第18話
文字数 2,239文字
☆
理科は震えていた。日和とジャクソンの言葉のやり取りに真剣に聞き入ってしまっていたのである。ああ、そうよ、これは日和の話でもあり、私の話でもあるのよ。そう、これは私を導く話なんだわ! 考えないと! この話からなにかを得られそう、そんな気がするの。
理科たちがどこからジャクソンの話を盗み聞きしていたかというと、それは日和が没入した直後からである。日和は走ってきていたわけだが、日和は線の細い小学生、大して走りが早いわけでもなく、息を整えているうちに、同じく走ってきた理科たちにすぐに追いつかれてしまったのであった。それは理科たちが普段荒っぽい武闘派だったので、余計に簡単に追いつかれてしまった、という言い方も出来るかもしれない。
神社に向かう途中、走っていた理科の横で、同じく走っていたぱせりんはこんなコトを理科に説明していた。
「理科さん。あなたの周りにはたくさん異形の者がいるぱせ。関係性を繋ぐ才能があるから、異形の者もついでに集まってきてしまうのぱせ。思わないぱせか、なんで魔女だの死神だの、これから会う天使なんぞという類いの人外の者がいながら、どうして日和の悩みひとつ解決出来ないのか、と。ぱせぱせ。ひとつには私の魔法やらそこの三流死神の成田離婚の鎌とかを使いすぎたり使いどころを間違えると、この世界の『時空の歪み』を増幅させてしまうから、という理由もあるぱせが、でもそれだけじゃないぱせ。答えは簡単、『ズルをして願いを叶えて悩みを解決しても、それは本人のためにならないから』ぱせ。ズルして上手くいったら、いつか気づくぱせ、『これは私の力なんかじゃない』と。気づいたら悲しいぱせよ~。なんでもありのファンタジー的な能力だからこそ、望みを叶えた時にそれがただのファンタジー(幻想)でしかないというしょうもない結果になってしまう。人間は、それじゃダメだと思うぱせ。……とは言ってもそれは私の意見であって、そこの死神少女がどう思ってるかは知らないぱせが」
理科はそのぱせりんの言葉を思い出す。今の私の周りにはファンタジーがある。でも、そこじゃないんだ。現実から遊離したところに答えなんかはないし、ファンタジーなものは、答えをくれない。ぱせりんの話でそれはわかった。
だから、地に足の着く考えで、ものを考えてみる。
するとわかる。
その『地に足の着いた考えを、私はしていない』と。
つまりは、そういうコトだ。
賞味期限を突きつけられた存在。それは私。日和と同じだ。私は父親に突きつけられた。だから、引き剥がされないように努力した。寝ないで受験勉強をした。私にも、普通の、一般的な幼少期なんてなかった、芸能人の日和ほどではないけれど。なんで父は溺愛していたちはるではなく、私を医者にさせ、後を継がせようとしたのか、それはわからない。しかし、父が母の自殺、そして美菜子の交通事故死を経た後に冷酷な人間になったのは間違いない事実だ。理事長になり、病院の患者には会わなくなり、ただ執行部で機械のように動くようになった、田山馬岱という男。私は、その機械人間に捨てられないよう、必死の努力をした。逃げなかった、逃げられなかった。でも、最後の最後に逃げてしまった。医大の中退という最悪のカタチで。そして、私はちはるを引き連れて、この過多萩市に引っ越してきた。日和と同じく小学生の時に見つけた夢、絵を描く日々を送る人という夢を、残りの人生で実現させるために……。
ぱせりんがジャクソンを日和に会わせようと境内の表に連れていく。思考中の理科もその群れに混じり、ついていく。
境内にはロリポップキャンディをいつものように舐めている千鶴子と、ふくよかな胸を揺らしながら明るい顔をしている場違いな牛乳がいた。日和は千鶴子に「ごめんなさい、ごめんなさい」と言いながら泣いている。
「フッ、誰にでもこういう時期はあるわ。もちろん私にだってあったのよ。自分を責めないでいいの」
と千鶴子は応じた。
私は芸術の街に来た。ここにはアートがあふれている。至るところにアートがあふれているんだ、なのに。なのに私はなにをやっている?
