第40話
文字数 3,271文字
☆
「優勝者はっ……、田山理科さんですっ!!」
日和がそう言うと同時に、筆王の咆哮が、マイクを通してもいないのに会場中を包み込む。
同時に、無数の光の矢が天から落ちてきて、会場の人間一人一人に刺さっていく。
降り注ぐ光の矢。
ステージ上にいた理科はペインティングナイフを構え、そして光の矢を迎撃して攻撃をかわす。
同じくステージ上にいた犬子も、チョークを投げて光の矢をはじき飛ばす。
しかし、千鶴子は光の矢に射貫かれて、その場に転倒してしまった。
光の矢は刺さったあと、千鶴子の身体に吸収されていく。
それを見て理科は「これはみっしーのハネムーンスライサーと同じ感じだわ」と思った。
あ、そうよ! みっしーに訊けばいいんだわ。
そう思った矢先、会場中から悲鳴が上がる。
なぜか。それは会場のお客さん達が光の矢に刺されていったからだ。十分なスペースがあれば避けられないコトもないだろうが、客席は狭い。避けられず刺さる者も、だから多い。
光の矢は一人当たり一本と決まっているらしく、一本を迎撃した理科にはもう降ってこない。
一方、咆哮する筆王は、光の矢と同じ黄色い色をした光のカーテンに包まれいなくなり、そこには筆王の咆哮だけが残った。筆王の咆哮は続く。
「みっしー、これはなに!?」
理科は大きな声で言い、解説席を見る。すると、そこにみっしーの姿はなかった。
そして代わりに、ぱせりんがマイクを通して答える。
「光の矢。これは刺さった人間に己の過去である『データ・シャドウ』を見せるものぱせ。そしてこんな『光』の矢でデータ・シャドウを見せるなんていう精神感応系の電脳バリバリの術式が出来る奴は、堕天した天使しかいないぱせ」
「それってどういうコト?」
「田山理科。その前にこの咆哮のコトを考えた方がいいぱせよ。これから、来るぱせよ」
「なにが?」
「地獄が!」
禁呪はこうして行使された。
筆王の咆哮はいつの間にやら叫び声ではなく、大地を揺らす振動となっていた。
微弱な振動が、何秒間も途切れなく続く。
理科はその振動に気持ち悪くなる。
「うう、気持ちわる……、なによ、これ」
理科が気持ち悪さに吐きそうになったその時、地響きに異変が起こる。
振動が、いきなり大きくなったのだ。
「きゃっ!」
理科はそう漏らすと、地面に正座してその大きな地震に耐えようとする。
その地震は大きすぎて、理科が生まれてはじめて体感する震度だった。
揺れる、揺れる、揺れる。
最初は横に。地面どころか自分の視界さえも、横に揺れる。これには誰も立ってなどいられないだろう。
理科が周囲を見渡すと、犬子やファームの面々なども、一様に地面に座り込んでいる。
そして、客席。客たちの大半は、光の矢に射貫かれ、地面に倒れ込んでいる。倒れてないものたちもなにがなんやらわからず、ただ座り込んでその地震の状況に戸惑っている。
そして、縦揺れが襲ってくる。
理科は地面に座っているのだが、それがまんがで戯画化したかのように、身体が浮き上がる。
「ちょっ! これなに!?」
わからない。わからないが、とりあえず筆王の姿が消え、その声が消えた、というか地震に変わって、それでその地震が大きくなって……。
でも問題は、地震の大きさだけでなく、その揺れている時間の長さだ。
長い。長い。
「長すぎるッッッ!」
理科は叫んだ。
その叫びとほぼ同時に、その地震の大きさと長さに耐えかねたように、ステージのセットが崩れていく。
ラッキーなコトにここは野外ステージであり、天井が落下するコトはない。
さっきちはるの絶叫で割れたモニタが、今度は完全に破壊されて前に倒れる。会場の客席の椅子も解説席の椅子も倒れ、倒れるだけでなく、生き物のように地震で動く、動く。
ただ、失念していたコトがある。
そう、ステージには照明があり、その照明が天井から落下して来たのだ。
理科は目を瞠る。が、それ以上、なにが出来るわけでもなかったし、そういう精神状況にもいなかった。
理科はだから見ただけだ。
その照明の黒くて大きなボックスの一つが、千鶴子の頭に直撃したところを。
「千鶴子ッ」
理科はまた叫んだ。ファームの面々も同時に、理科と同じく叫んだ。
千鶴子のうつぶせの後頭部に、照明機材がぶつかり、そしてその照明が千鶴子の頭の横に転がり。
千鶴子の頭からじわじわと、血が流れ出したのだ。
しばらく、そう、一、二分間だけだとは思うが地震が続き、そして途切れ。地震が途切れたところで、ファームの面々は辺りを見回しつつ、千鶴子の周りに集まってくる。理科ももちろん駆け寄る。
ああ、もうなんなの、これは。わけがわからなすぎる!
