第41話
文字数 2,225文字
☆
お姉ちゃん……。どこに行ったの?
お姉ちゃん。
私は姉を想う。しかしその思念を遮るような筆王の声が。
無為無策すり替えくだらないセクトで安心それが表現?
くそっ! 違う! 違う! 違うのに!
お姉ちゃん!
お姉ちゃん!
無為無策すり替えくだらないセクトで安心それが表現?
違うの! 違う!
違う?
無為無策すり替えくだらないセクトで安心それが表現?
違うのかな。違うのかな。本当に違うのかな。私はただ居場所としてファームが欲しかっただけで、美術なんて本当は求めていなかったんじゃないかな。
そう、お姉ちゃんが大好きだった美術の世界に、私は嫉妬と怨念を持っていたんじゃなかったのかしら。
お姉ちゃん。
お姉ちゃん。
お姉ちゃん。
「お姉ちゃん!」
鳴り渡る蝉時雨。炎天の太陽の光が部屋に差し込む。蚊取り線香の匂い。
そこにお姉ちゃんはいた。ダンスを踊っているかのように左右に揺れていた。
天井からぶら下がって。
床に滴る排泄物。
姉は、首つり自殺をしていた。
大好きな大好きな大好きな私のお姉ちゃんはあっさりと死んだ。小さい頃に死んだお父さんの後を継いで下野塗装店の経営をしていた姉。街の人々のトラブルを解決してしまう天然のトラブルシューターとしての姉。
人々はみな口を揃えて「他人の悩みは解決出来るのに、自分の問題は解決出来なかったんだね」と、嘲笑った。
アートにその身を捧げつつも仕事をこなしていた姉は、その仕事の負荷に耐えられなかったのか。いや、それは違う。姉は、己の美術哲学の吹き溜まりまで、その精神を持っていってしまったのだ。
アートの神様はたまに、優れた才能をそばに置きたくて、その魂を天国まで連れていってしまうのだ。その白羽の矢が、運悪く、いや、運良く刺さってしまったのだ。ともかく、私のお姉ちゃんは死んだ。
だから私は、アートを憎んだ。
しかし、その憎んだアートの世界に、私は引き摺られていってしまう。
父から姉へ、そして姉から私に受け継がれた塗装の仕事をするうちに、私はグラフィティアートと出会う。そこには様々なストーリーがあったが、言えるコトはただ、私はアートにのめり込み、そこでいろんな人々との出会いがあり、それが縁で『ファーム』というグラフィティの集団をつくり、それを塗装店やトラブルシューターの仕事と一体化させ、そしてそれがそこそこの成功を収めたというコトだけだ。
私は絶頂期を迎え、もっと言うならば、絶頂期なんて永遠には続かないという、それだけが私の身に起きたコトで。
私は、田山理科に負けた。それは必然。
ダカラ、コロシタ。
私はアートを愛するには、屈折した感情を持ちすぎたのだ。敗因は、それだ。
無為無策? そうよ、私はなにも考えていなかった。
安心を得たかっただけ? そうよ、私は寂しかった。
それを表現と勘違いしてしまった? そうよ、私はその絶望を表現していたようなもので、生の喜びとは無縁だから。それはたぶん、アートの起源からは対極の表現だから。
くだらないセクトに属す?
くだらない?
このファームが?
そう、くだらない。くだらないくだらないくだらないくだらないッッッ!!
私は自分の箱庭をつくって満足するナルシスト人間だから!
そんなの、アートじゃないわ!!
死のう。
私はそう思った。
「バカ!」
声がする、耳の奥で。
「バカ! あなた、何様のつもり?」
声がする。それは昔の私の声。
「バカ! あなたはあなたのお姉ちゃんの苦悩をわかったつもりになってるのよ! お姉ちゃんがアートで死んだから、自分もそれと似たような苦悩を持ちたいだけなのよ! それは本当はあなたが悩んでるコトじゃないわ! あなたは私をチビメガネって呼ぶけど、今のあなたは私以上にチビの、子供の思考でものを考えてる!」
声がする。それは、チビメガネ、……田山ちはるの声だった。
「私のお姉ちゃんに負けたから、だから自分は才能がないだのもう終わりだの言って! そんなコト思うにはまだまだあなたは幼いよ! これから私のお姉ちゃんと戦っていけばいいじゃない。負けたって死ぬわけじゃないし、まだまだ戦えるでしょ? それを死んで途中退場しようなんて、あなた何様のつもり? それに、ファームのみんなはあなたを認めている。あなたはひとりじゃないわ! ファームは学校で強制的に入らされる部活動じゃないんだよ、ファームは信頼で成り立つ集団なのよ。リーダーのあなたがそれを、信頼を否定したら、それこそ本当に『くだらないセクト』になっちゃう。でも、違うでしょ? ファームはあなただけのものじゃないし、くだらなくなんかないよ! 私、それを知ってるもん!」
前方に目を向けると、そこには田山ちはるがいた。
ちはるは思い切り叫ぶ。
「だから言うわ。こんの、ばかあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァ!!」
怪音波。
その絶叫で、この空間が引き裂かれる。
その絶叫で、私が殺した田山理科が復活する。
この空間。私の心のダークな貝殻のような、閉じこもった時につくられる負の感情の空間が、引き裂かれる。
そして、私は蘇生した。
お姉ちゃん……。どこに行ったの?