時間なんて残されてないのに。
私はただ、事態に流されているだけ。自分からはなにもしていない。バイトすら、見つけられてない。ちはるだってバイト、してるのに。
今度のアートフェスの『金太フェス』には、エントリーする。でもこれは、私が見つけてきたわけじゃない。結局は成り行き。
でも。
でも私自身が、私自身の手で決断したい事柄が、今、目の前に、ある。
私がこの街のアートの中で一番気に入ったもの。
それは『ステキパンダ』だ。
グラフィティアート。路上の落書き。落書きをアートにまで高めた美術作品。
その創作集団。
『ファーム』。
理科は目の前でキャンディを舐めている千鶴子を見やる。
気づいてこっちを向いた千鶴子と、理科は目が合う。
「アイコンタクトなのん? いやん、千鶴子、理科は私のものよん」
と牛乳は言うが、もちろん二人は無視をする。
理科は決心する。
ここで、私は言わなくてはならない、と。
それは、偶然ではなく、必然。
「千鶴子さん、私を、田山理科をファームの一員にして下さい!!」
大声で、理科は叫んだ。
その場にいた一同は、その大声にびっくりする。
そして運命は、大きく廻り始めた。
理科は震えていた。日和とジャクソンの言葉のやり取りに真剣に聞き入ってしまっていたのである。ああ、そうよ、これは日和の話でもあり、私の話でもあるのよ。そう、これは私を導く話なんだわ! 考えないと! この話からなにかを得られそう、そんな気がするの。
理科たちがどこからジャクソンの話を盗み聞きしていたかというと、それは日和が没入した直後からである。日和は走ってきていたわけだが、日和は線の細い小学生、大して走りが早いわけでもなく、息を整えているうちに、同じく走ってきた理科たちにすぐに追いつかれてしまったのであった。それは理科たちが普段荒っぽい武闘派だったので、余計に簡単に追いつかれてしまった、という言い方も出来るかもしれない。
神社に向かう途中、走っていた理科の横で、同じく走っていたぱせりんはこんなコトを理科に説明していた。
「理科さん。あなたの周りにはたくさん異形の者がいるぱせ。関係性を繋ぐ才能があるから、異形の者もついでに集まってきてしまうのぱせ。思わないぱせか、なんで魔女だの死神だの、これから会う天使なんぞという類いの人外の者がいながら、どうして日和の悩みひとつ解決出来ないのか、と。ぱせぱせ。ひとつには私の魔法やらそこの三流死神の成田離婚の鎌とかを使いすぎたり使いどころを間違えると、この世界の『時空の歪み』を増幅させてしまうから、という理由もあるぱせが、でもそれだけじゃないぱせ。答えは簡単、『ズルをして願いを叶えて悩みを解決しても、それは本人のためにならないから』ぱせ。ズルして上手くいったら、いつか気づくぱせ、『これは私の力なんかじゃない』と。気づいたら悲しいぱせよ~。なんでもありのファンタジー的な能力だからこそ、望みを叶えた時にそれがただのファンタジー(幻想)でしかないというしょうもない結果になってしまう。人間は、それじゃダメだと思うぱせ。……とは言ってもそれは私の意見であって、そこの死神少女がどう思ってるかは知らないぱせが」
理科はそのぱせりんの言葉を思い出す。今の私の周りにはファンタジーがある。でも、そこじゃないんだ。現実から遊離したところに答えなんかはないし、ファンタジーなものは、答えをくれない。ぱせりんの話でそれはわかった。
だから、地に足の着く考えで、ものを考えてみる。
するとわかる。
その『地に足の着いた考えを、私はしていない』と。
つまりは、そういうコトだ。
賞味期限を突きつけられた存在。それは私。日和と同じだ。私は父親に突きつけられた。だから、引き剥がされないように努力した。寝ないで受験勉強をした。私にも、普通の、一般的な幼少期なんてなかった、芸能人の日和ほどではないけれど。なんで父は溺愛していたちはるではなく、私を医者にさせ、後を継がせようとしたのか、それはわからない。しかし、父が母の自殺、そして美菜子の交通事故死を経た後に冷酷な人間になったのは間違いない事実だ。理事長になり、病院の患者には会わなくなり、ただ執行部で機械のように動くようになった、田山馬岱という男。私は、その機械人間に捨てられないよう、必死の努力をした。逃げなかった、逃げられなかった。でも、最後の最後に逃げてしまった。医大の中退という最悪のカタチで。そして、私はちはるを引き連れて、この過多萩市に引っ越してきた。日和と同じく小学生の時に見つけた夢、絵を描く日々を送る人という夢を、残りの人生で実現させるために……。
ぱせりんがジャクソンを日和に会わせようと境内の表に連れていく。思考中の理科もその群れに混じり、ついていく。
境内にはロリポップキャンディをいつものように舐めている千鶴子と、ふくよかな胸を揺らしながら明るい顔をしている場違いな牛乳がいた。日和は千鶴子に「ごめんなさい、ごめんなさい」と言いながら泣いている。
「フッ、誰にでもこういう時期はあるわ。もちろん私にだってあったのよ。自分を責めないでいいの」
と千鶴子は応じた。
私は芸術の街に来た。ここにはアートがあふれている。至るところにアートがあふれているんだ、なのに。なのに私はなにをやっている?
時間なんて残されてないのに。
私はただ、事態に流されているだけ。自分からはなにもしていない。バイトすら、見つけられてない。ちはるだってバイト、してるのに。
今度のアートフェスの『金太フェス』には、エントリーする。でもこれは、私が見つけてきたわけじゃない。結局は成り行き。
でも。
でも私自身が、私自身の手で決断したい事柄が、今、目の前に、ある。
私がこの街のアートの中で一番気に入ったもの。
それは『ステキパンダ』だ。
グラフィティアート。路上の落書き。落書きをアートにまで高めた美術作品。
その創作集団。
『ファーム』。
理科は目の前でキャンディを舐めている千鶴子を見やる。
気づいてこっちを向いた千鶴子と、理科は目が合う。
「アイコンタクトなのん? いやん、千鶴子、理科は私のものよん」
と牛乳は言うが、もちろん二人は無視をする。
理科は決心する。
ここで、私は言わなくてはならない、と。
それは、偶然ではなく、必然。
「千鶴子さん、私を、田山理科をファームの一員にして下さい!!」
大声で、理科は叫んだ。
その場にいた一同は、その大声にびっくりする。
そして運命は、大きく廻り始めた。