第37話

文字数 4,700文字

   ☆


「さて、お次は『ファーム』という鬼物語をつくった鬼女、下野千鶴子さんの登場よ!」
「私のどこが鬼よッッッ!?」
 紹介したバツ子の毒舌に舞台袖から大声で抗議するこの女性は千鶴子。しかし声がデカイ。会場では忍び笑いが蔓延する。
 日和がそれをスルーして進行させる。
「まずは下野さんの応募作品から観ていこうねっ! 登場はその後だよっ」
 ステージ奥のスクリーンに映像が映しだされる。今度は静止画だ。
 キラキラ光るしゃれこうべ。白く輝く石で造形されたドクロちゃん。
 人間の頭蓋骨をかたどった作品。それが千鶴子のエントリー作品だった。
 それを観た瞬間、ぱせりんは叫んだ。
「あ、デミアンスカルぱせ!」
 それに冷静に応えるのは半熟王子。
「いや、そんなわけがない。デミアン・ハーストの『神の愛に捧ぐ』、通称『デミアンスカル』、あれはダイアモンドとプラチナだけでつくられた人間の頭蓋骨。約百二十億円、五千ポンドの制作費がかかっている。それが売れない塗装店の店主である下野がつくれるわけがない。おい、バツ子、本物を見せろ!」
「全く、私を呼びつけにするなんて、アンタ、……私のコト、好きでしょ?」
「んなわけあるかい!」
「全く、恥ずかしがり屋なんだから」
 と半熟王子にウィンクするバツ子。
 王子は背筋が凍った。
「ぽっくんはおデブのおかまが好きなほどマニアックな趣味を持ってはいない!」
「あら、私のバージンを奪ったのは誰かしら?」
「って、うぉいッ! 変なコト言うな! お客さんが信じるだろうがッ」
 案の定オーディエンスからは冷やかしの「ヒューヒュー」という声。
「はいはいっ、茶番はこれくらいでねっ。私が現物を持ってきたよっ」
 日和が台車に載せた輝くドクロをステージに出してオーディエンスに見せてから、解説席に持ってくる。
 解説席の四人は身を乗り出して、それを観る。
 最初にツッコミを入れたのはぱせりんだった。
「くっ! やっすいぱせね!」
 ちはるにはその言葉の意味がわからない。
「え? どういうコト?」
「よく観てみるぱせ。これ、全部ガラスで出来てるぱせよ」
「そうなの?」
「ふむ。魔女の言う通りだ。ぽっくんが見るにこれ、制作費は一万円もかかってないぞ」
「へー、そうなんだ」
 と、そこにみっしー。
「おいおい、半熟者。違うです。このドクロの歯は全部本物の人間の歯ですよ? 虫歯もない歯だからニセモノっぽいですが、これは本物です」
「む?」
 半熟王子はもっと身を乗り出して、ドクロを見つめる。
「おお、本当だ。ぽっくんとしたコトが」
「さすがは三流でも死神。いい着眼点ぱせ」
「三流ではないです! つーかボクの『関係性の死』を司るというのはそもそも……」
「はいはい、講釈はそのうち聞くぱせ。今は解説ぱせよ。本物のデミアンスカルも、材料がダイアモンドとプラチナでびっくりするから印象薄いぱせが、歯の部分はやはり本物なのぱせ。デミアン・ハーストという人物はYBAという集団で展覧会を開いた時からそうなのぱせが、気持ち悪くて挑発的な作品をつくるコトに長けてる作家なのぱせ。ハーストの代表作だって、本物の牛を輪切りにしてホルマリン漬けにした作品ぱせよ。この内臓モロ見えの作品はどういう意味があるかというと、観た人は「かわいそう」だの「気持ち悪い」だの言うだろうけど、私たち人間のほとんどは日常において牛の肉を食ってる、という事実があり、そこにこの作品は問題提起をしているという意味があるわけ」
 と、そこに実況の日和。
「ちなみに、この作品のタイトルは『神の労働に捧ぐ』だよっ」
 ぱせりんは頭をテーブルにぶつけ、ずっこけるジェスチャー。
「タイトルまでやっすいぱせね~」
「は~い、ではっ、鬼女の下野千鶴子さんの登場だよ~っ」
「私は痴女じゃないッッッ」
 なんか言葉を聞き間違えつつ、千鶴子はステージにその身を現した。

