第32話
文字数 3,289文字
☆
みんなで病室を出る。理科の寝ている病室を、だ。みんなとはファームのメンバーとちはる、それから顧問のぱせりん。みっしーは先に病室を出てどこかへ行った。どこかというのは、十王庁である。十王庁に向かっていったのである。閻魔と直談判するつもりなのだ。
「チビメガネ、それで理科の復帰はいつになるの? 病名は?」
ちはるは未だおどおどしている。たどたどしい言葉遣いで応える。
「病名は、えっと、難しくてよくわかんなかった」
「わかんないじゃないわよ! あんたがそんなだから理科が……ッ!」
ちはるは泣き出す。さっきからちはるは泣いてばかりだ。
「そんなコト言われたって、私、私バカだもん」
「バカならバカなりにがんばりなさい!」
そこにぱせりん。フォローに入るのは大人のつとめだ。
「まあまあ、怒らずに聞く姿勢ってのも大切ぱせよ。で、ちはるちゃん、理科の退院は?」
「お姉ちゃんはすぐに退院は出来るって。でもヨダンはゆるさないって、お医者さんが言ってた」
「ふ~ん。金太フェスに出品できなかったら、理科は悲しむでしょうね」
ちはるはしゅんとする。もしも出品出来なかったら、それは私のせいだ、と思うからである。
しばらくみんな緊張した面持ちで黙ったまま時間が過ぎたが、ぱせりんが「私、これから用事があるんで失礼するぱせ」と言って病院から出て行くと、その場は自然と解散、というコトに相成った。
ちはるは理科の病室に戻り、しばらくすると病室にみっしーもやってきた。
みっしーの直談判は、失敗に終わったのである。直談判どころか門前払いを食らったみっしーは無力な自分に腹を立てながら、ちはると共に理科の回復を待つコトにした。
とはいえ、理科は二日間病院で寝込んだが、それから回復し、菊屋荘には早々と戻るのではあったが。
☆
病院の建物を出たところで、ぱせりんは画商・音無まひると落ち合った。まひるはせかせかした態度で、病院の敷地内、奥の方にある喫煙所で煙草を吸っていた。
「まひる、久しぶりぱせね」
ぱせりんもハンドバッグから煙草とライターを取り出し、煙草に火をつける。まひるの銘柄はハイライト、ぱせりんはマイルドセブンである。まひるはきつい煙草を吸わないとイライラが収まらないのでハイライト、ぱせりんは長いものには巻かれろ的な発想により一番無難なマイルドセブンなのである。
最近喫煙者はグッと減った。それを象徴するように、喫煙所には二人しかいない。なので、会話はここで済まそうか、とぱせりんは決める。
「戻ってこないぱせか、まひる。ついにその時がくるぱせよ、あの『竹林七賢図計画』の時が」
「あの子を使う気なのね」
「そうぱせ。田山理科。これでピースは揃った」
「七人になってないでしょう?」
「ファームの四人に、理科とその妹、あとは猫部犬子で、七人ぱせ」
「無理矢理ね」
「無理矢理でいいぱせよ、こんなの」
「こんなの、と言うには、長い時間かけて準備したみたいじゃないの」
「長い時間かけてたけど今までは結構片手間でやってたぱせ。どうせ実現しないで終わるだろう、と。だからそんなノリのまま、数合わせしたようなものぱせ。でも実際に行動に移されるぱせよ、興奮して来たぱせ」
「なるほどね。それで興奮して、私にも戻ってこい、というわけなのね」
「そうぱせ。わかってるなら話は早いぱせ。まひる、また『魔女』としてこっちの世界に復帰するぱせ」
「いやだわよ」
「筆王は本気でこの世界を再魔術化する気ぱせ。そうしたら、今まで裏方だった魔女の私たちが、大手をふるって魔法使いまくって、この世界を支配できるぱせ!」
「くっだらない」
「くだらなくないぱせよ!」
