第24話
文字数 2,312文字
☆
オレンジジュースとミルクを混ぜながら田山理科は、
「あー、締め切り近いわね」
とキッチンで呟いた。それから、今つくったそのオレンジジュースとミルクを混ぜたものを、一気に飲み干す。
今は二月一日火曜日の朝六時過ぎ。キッチンでは理科の横で、ミカン箱にのぼりながら妹のちはるが軽い朝食をつくっている。背が低いので、ミカン箱にのぼらないと台所が使えないのだ。
ちはるがつくるのはパイナップルサンドと目玉焼き。田山家の定番メニューだ。みっしーはまだ寝ている。みっしーを起こしにいかなきゃな、と理科は思う。
理科の言う締め切りとは。過多萩市の『過多萩学園』で行われる美術の祭典『金太フェス』、そこでの目玉企画である美術作品の競作大会『金太フェス・無茶振り決戦マジ巌流島』に、理科は応募しようとしているのだが、その締め切りのコトである。応募締め切りは二月五日土曜日消印有効。消印有効ってたって、もう創作する時間は一週間も残されてない。未だ良いアイディアは生まれず。理科はちょっと悩み気味。どーしよー。
「お姉ちゃん、みっしーを」
「はいよ、起こしてくるわ」
理科はちはるとみっしーが共同で寝室に使っている部屋に入る。そしてみっしーを文字通り蹴り起こす。
「起きろ死神少女さんよ。めざましテレビは始まってるわよ」
脇腹を蹴られて「ふごっ!」とうめき、それから目をこすりムクリと起き出すみっしーは低血圧。その機嫌はもちろん悪い。
「もうちょいまともな起こし方はできないのですか、理科。ボクはレデーなのですよ」
「レデーじゃなくえレディーね。お前は田舎のおっさんか。はいはい、起きた起きた!」
布団をめくり取る理科に抵抗しないみっしー。
「田舎のおっさんというより『いなか、の、じけん』です」
「なにそれ?」
「夢野久作です」
「知らんわ。バカ言ってないで早く起きなさい」
「うぃー」
と、そこにちはる。
「二人とも~、朝ご飯できたわよ~」
『は~い』
ユニゾンで応える理科とみっしー。
いつもの朝食の時間が過ぎていく。
☆
一月の終わり、あの初雪の日のあとから、理科は『ファーム』に入るコトになった。そして最初に千鶴子から伝えられたコトは「いきなりでファームの活動に参加したいなんて、全く寝言は寝てからほざきなさい! 飴玉のごとく甘いあなたは、まずはぱせりんから美術の指導を受けるのよ」というものだった。
そして理科はその日から五日間、魔女っ娘先生ぱせりんから毎日、指導を受けたのである。
美術の指導を受けるというコトで、理科はいつものスケッチブックと鉛筆を持参しファームの本拠地、木戸商店街にある『下野塗装店』に朝早く赴いたのだが、ぱせりんから絵を描け、と言われるコトは一度もなかった。ぱせりんの指導、それは理論と歴史のお勉強なのだった。
理科は今まで感覚だけで絵を描いていた。自分の絵のポジショニングも全く考慮していなかった。ただ、描きたいように描く。それこそが正しいのだと思っていた。しかし、それは間違いだった。美術とは、他人から評価されてこそのもの。生前評価されなかったアーティストであっても、結局は死後に評価されたからこそ残っているのだ。他人からの評価は、大切だ。だからこその、歴史と理論。ぱせりんの指導は、まずはそこの意識改革から始まったのだ。理科は目を丸くして、ぱせりんの話を聞く。びっくりの連続だった。
「ぱせぱせ。わかってるとは思うぱせが、理科の絵もファームの作風も、それにこの街の推進する美術も全て、コンテンポラリーアートなのぱせ」
「こんてん……、はい?」
「コンテンポラリーアート! 現代美術ぱせよ」
ぱせりんは後ろにある黒板を平手で思い切り叩く。
それから咳払い。
「コンテンポラリーの開祖と呼ばれる人間には、諸説あるぱせが、とりあえずマルセル・デュシャンと考えて良いぱせ」
さすが大学講師ぱせりん。鋭い口調。よくわかってない理科はすでに置いてきぼりに近いが、有無を言わせない。
私、頑張って食いついていかないと!
「マルセル・デュシャンといえばレディメイドシリーズという一連の作品。その中で一番最初につくり、世界に衝撃を走らせた作品こそが『泉』ぱせ」
「泉? 泉和良?」
「そうそう、思わず応援したくなっちゃうような恋愛小説を書く……、って、ちっがーうぱせ!」
ぱせりんはそう言うとチョークを高速で投擲する。それは見事理科の額に命中する。「ボンゴレ!!」とうめく理科。しかしぱせりんはそれを無視。
「『泉』という作品は、既製品の男性用便器に自分のペンネームの署名をして、それだけで作品としたものぱせ。凄いと思わないぱせか、この批評性」
「いや……、えっと、……うん、す、すごい……かな?」
理科はなにがなんだかわからないが、とにかくそのコンテンポラリーアートという奴は『紙一重』なのがわかった。なにしろ便器からはじまった世界だからね。
そして、自分もそこの住人で間違いないな、という確信も、あった。
その後も五時間ぶっ通しでぱせりんの個人レッスンがあり、それは毎日続く。
その中で理科は、自分の狂気と本気で向き合い、表現するというコトの大事さを知った。
やっぱりここに来て良かった、と理科は確信した。
「みんな、この場所では自分の狂気と向き合ってるのね」
「ん? なに? 質問ぱせか」
「あ、あは。独り言です」
「そうぱせか。じゃ、私語は慎んで、次行くぱせよ」
「はい!」
みんなの狂気と私の狂気、戦わせてみようじゃないの!