理科は歯ぎしりをした。
千鶴子は気絶しているのか、ピクリとも動かない。まさかこれって、と理科が口にしそうになるとぱせりんは一言「死んでないぱせよ」と、先回りして言ってくれて、そんな縁起でもないコトを口走らないでよかった、と理科は安堵した。
その安堵した理科は周りを見る。牛乳、日和、バツ子、ぱせりんに犬子。
んん?
そしてまた焦る。
「あ、ちはるッ! ちはるがいない!」
「あーもううっさいぱせね~。ちはるなら『没入』してるとこぱせよ」
「没入?」
「そうぱせ。みっしーに手順を教わってね。ちはるちゃんが上手くやってくれるコトを祈るだけぱせ」
「みっしー、あいつこんな時にいないで、ちはるまで使って! なにやってんの、あいつはッ」
「まあまあ、ライバル対決をしてるところぱせから、放っておくがよいぱせよ~」
「む~」
理科はふくれっ面をしながら、みっしーとちはるのコトを想った。そうだ、今はそれよりも千鶴子を優先!
理科は自分にはなにができるのかを、思案した。
しかし、全くなにをしたらいいのか、自分にはなにが出来るのかすらわからない。
そうして面々が立っていると、またも筆王の咆哮が聞こえだす。
「そういうコトか、……わかったぱせよ、筆王! あのオッサン、今この『島』にいる人間全員を『依り代』にする気ぱせね。行うは魔界の召喚!」
「はい?」
理科は思わず聞き返してしまう。
「それについてはわからなくていいぱせ。それよりも、上空を見上げてみなさいな」
「上空?」
理科が見上げると、空が真っ赤だった。
その赤、それは空飛ぶ火の玉だった。
火の玉は上空を旋回し、空を真っ赤に染め上げ。
それから空飛ぶ火の玉は、地上に落下した。
会場で意識のある人間たちが「うひー」と叫び、会場から逃げ出す。
会場は火の海と化した。
焦げ付くゴムの臭い。それは、光の矢で意識を失った者たちが、焼かれる臭い。
日和は目を背け、バツ子も日和を抱きしめ、視界を防ぐ。牛乳と犬子は、その様を棒立ちで眺める。
火の玉の熱気が、ファームの面々にも感じるほど、燃えさかった。
理科はぱせりんに言う。
「どうにかしなくちゃ! みんな燃えちゃう! あの人たちを助けなくちゃ!!」
「わかってるぱせよ。あの火の玉も幻覚みたいなものぱせから、これからあなたたちにやってもらうコトを遂行できれば、問題ないぱせ」
本当は、ちょっと嘘。この火の玉は本物である。火だるまになったら死ぬ。すでにもう何人も死んでるだろう。しかし、ぱせりんは面々への動機付けを最優先させる。やる気を殺いじゃダメだもんね、と。
「あなたたちにもやれるコトがあるぱせよ。これはあなたたちじゃなきゃダメ、という意味でもあるぱせ。心して取りかかるぱせよ。やるコトは、『四神相応』!」
「し……詩人?」
理科には上手く飲み込めない。
「あー、まあいいぱせ。これからグラフィティアートをやってもらうぱせ、この過多萩の四方で、ね」
……この船には乗るしかないわね、と理科は思った。私にも出来るコトがあるっていうんだもの!