と、そこで気づく。まひるは画商。美術家はギャラリーで展覧会を開いてはじめてデビューできるという『ギャラリーシステム』というものが存在していて、それを考えると、まひるはもう権力は欲しくないのかもしれない、と。
そんなまひるはあきれて言う。
「そもそも竹林七賢図計画にしたって筆王の趣味じゃない」
だが、いくらギャラリーシステムがあろうと、こっち側につけば街どころか、世界の制覇が出来るのだ。ぱせりんは説得を再度試みる。どんどんぱせりんは自分の言葉で酔ってくる。
「でも、計画が成功してその『竹林七賢図』が完成したら、世界をその絵画の呪術的なパワーで支配できるぱせ! 天下を取れるぱせよ! 素晴らしいコトぱせ! 魔術と美術の力で、この世を支配できるぱせ!!」
一気にまくし立てるぱせりんは、喋りに夢中で煙草を吸うのを忘れている。フィルターまで燃えだしている。一方のまひるは脳内だけはせかせかしながらも表向き冷静に話を聞きつつ、煙草をふかしている。
二人は、魔女である。なにかの比喩表現ではなく、魔女なのである。
魔女。悪魔と契約せし人間。悪魔とは、魔界天使が下僕として生成したNPCのような存在。神が天使をつくったのと同じように、高位の魔界天使がそれを倣いつくりだした純粋な、魔物。魔女は人間でありながらそれを使い魔として召喚する。
ぱせりんは大学では魔女っ娘先生と呼ばれているが、もちろんジョークでそう呼ばれているだけだ。本当の魔女の存在を知る者は、少ない。
天界、魔界、十王庁。そのいずれの勢力でもなく、フリーの魔法使いとして、魔女は存在している。魔女の歴史は血塗られているが、それでも魔法の魅力に取り憑かれた人間は、こぞって魔女や魔術師を目指す。そうやって、有史以来魔女の歴史は続いている。
ぱせりんとまひるは、同期の魔女である。今はもうこの世にいない魔術師の元で修行し、悪魔の召喚魔法を覚えた。しかしまひるはその後、魔法を教えてくれた師匠の魔術師が死んだとき、魔女であるコトを辞めた。なぜなら、師匠は召喚の術式に失敗した折、悪魔に「喰われた」からだ。それを間近で見て、魔法を捨てた。その時、ぱせりんとまひるは別れた。この過多萩市で再会するまで。
まひるの知る『竹林七賢図計画』とは、その名の通り、「竹林の七賢」を描いた絵をつくるコトである。竹林の七賢とは中国の三国時代、優れた才能にもかかわらず、国同士の戦いには荷担しないで竹林の中、詩を読み芸術を語り酒を飲み交わす生活をしていた七人の人物のコトである。その様子を描いたのは「竹林七賢図」と呼ばれ、古来から中国や日本の絵のモチーフになるコトが多い。
筆王のやろうとしている竹林七賢図計画とは、絵を描いている七人の優れたアーティストを絵画の中に「物理的に」閉じ込めるコトである。永久的に竹林の生い茂る絵画の中で絵を描き続けさせるのだ。
平面の世界に人間を閉じ込める、それは言うまでもなく、魔術である。拘束の術式の一種なのだ。禁呪であり、かなりの大技で間違えたら即死するようなワザだが、魔術師としての素養を持つ筆王は、自分の全てを賭けて、それを為そうとしている。筆王という人間は魔術の力で美術界と政界をサヴァイヴしてきた。今回も、もし本当に実行するというなら、それは成功するだろう。そして、その絵画が完成してしまったら、この現実界はバランスを著しく崩してしまう。たぶん冗談ではなく、筆王はこの世の全ての実権を握り、魔女や魔術師は魔法を思う存分使い、跋扈する。それは間違いない。禁呪とはそういうものだ。過去に名をとどろかせた人間の実に半分は、禁呪と関係している。
