第22話

文字数 1,852文字

   ☆


「は~い、出席を取ったところで、今学期最初の私、ぱせりんの講義を始めるぱせよ~。冬休み気分はシャットアウトするぱせよ~。で、早速本題にはいるぱせ。ゴホン。今日お話するのは、椹木野衣が問題提起した日本という土地は『悪い場所』である、というこの『悪い場所』っていうタームを、私なりに解釈した話ぱせ。明治期に西欧文化を輸入し、戦後は冷戦構造下でアメリカの庇護にあったこの国は、常に世界史から切り離されていたがゆえに、同じ問題を何度も反復するしかないと、椹木は語っているぱせ。閉ざされた円環の中をぐるぐるループするだけで、そこではジャンルがジャンルとして成熟するコトがない。美術とサブカルチャー、ポストモダニズムと前衛がごった煮になって現れ、そこでは全てが刹那的な現象として消費されるだけなのぱせ。これは一体どういうコトか。そこで登場していただくのは、私の古い友人の、康之ぱせ。この康之という馬面で愚鈍な男は、中学一年生の時ロックミュージックに目覚め、ミュージシャンを目指したぱせ。しかし楽器の才能もコミュニケーション能力もない彼は、バンド活動をできずに高校時代を演劇部員として過ごす。そこで知り合った高志という男とどうにか仲良くなり、高校卒業後は二人でほそぼそと音楽活動をし始める。そしてはひょんなコトから上京し、バンドを組む。その頃すでに、康之はミュージシャンを目指してから十年の月日が流れていたぱせ。バンド活動は上手くいったかに思われた。インディーズレーベルからも声がかかった。しかし、その中でバンドは解散。なぜかというと、相棒の高志がプロの舞台俳優として芸能事務所と契約を結んでしまったからぱせ。失意のうちに康之は都落ち、田舎に帰って廃人状態となりましたとさ。たぶん今後も社会復帰は無理ぱせ。めでたしめでたし。ぱせぱせ。で、この話がどう繋がるか。この話、既視感がないぱせか? どっかで聞いたコトがあるような話だなー、とみんなは思ったハズぱせ。それはつまり、『よくある問題』が『腐るほどそこら中に』、いくら年月が経ってもループしているので、「聞いたコトあるな~」と、こうなったというわけぱせ。詳しく説明していこうぱせ。まず以て康之はミュージシャン目指してからバンドを組むまでの十年間、鬱々と暮らしていたぱせ。ミュージシャンを目指している他の、高校時代の同級生なんかは、大体リア充で不良な人間ぱせ。ここからすでに既視感がある話だと思うぱせ。そんで康之は馬面なのでみんなから笑いものにされ、楽器も下手なので、挙げ句の果てに客として訪れた楽器屋で、店員のにーちゃんにすら笑われたほどだったぱせよ。これはどういうコトか。つまり、不良主体のミュージシャン共同体は、外部の人間、特に不良じゃない人間の新規参入を絶対的に妨害する。仲間に入れない。閉塞されたコミュニティとして、それは存在するぱせ。よくある話でしょ? これが要するに同じ空間、時間をぐるぐるループして、新しい風を入れるのを拒む体制というわけぱせ。これが一つ。そしてもう一つ浮き彫りにしなくてはならないのは、『悪い場所』が『悪い場所』たる所以、すなわち『敗者に対するセーフティネットのなさ』ぱせよ。全てが刹那的になされるゆえに、高志がプロになって康之が挫折してというこの状態になった時に敗者の受け皿がないぱせ。よくある話でしょ。これもつまり成熟するコトがないという話にも繋がるぱせよ。一発で、それこそ刹那的にプロになれなきゃ『辞める』しかない場所。そんなとこに新しいものが生まれ、成熟するハズがないぱせ。良く言えばエリート主義ぱせが、でもこれはそんな代物ではないと、私は思うぱせよ。もちろん、この馬面の康之は、演劇部にいた頃、後輩たちに「高志先輩カッコイー!」と毎日言われていた高志と自分を同じような人間だと勘違いしないで自分の不細工さをわきまえていればこんなコトにはならなかったハズぱせ。阿呆は阿呆らしくしてればよかったぱせよ。とにかくこれが、第二のポイントだったぱせ。結局悪い場所には成熟なんてなく、同じようなストーリーを持った同じような人種が同じようなコトをぐるぐるループしているだけだ、というお話だったぱせ。だが、この『芸術復興都市・過多萩』は違うぱせ! 『筆王』主導の下、この幻想をぶっ壊すのが、この都市の最大の目標なのぱせよ! つーわけでみなさん、私の授業からたくさん学んで、たくさん良い作品をつくるぱせ! 以上、今日の講義でした」
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登場人物紹介

田山理科:ちはるの姉。絵描き。戦う武器はペインティングナイフ。

田山ちはる:田山理科の妹。優しいけど怒ると怖い一面も。自分の姉の理科のことが好き。

みっしー:死神少女。田山姉妹の住んでる部屋で居候をしている。武器は縁切りの大鎌〈ハネムーン・スライサー〉。ハネムーン中に離婚させるほどの威力を持つ。大鎌は刃物なので、普通に危ない武器。

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