「優勝者はっ……、田山理科さんですっ!!」
日和がそう言うと同時に、筆王の咆哮が、マイクを通してもいないのに会場中を包み込む。
同時に、無数の光の矢が天から落ちてきて、会場の人間一人一人に刺さっていく。
降り注ぐ光の矢。
ステージ上にいた理科はペインティングナイフを構え、そして光の矢を迎撃して攻撃をかわす。
同じくステージ上にいた犬子も、チョークを投げて光の矢をはじき飛ばす。
しかし、千鶴子は光の矢に射貫かれて、その場に転倒してしまった。
光の矢は刺さったあと、千鶴子の身体に吸収されていく。
それを見て理科は「これはみっしーのハネムーンスライサーと同じ感じだわ」と思った。
あ、そうよ! みっしーに訊けばいいんだわ。
そう思った矢先、会場中から悲鳴が上がる。
なぜか。それは会場のお客さん達が光の矢に刺されていったからだ。十分なスペースがあれば避けられないコトもないだろうが、客席は狭い。避けられず刺さる者も、だから多い。
光の矢は一人当たり一本と決まっているらしく、一本を迎撃した理科にはもう降ってこない。
一方、咆哮する筆王は、光の矢と同じ黄色い色をした光のカーテンに包まれいなくなり、そこには筆王の咆哮だけが残った。筆王の咆哮は続く。
「みっしー、これはなに!?」
理科は大きな声で言い、解説席を見る。すると、そこにみっしーの姿はなかった。
そして代わりに、ぱせりんがマイクを通して答える。
「光の矢。これは刺さった人間に己の過去である『データ・シャドウ』を見せるものぱせ。そしてこんな『光』の矢でデータ・シャドウを見せるなんていう精神感応系の電脳バリバリの術式が出来る奴は、堕天した天使しかいないぱせ」
「それってどういうコト?」
「田山理科。その前にこの咆哮のコトを考えた方がいいぱせよ。これから、来るぱせよ」
「なにが?」
「地獄が!」
禁呪はこうして行使された。
筆王の咆哮はいつの間にやら叫び声ではなく、大地を揺らす振動となっていた。
微弱な振動が、何秒間も途切れなく続く。
理科はその振動に気持ち悪くなる。
「うう、気持ちわる……、なによ、これ」
理科が気持ち悪さに吐きそうになったその時、地響きに異変が起こる。
振動が、いきなり大きくなったのだ。
「きゃっ!」
理科はそう漏らすと、地面に正座してその大きな地震に耐えようとする。
その地震は大きすぎて、理科が生まれてはじめて体感する震度だった。
揺れる、揺れる、揺れる。
最初は横に。地面どころか自分の視界さえも、横に揺れる。これには誰も立ってなどいられないだろう。
理科が周囲を見渡すと、犬子やファームの面々なども、一様に地面に座り込んでいる。
そして、客席。客たちの大半は、光の矢に射貫かれ、地面に倒れ込んでいる。倒れてないものたちもなにがなんやらわからず、ただ座り込んでその地震の状況に戸惑っている。
そして、縦揺れが襲ってくる。
理科は地面に座っているのだが、それがまんがで戯画化したかのように、身体が浮き上がる。
「ちょっ! これなに!?」
わからない。わからないが、とりあえず筆王の姿が消え、その声が消えた、というか地震に変わって、それでその地震が大きくなって……。
でも問題は、地震の大きさだけでなく、その揺れている時間の長さだ。
長い。長い。
「長すぎるッッッ!」
理科は叫んだ。
その叫びとほぼ同時に、その地震の大きさと長さに耐えかねたように、ステージのセットが崩れていく。
ラッキーなコトにここは野外ステージであり、天井が落下するコトはない。
さっきちはるの絶叫で割れたモニタが、今度は完全に破壊されて前に倒れる。会場の客席の椅子も解説席の椅子も倒れ、倒れるだけでなく、生き物のように地震で動く、動く。
ただ、失念していたコトがある。
そう、ステージには照明があり、その照明が天井から落下して来たのだ。
理科は目を瞠る。が、それ以上、なにが出来るわけでもなかったし、そういう精神状況にもいなかった。
理科はだから見ただけだ。
その照明の黒くて大きなボックスの一つが、千鶴子の頭に直撃したところを。
「千鶴子ッ」
理科はまた叫んだ。ファームの面々も同時に、理科と同じく叫んだ。
千鶴子のうつぶせの後頭部に、照明機材がぶつかり、そしてその照明が千鶴子の頭の横に転がり。
千鶴子の頭からじわじわと、血が流れ出したのだ。
しばらく、そう、一、二分間だけだとは思うが地震が続き、そして途切れ。地震が途切れたところで、ファームの面々は辺りを見回しつつ、千鶴子の周りに集まってくる。理科ももちろん駆け寄る。
ああ、もうなんなの、これは。わけがわからなすぎる!