お姉ちゃん。
私は姉を想う。しかしその思念を遮るような筆王の声が。
無為無策すり替えくだらないセクトで安心それが表現?
くそっ! 違う! 違う! 違うのに!
お姉ちゃん!
お姉ちゃん!
無為無策すり替えくだらないセクトで安心それが表現?
違うの! 違う!
違う?
無為無策すり替えくだらないセクトで安心それが表現?
違うのかな。違うのかな。本当に違うのかな。私はただ居場所としてファームが欲しかっただけで、美術なんて本当は求めていなかったんじゃないかな。
そう、お姉ちゃんが大好きだった美術の世界に、私は嫉妬と怨念を持っていたんじゃなかったのかしら。
お姉ちゃん。
お姉ちゃん。
お姉ちゃん。
「お姉ちゃん!」
鳴り渡る蝉時雨。炎天の太陽の光が部屋に差し込む。蚊取り線香の匂い。
そこにお姉ちゃんはいた。ダンスを踊っているかのように左右に揺れていた。
天井からぶら下がって。
床に滴る排泄物。
姉は、首つり自殺をしていた。
大好きな大好きな大好きな私のお姉ちゃんはあっさりと死んだ。小さい頃に死んだお父さんの後を継いで下野塗装店の経営をしていた姉。街の人々のトラブルを解決してしまう天然のトラブルシューターとしての姉。
人々はみな口を揃えて「他人の悩みは解決出来るのに、自分の問題は解決出来なかったんだね」と、嘲笑った。
アートにその身を捧げつつも仕事をこなしていた姉は、その仕事の負荷に耐えられなかったのか。いや、それは違う。姉は、己の美術哲学の吹き溜まりまで、その精神を持っていってしまったのだ。
アートの神様はたまに、優れた才能をそばに置きたくて、その魂を天国まで連れていってしまうのだ。その白羽の矢が、運悪く、いや、運良く刺さってしまったのだ。ともかく、私のお姉ちゃんは死んだ。
だから私は、アートを憎んだ。
しかし、その憎んだアートの世界に、私は引き摺られていってしまう。
父から姉へ、そして姉から私に受け継がれた塗装の仕事をするうちに、私はグラフィティアートと出会う。そこには様々なストーリーがあったが、言えるコトはただ、私はアートにのめり込み、そこでいろんな人々との出会いがあり、それが縁で『ファーム』というグラフィティの集団をつくり、それを塗装店やトラブルシューターの仕事と一体化させ、そしてそれがそこそこの成功を収めたというコトだけだ。
私は絶頂期を迎え、もっと言うならば、絶頂期なんて永遠には続かないという、それだけが私の身に起きたコトで。
私は、田山理科に負けた。それは必然。
ダカラ、コロシタ。
私はアートを愛するには、屈折した感情を持ちすぎたのだ。敗因は、それだ。
無為無策? そうよ、私はなにも考えていなかった。
安心を得たかっただけ? そうよ、私は寂しかった。
それを表現と勘違いしてしまった? そうよ、私はその絶望を表現していたようなもので、生の喜びとは無縁だから。それはたぶん、アートの起源からは対極の表現だから。
くだらないセクトに属す?
くだらない?
このファームが?
そう、くだらない。くだらないくだらないくだらないくだらないッッッ!!
私は自分の箱庭をつくって満足するナルシスト人間だから!
そんなの、アートじゃないわ!!
死のう。
私はそう思った。
「バカ!」
声がする、耳の奥で。
「バカ! あなた、何様のつもり?」
声がする。それは昔の私の声。
「バカ! あなたはあなたのお姉ちゃんの苦悩をわかったつもりになってるのよ! お姉ちゃんがアートで死んだから、自分もそれと似たような苦悩を持ちたいだけなのよ! それは本当はあなたが悩んでるコトじゃないわ! あなたは私をチビメガネって呼ぶけど、今のあなたは私以上にチビの、子供の思考でものを考えてる!」
声がする。それは、チビメガネ、……田山ちはるの声だった。
「私のお姉ちゃんに負けたから、だから自分は才能がないだのもう終わりだの言って! そんなコト思うにはまだまだあなたは幼いよ! これから私のお姉ちゃんと戦っていけばいいじゃない。負けたって死ぬわけじゃないし、まだまだ戦えるでしょ? それを死んで途中退場しようなんて、あなた何様のつもり? それに、ファームのみんなはあなたを認めている。あなたはひとりじゃないわ! ファームは学校で強制的に入らされる部活動じゃないんだよ、ファームは信頼で成り立つ集団なのよ。リーダーのあなたがそれを、信頼を否定したら、それこそ本当に『くだらないセクト』になっちゃう。でも、違うでしょ? ファームはあなただけのものじゃないし、くだらなくなんかないよ! 私、それを知ってるもん!」
前方に目を向けると、そこには田山ちはるがいた。
ちはるは思い切り叫ぶ。
「だから言うわ。こんの、ばかあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァ!!」
怪音波。
その絶叫で、この空間が引き裂かれる。
その絶叫で、私が殺した田山理科が復活する。
この空間。私の心のダークな貝殻のような、閉じこもった時につくられる負の感情の空間が、引き裂かれる。
そして、私は蘇生した。