第21話

文字数 1,954文字

   ☆


 事務用椅子に座り、死神長は対面(といめん)して同じく椅子に座っているみっしーに無言のプレッシャーを与える。みっしーは恐縮しながら、死神長に話しかける。
「オバヤン。ボクは忙しいのです。ボクを呼び寄せるような用件ってのはなんなのです?」
 声が震える。
 みっしーの目を見つめる死神長。だからオバヤンとはやりづらいのです、とみっしーは思う。
「本題に入る前に、美菜子」
「みっしーです!」
「みっしー。あなたの姉、理科の魂を完全なカタチで十王庁に引き渡す件、全然進展してないと聞きましたが?」
 完全なカタチ。理科の周りの『縁(えにし)』を完全に断ち切り、清い姿の魂で十王庁に持ってくる。そういうミッションが、みっしーには課せられていた。
「なかなか上手くはいかないですよ……」
「実の姉と暮らすのが楽しくなってしまったのではないでしょうね?」
「違うですよ」
 目をそらすみっしー。死神長だってわかっている。これは酷な話だ。
 みっしーの生きていた時の名前は田山美菜子。理科とちはるの妹だ。事故で死んでから、死神となったのだ。死神に、その魂が適合していたらしい。
 理科を。
 死ぬ前に、実の姉である理科を周りから遮断させる。そしてみっしーが一人で死を看取った後に、十王庁まで魂を連れてくる。尋常な精神でできるコトではない。
 そもそも幼くして死んだ美菜子、みっしーが死神となりやっていけたのは、肉親との縁が断ち切れていたからだ。それを今回のミッションでは、生きている理科とちはると、本当は同じ姉妹である死神みっしーが、お互い成長した姿で会い、生活し、交渉する。姉である理科の魂を了承済みで実の妹のみっしーがここに連れてこなくてはならない。切れた縁が、そこでは繋ぎ合わせられ、その上でまた断ち切られるのだ。もう、なにがなんだかわからない。
「まあ、いいでしょう。その件はまだ猶予がありますからね。あたしだって鬼じゃないからねぇ」
 鬼ですよ、アンタは。みっしーは心で毒を吐く。
「この度みっしーを呼んだのは」
 回りくどいです!
 この人はいつもそうなのだ。ねちねちと相手を絡みとるのが得意なのだ。今だって、理科の件を話せば、命令に逆らえなくなるとわかっているから前置きとして話したのは明白だ。みっしーは死神長を睨みそうになる。が、拳を硬くして、我慢する。
「あなたを呼んだのはね、天界と魔界がドンパチ始めるらしいという情報が入ってきたからよ」
「戦争ですか。おおごとじゃないですか。なんでそれをボクなんかに話すですか?」
「筆王」
「筆王? あのクソが、なんか絡んでるんですか? でも、ボクには関係ないコトです」
「関係、あるでしょう? 否、ありすぎ、でしょう」
「くっ……」
 そう、みっしーと筆王は、関係がありすぎる。それはみっしー自身も嫌と言うくらい熟知している。筆王が絡むなら、みっしーこそが、どうにかするべきなのだ。それを知っていて、死神長も話している。
 食えないオバヤンです。ボクに、なんか厄介事をやらせる気が満々ですね。
 死神長は咳払いをしてから、話し出す。
「筆王を使って、魔界が動く、という情報が入っているの。あたしゃがせネタだと思ってたんだけどね、それが天界もアンタのライバルのエンジェル・ジャクソンを使って対抗しようとしてるとか」
「あのラッパーも今回の件に関係してるですか!」
 更にウンザリ。
「みっしー。アンタは前回の対天使戦、ジャマイカン和尚ヨーゼフ・ボンズの時は簡単に撃破したけど、ジャクソンにはやけに慎重じゃないの。あっちはあっちでアンタをライバルだと思って活動しているみたいだし」
「ライバルじゃないです!」
「ジャクソンも他の天使と同様、魂なんてないんだから、魔界とドンパチやる時邪魔なら消せばいいし、使えるなら利用してから捨てればいいの」
「神も仏もない話ですね」
「天帝だって、そんなの許容範囲の出来事としか思わないでしょうよ。それに、天界は四大天使が統括してる。こっちの出方だってうかがってるんだから、お互い様よ。あたしたちは、魂を預かるだけなの。魂のバランスが崩れそうな時は、天界とも魔界とも戦うしかないのよ」
「そりゃそうですが……」
 気が乗らないです。
 でも、言えるわけがなかった。
 死神長は、未だまっすぐにみっしーの瞳を見つめていた。
「考える時間は、あげる。あたしを失望させないよい返事を待ってるわ」

 宮殿から離れ、姿見を通し通常空間に戻る。
 みっしーは大きく息を吸い込み、それから吐き出す。
「ボクは理科の敵です。ボクは理科から、全てを奪うのです。……それも、ボクの仕事だから」
 みっしーの呟きは、風に消された。

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登場人物紹介

田山理科:ちはるの姉。絵描き。戦う武器はペインティングナイフ。

田山ちはる:田山理科の妹。優しいけど怒ると怖い一面も。自分の姉の理科のことが好き。

みっしー:死神少女。田山姉妹の住んでる部屋で居候をしている。武器は縁切りの大鎌〈ハネムーン・スライサー〉。ハネムーン中に離婚させるほどの威力を持つ。大鎌は刃物なので、普通に危ない武器。

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