理科は歯ぎしりをした。
千鶴子は気絶しているのか、ピクリとも動かない。まさかこれって、と理科が口にしそうになるとぱせりんは一言「死んでないぱせよ」と、先回りして言ってくれて、そんな縁起でもないコトを口走らないでよかった、と理科は安堵した。
その安堵した理科は周りを見る。牛乳、日和、バツ子、ぱせりんに犬子。
んん?
そしてまた焦る。
「あ、ちはるッ! ちはるがいない!」
「あーもううっさいぱせね~。ちはるなら『没入』してるとこぱせよ」
「没入?」
「そうぱせ。みっしーに手順を教わってね。ちはるちゃんが上手くやってくれるコトを祈るだけぱせ」
「みっしー、あいつこんな時にいないで、ちはるまで使って! なにやってんの、あいつはッ」
「まあまあ、ライバル対決をしてるところぱせから、放っておくがよいぱせよ~」
「む~」
理科はふくれっ面をしながら、みっしーとちはるのコトを想った。そうだ、今はそれよりも千鶴子を優先!
理科は自分にはなにができるのかを、思案した。
しかし、全くなにをしたらいいのか、自分にはなにが出来るのかすらわからない。
そうして面々が立っていると、またも筆王の咆哮が聞こえだす。
「そういうコトか、……わかったぱせよ、筆王! あのオッサン、今この『島』にいる人間全員を『依り代』にする気ぱせね。行うは魔界の召喚!」
「はい?」
理科は思わず聞き返してしまう。
「それについてはわからなくていいぱせ。それよりも、上空を見上げてみなさいな」
「上空?」
理科が見上げると、空が真っ赤だった。
その赤、それは空飛ぶ火の玉だった。
火の玉は上空を旋回し、空を真っ赤に染め上げ。
それから空飛ぶ火の玉は、地上に落下した。
会場で意識のある人間たちが「うひー」と叫び、会場から逃げ出す。
会場は火の海と化した。
焦げ付くゴムの臭い。それは、光の矢で意識を失った者たちが、焼かれる臭い。
日和は目を背け、バツ子も日和を抱きしめ、視界を防ぐ。牛乳と犬子は、その様を棒立ちで眺める。
火の玉の熱気が、ファームの面々にも感じるほど、燃えさかった。
理科はぱせりんに言う。
「どうにかしなくちゃ! みんな燃えちゃう! あの人たちを助けなくちゃ!!」
「わかってるぱせよ。あの火の玉も幻覚みたいなものぱせから、これからあなたたちにやってもらうコトを遂行できれば、問題ないぱせ」
本当は、ちょっと嘘。この火の玉は本物である。火だるまになったら死ぬ。すでにもう何人も死んでるだろう。しかし、ぱせりんは面々への動機付けを最優先させる。やる気を殺いじゃダメだもんね、と。
「あなたたちにもやれるコトがあるぱせよ。これはあなたたちじゃなきゃダメ、という意味でもあるぱせ。心して取りかかるぱせよ。やるコトは、『四神相応』!」
「し……詩人?」
理科には上手く飲み込めない。
「あー、まあいいぱせ。これからグラフィティアートをやってもらうぱせ、この過多萩の四方で、ね」
……この船には乗るしかないわね、と理科は思った。私にも出来るコトがあるっていうんだもの!