オレンジジュースとミルクを混ぜながら田山理科は、
「あー、締め切り近いわね」
とキッチンで呟いた。それから、今つくったそのオレンジジュースとミルクを混ぜたものを、一気に飲み干す。
今は二月一日火曜日の朝六時過ぎ。キッチンでは理科の横で、ミカン箱にのぼりながら妹のちはるが軽い朝食をつくっている。背が低いので、ミカン箱にのぼらないと台所が使えないのだ。
ちはるがつくるのはパイナップルサンドと目玉焼き。田山家の定番メニューだ。みっしーはまだ寝ている。みっしーを起こしにいかなきゃな、と理科は思う。
理科の言う締め切りとは。過多萩市の『過多萩学園』で行われる美術の祭典『金太フェス』、そこでの目玉企画である美術作品の競作大会『金太フェス・無茶振り決戦マジ巌流島』に、理科は応募しようとしているのだが、その締め切りのコトである。応募締め切りは二月五日土曜日消印有効。消印有効ってたって、もう創作する時間は一週間も残されてない。未だ良いアイディアは生まれず。理科はちょっと悩み気味。どーしよー。
「お姉ちゃん、みっしーを」
「はいよ、起こしてくるわ」
理科はちはるとみっしーが共同で寝室に使っている部屋に入る。そしてみっしーを文字通り蹴り起こす。
「起きろ死神少女さんよ。めざましテレビは始まってるわよ」
脇腹を蹴られて「ふごっ!」とうめき、それから目をこすりムクリと起き出すみっしーは低血圧。その機嫌はもちろん悪い。
「もうちょいまともな起こし方はできないのですか、理科。ボクはレデーなのですよ」
「レデーじゃなくえレディーね。お前は田舎のおっさんか。はいはい、起きた起きた!」
布団をめくり取る理科に抵抗しないみっしー。
「田舎のおっさんというより『いなか、の、じけん』です」
「なにそれ?」
「夢野久作です」
「知らんわ。バカ言ってないで早く起きなさい」
「うぃー」
と、そこにちはる。
「二人とも~、朝ご飯できたわよ~」
『は~い』
ユニゾンで応える理科とみっしー。
いつもの朝食の時間が過ぎていく。
☆
一月の終わり、あの初雪の日のあとから、理科は『ファーム』に入るコトになった。そして最初に千鶴子から伝えられたコトは「いきなりでファームの活動に参加したいなんて、全く寝言は寝てからほざきなさい! 飴玉のごとく甘いあなたは、まずはぱせりんから美術の指導を受けるのよ」というものだった。
そして理科はその日から五日間、魔女っ娘先生ぱせりんから毎日、指導を受けたのである。
美術の指導を受けるというコトで、理科はいつものスケッチブックと鉛筆を持参しファームの本拠地、木戸商店街にある『下野塗装店』に朝早く赴いたのだが、ぱせりんから絵を描け、と言われるコトは一度もなかった。ぱせりんの指導、それは理論と歴史のお勉強なのだった。
理科は今まで感覚だけで絵を描いていた。自分の絵のポジショニングも全く考慮していなかった。ただ、描きたいように描く。それこそが正しいのだと思っていた。しかし、それは間違いだった。美術とは、他人から評価されてこそのもの。生前評価されなかったアーティストであっても、結局は死後に評価されたからこそ残っているのだ。他人からの評価は、大切だ。だからこその、歴史と理論。ぱせりんの指導は、まずはそこの意識改革から始まったのだ。理科は目を丸くして、ぱせりんの話を聞く。びっくりの連続だった。
「ぱせぱせ。わかってるとは思うぱせが、理科の絵もファームの作風も、それにこの街の推進する美術も全て、コンテンポラリーアートなのぱせ」
「こんてん……、はい?」
「コンテンポラリーアート! 現代美術ぱせよ」
ぱせりんは後ろにある黒板を平手で思い切り叩く。
それから咳払い。
「コンテンポラリーの開祖と呼ばれる人間には、諸説あるぱせが、とりあえずマルセル・デュシャンと考えて良いぱせ」
さすが大学講師ぱせりん。鋭い口調。よくわかってない理科はすでに置いてきぼりに近いが、有無を言わせない。
私、頑張って食いついていかないと!
「マルセル・デュシャンといえばレディメイドシリーズという一連の作品。その中で一番最初につくり、世界に衝撃を走らせた作品こそが『泉』ぱせ」
「泉? 泉和良?」
「そうそう、思わず応援したくなっちゃうような恋愛小説を書く……、って、ちっがーうぱせ!」
ぱせりんはそう言うとチョークを高速で投擲する。それは見事理科の額に命中する。「ボンゴレ!!」とうめく理科。しかしぱせりんはそれを無視。
「『泉』という作品は、既製品の男性用便器に自分のペンネームの署名をして、それだけで作品としたものぱせ。凄いと思わないぱせか、この批評性」
「いや……、えっと、……うん、す、すごい……かな?」
理科はなにがなんだかわからないが、とにかくそのコンテンポラリーアートという奴は『紙一重』なのがわかった。なにしろ便器からはじまった世界だからね。
そして、自分もそこの住人で間違いないな、という確信も、あった。
その後も五時間ぶっ通しでぱせりんの個人レッスンがあり、それは毎日続く。
その中で理科は、自分の狂気と本気で向き合い、表現するというコトの大事さを知った。
やっぱりここに来て良かった、と理科は確信した。
「みんな、この場所では自分の狂気と向き合ってるのね」
「ん? なに? 質問ぱせか」
「あ、あは。独り言です」
「そうぱせか。じゃ、私語は慎んで、次行くぱせよ」
「はい!」
みんなの狂気と私の狂気、戦わせてみようじゃないの!