 バツ子が千鶴子を指さし、言う。
「はい、では二番、下野千鶴子さんの作品のタイトルは『スカートの中の激情』。さっきの本物の歯も挑発的だったけど、こっちも挑発的なタイトルね」
 千鶴子はセンターに立ち、手に持った菜箸を肩と水平辺りまで上げ、構える。
「ん? 菜箸ぱせか?」
 ぱせりんは注視してしまう。どうやら犬子に続けて、パフォーマンス勝負なのだな、と。
 千鶴子が構えると袖から黒衣が二人登場。台座に載せた鉄板を持ってくる黒衣と、野菜などを載せた皿を持ってくる。
 千鶴子は気合いを入れる。
「ギア・サード!」
 なにがギア・サードなのかはわからないが、黒衣が退場したところで千鶴子のパフォーマンスがスタートした。
 サラダ油を鉄板に入れ、加熱。にんじんやキャベツ、タマネギなどをみじん切りに。そして、切った野菜を鉄板に投入。
 少し炒めたところでちぢれた麺を入れ、水を加える。その後、菜箸で麺をほぐし、麺と野菜を更に炒める。
 そのパフォーマンスの全容が明らかになったところで、ぱせりんは呟く。
「焼きそば……。リクリット・ティラヴァニャぱせね……」
 半熟王子も、それに応じる。
「ふむ、これはティラヴァニャの代表作『パッタイ』だ。ギャラリーでタイ風焼きそばをつくり、それを観客に振る舞うというアレだ」
「え? どういうコトなの? これもアート?」
 ちはるは戸惑う。料理がアートとどう繋がるかがわからないのだ。
「ぱせぱせ。焼きそばをつくり、大勢で食べるというのは『コミュニケーション』だし、その場に『関係性』が生まれるぱせ。これは人と人が出会う『偶然性』という要素もあるぱせね。現代のアートにとってコミュニケーションというのは大事な要素ぱせ。さっきの犬子もそうだったぱせが、『繋がり』の大事さが、そこでは浮き彫りになるぱせよ。また、関係性の『偶然』、これも重要ぱせ。デュシャンなんて、自分の作品を運ぶ時に傷が付いたら歓んで、その傷も含めて作品とした、という有名なエピソードもあるぱせ」
 みっしーはそれを聞いて、
「見てたら腹ぺこになってしまったです。クソ魔女の話を聞くと、これからみんなで会食と相成るようです。今は正午過ぎ。ちょうどいいタイミングです。早く喰わせるです」
 と、マイクを通して喋り、わざわざ自分の腹ぺこをアナウンスする。
 そして、焼きそば完成。
 千鶴子は焼きそばを小皿に盛る。
 そして。
 その焼きそばを。
 自分だけで喰いだした!
 半熟王子は驚愕する。
「なッ、……なん……だと……ッッッ!」
 みっしーも泣き顔になる。
「喰わせるです、ボクに喰わせるですよ~」
 みっしーは昼飯を食べていないのであった。
 そこに筆王が叫ぶ。
「みいいいぃぃぃんなでつくうううぅぅッッッてアラモードオオオォォォ!!」
 叫びながら得点のスイッチを押す。
「おっと、筆王がスイッチを押したわね」
 バツ子のその言を受けて、日和が得点を発表する。
「下野千鶴子さんの得点はっ! 九十八点!」
 観客席のそこら中から「おお!」という声が漏れる。九十八点。それは猫部犬子と同点である。
 日和は話を振る。
「解説席っ、解説席っ。この作品の解題を頼むよっ」
「わかったぱせ」
 ぱせりんたちはそれを受け、解説モードになった。

