちを見ていた。
 みっしーは、咳が収まるのを確認してから、理科に言った。理科はぜーぜーと息を吐いている。息を乱しながら、血をティッシュで拭いて、ゴミ箱へ。
「理科。言っておきたいコトがあります」
 その声は、理科の喀血を前から知っていたようなそぶりだ。いつから、気づいていた?
「ボクは、死神少女です。絶縁の、縁切りの死神なのです。なぜそんなボクがここに長居しているか、考えてもらいたいものです」
 そう、みっしーはちはるが連れてきた死神なのだ。信じていいのかはわからないが、でも信じるに足る言動を、みっしーはたまにする。だから、理科は口を挟まない。
「姉妹の絆は強固なものです。しかし、全く切れないというわけではないのです。理科の残りの命が短いと自分で知っているのなら、ボクに全てをゆだねて見るのはどうですか」
 みっしーは、理科の瞳をまっすぐ見つめている。「縁結びの才能をお持ちの理科は、全ての縁を絶ち切って死ぬべきなのです」
 そう言うとみっしーは呪文を唱え、『ハネムーンスライサー』を現前させる。
「普通の人はこんな待遇、受けるコトなんて出来ないのですよ? それを、他の誰でもない『理科だからこそ』実行したいと、ボクは思うのです。ボクと理科が対峙する前に、決断してはどうですか? さあ、今……」
 理科もみっしーから目をそらさない。みっしーが言っているのは、確かに破格の待遇だ。このまま、みんなとの縁を絶ち切るのも、アリかもしれない。
 みっしーが得物を構える。理科は目を閉じた。
 そう、これでいいんだ。
「お姉ちゃん!!」
 ハッと、理科は我に返る。テンプテーションが切断されたかのように。
「お姉ちゃん! 大変なの!」
 ドアを開けて部屋に戻ってきたちはるが、足で音を立てながら理科とみっしーのところに走ってきた。
「京子から聞いたんだけどね、バツ子と日和が、『ザ・男料理塾!』の収録で木戸商店街に来るって! 今日なんだって! 行きましょ、二人とも!!」
「なんだって、ですよ!?」
 ハネムーンスライサーを消したみっしーはちはるの言葉に飛びつく。
「辛気くさいコトやってる場合じゃないですよ? 行きましょ、理科!」
「あ? ああ……」
 深呼吸を一つ。
「……うん。そうしよっか」
 理科に暗い顔は似合わないです、とみっしーは思う。
 しかし、その笑顔を奪うのが、ボクの仕事だなんて、全くの皮肉です。
「ボクは、なにを躊躇っているのですかね……」
 誰にも聞こえないようなささやき声で、みっしーは呟くのだった。

 とかく理科たち三人は収録を見学するために支度をする。何事もなかったかのように。


   ☆


 母親? 母のコトは、正直あまり覚えてない。母がいなかったからこそ、姉妹の絆は強かったような、そんな印象。死んだ母には失礼かもしれないけど、片親がいなくて困ったコトはほとんどなかった。ちょっと友だち達と違う環境で生きてるなー、とは思ったけど。いや、ちはるや美菜子がどう思っていたかはよくわからないわよ? 話をしてても母の話題にはなかなかならなかったから。私の方は、英才教育という名の監獄にぶち込まれていて、それどころじゃなかったのかも。なぜ姉妹の中で一番父に嫌われている私が医者になるようにと勉強を叩き込まれたのか、それもよくわからない。とにかく、子供の頃の私は必死だった。父に、これ以上嫌われたら殺されてしまう、とかなんとか、そんな風に思っていた。
 子供時代、ウンザリするコトだらけで。大好きなイラスト描きだけは、こそこそと続けていた。あの頃はちはるや美菜子も私の真似して絵を描いていたっけ。みんなで鑑賞会なんて開いてね。コーラとポテトチップスがそこでは必需品で。楽しかったなー。

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登場人物紹介

田山理科:ちはるの姉。絵描き。戦う武器はペインティングナイフ。

田山ちはる:田山理科の妹。優しいけど怒ると怖い一面も。自分の姉の理科のことが好き。

みっしー:死神少女。田山姉妹の住んでる部屋で居候をしている。武器は縁切りの大鎌〈ハネムーン・スライサー〉。ハネムーン中に離婚させるほどの威力を持つ。大鎌は刃物なので、普通に危ない武器。

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