「さて」
 ぱせりんは探偵小説のように前置きをおき、言葉を紡ぐ。
「この作品、『スカートの中の激情』ぱせが、まずツッコんでおきたいのは、なぜ、このタイトルをつけたか、ぱせが」
 それに続けて、半熟王子。出鼻をくじく。
「『まず』もなにも、そこが肝要なところだろう」
「そうぱせね」
「これはなんと言っても、テーマである『でんぐり返っておぱんちゅきらり☆』の行使を行っているところに、その意義がある」
「ほ~う。どういうコトぱせか」
「ふむ。これはな、ぽっくんが思うに、『アンダーヘア』を、この焼きそばが現している、という」
「下ネタは厳禁ぱせよ」
「下ネタとかそういう問題ではない! これは作品の解題なのだ!」
「ふ~ん、じゃあ聞くぱせよ」
「これは、焼きそばというのがスカートの中のアンダーヘアを現していて、それを自分で食べるというのが、幼児退行、すなわち『パイパン』を暗示している、というコトだ」
「あ~、一言言っておくと、パイパンとは麻雀用語で『なにも印字されていない牌』のコトを言うぱせよ」
「ふむ、それだ。これは自分で自分の毛を剃ってしまう、というのを表現しているのだ。これが、幼女を匂わすこのテーマの行使というわけだ」
 それを聞いているちはるは顔を赤らめ、両耳を手で覆って、声が聞こえないようにしている。
 みっしーはもちろん怒る。
「ちょっと待て、このクソ王子。ちはるが嫌がってるじゃないですか。お前、半熟者のくせにボクのちはるに恥ずかしい思いをさせて、なに考えてるんですか! どあほ!」
「ぬ! ぽっくんのどこが悪い? これは芸術的な問題なのだぞ」
「そういうのがムカつくんですよ! ボクは知ってるです、お前、おちんちんも半熟なのです! あっちの方も半熟なのです!」
「なっ!? なにを言うか!」
「お前のおちんちんはポークピッツより小さいという話ですよ」
「みっしー、お前はぽっくんのモノも見たコトないクセになにを言っておるのだ!」
「半熟者、お前が女にモテないから風俗店に足繁く通ってるのは知ってるです。そして、風俗嬢の友だちが、ボクにはたくさんいるのです。伊達に菊屋横町に住んでるわけじゃぁ、ないのです」
「な……、なん……だと!?」
「お隣の権堂おばさんだって、お前がおセックスした女のひとりです。ちなみに権堂さんは六十五歳です!」
「な! なに~! ぽっくんがおセックスした権堂ちゃんが六十五歳だとッ!」
「みんなお前の半熟でお粗末なモノには失笑ですよ?」
「い、いや、だがな、お前は失念している。ぽっくんのおちんちんは、収縮率が普通のおちんちんとは違うのだッッッ! よく外人のおちんちんは大きいというだろう? だがな、確かに彼らは大きいが、おちんちんの収縮率はそんなにないのだ。しかしだ、ぽっくんのおちんちんは怒張する時にこそ、その真価を発揮する。メチャ大きくなるのだぞ! お前、それを見たら失神するぞ、間違いなく」
 と、そこまで口論が進んだところでちはるが叫ぶ。
「そういう話は、いいいいいいいいぃぃぃぃぃぃィィィィィィやあああああああああぁぁぁぁぁぁァァァァァァ!!」
 ちはるの叫びは振動となってステージを揺らす。ぱせりんも半熟王子もみっしーも、思わず目をつぶって耳を塞ぐ。会場の皆様もまた然り。
 怪音波はまず解説席のそれぞれのところに置かれた水を入れたグラスを割る。
 次いで机が吹き飛ぶ。
 そしてステージの後方に置かれたモニターが破壊された。
 ステージ中央の筆王はその怪音波に歓び、どこからか持ってきたマラカスを振り振り、
「う~、マンボッッッ!」
 と一人、叫んだ。この流れだとなぜか、その言葉もまた、卑猥に聞こえるのだった。

 耳を塞いでいた日和は、怪音波がやんだところで、進行を続行させる。
「あはっ。まあ、ちはるちゃんの気持ちも私はよくわかるよっ。それじゃ、次、行こうかなっ」
 バツ子もため息混じり。
「ステージはめちゃくちゃになったけどね……」
「それじゃ、最後に、田山理科さんの登場だよっ! まずはエントリー作品から! どうぞっ」

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登場人物紹介

田山理科:ちはるの姉。絵描き。戦う武器はペインティングナイフ。

田山ちはる:田山理科の妹。優しいけど怒ると怖い一面も。自分の姉の理科のことが好き。

みっしー:死神少女。田山姉妹の住んでる部屋で居候をしている。武器は縁切りの大鎌〈ハネムーン・スライサー〉。ハネムーン中に離婚させるほどの威力を持つ。大鎌は刃物なので、普通に危ない武器。

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