まひるは煙草の煙を天に向けて吐く。ぱせりんを引き留めるか? たぶん話の流れだと、金太フェスの決勝にその七人全員を出演させ、絵を描いているところを拘束魔法で閉じ込める気だ。狂ってる。イライラしてくんぜ。
まひるはイライラしながらぱせりんを見る。ぱせりんは希望に胸膨らますかのようににこやかだった。いや、胸の膨らみはないけど。
まひるは当たり障りのない雑談をしばらく交わしてから、自分と距離がずいぶん離れてしまった昔の盟友に、別れを告げたのであった。
みんなで病室を出る。理科の寝ている病室を、だ。みんなとはファームのメンバーとちはる、それから顧問のぱせりん。みっしーは先に病室を出てどこかへ行った。どこかというのは、十王庁である。十王庁に向かっていったのである。閻魔と直談判するつもりなのだ。
「チビメガネ、それで理科の復帰はいつになるの? 病名は?」
ちはるは未だおどおどしている。たどたどしい言葉遣いで応える。
「病名は、えっと、難しくてよくわかんなかった」
「わかんないじゃないわよ! あんたがそんなだから理科が……ッ!」
ちはるは泣き出す。さっきからちはるは泣いてばかりだ。
「そんなコト言われたって、私、私バカだもん」
「バカならバカなりにがんばりなさい!」
そこにぱせりん。フォローに入るのは大人のつとめだ。
「まあまあ、怒らずに聞く姿勢ってのも大切ぱせよ。で、ちはるちゃん、理科の退院は?」
「お姉ちゃんはすぐに退院は出来るって。でもヨダンはゆるさないって、お医者さんが言ってた」
「ふ~ん。金太フェスに出品できなかったら、理科は悲しむでしょうね」
ちはるはしゅんとする。もしも出品出来なかったら、それは私のせいだ、と思うからである。
しばらくみんな緊張した面持ちで黙ったまま時間が過ぎたが、ぱせりんが「私、これから用事があるんで失礼するぱせ」と言って病院から出て行くと、その場は自然と解散、というコトに相成った。
ちはるは理科の病室に戻り、しばらくすると病室にみっしーもやってきた。
みっしーの直談判は、失敗に終わったのである。直談判どころか門前払いを食らったみっしーは無力な自分に腹を立てながら、ちはると共に理科の回復を待つコトにした。
とはいえ、理科は二日間病院で寝込んだが、それから回復し、菊屋荘には早々と戻るのではあったが。
☆
病院の建物を出たところで、ぱせりんは画商・音無まひると落ち合った。まひるはせかせかした態度で、病院の敷地内、奥の方にある喫煙所で煙草を吸っていた。
「まひる、久しぶりぱせね」
ぱせりんもハンドバッグから煙草とライターを取り出し、煙草に火をつける。まひるの銘柄はハイライト、ぱせりんはマイルドセブンである。まひるはきつい煙草を吸わないとイライラが収まらないのでハイライト、ぱせりんは長いものには巻かれろ的な発想により一番無難なマイルドセブンなのである。
最近喫煙者はグッと減った。それを象徴するように、喫煙所には二人しかいない。なので、会話はここで済まそうか、とぱせりんは決める。
「戻ってこないぱせか、まひる。ついにその時がくるぱせよ、あの『竹林七賢図計画』の時が」
「あの子を使う気なのね」
「そうぱせ。田山理科。これでピースは揃った」
「七人になってないでしょう?」
「ファームの四人に、理科とその妹、あとは猫部犬子で、七人ぱせ」
「無理矢理ね」
「無理矢理でいいぱせよ、こんなの」
「こんなの、と言うには、長い時間かけて準備したみたいじゃないの」
「長い時間かけてたけど今までは結構片手間でやってたぱせ。どうせ実現しないで終わるだろう、と。だからそんなノリのまま、数合わせしたようなものぱせ。でも実際に行動に移されるぱせよ、興奮して来たぱせ」
「なるほどね。それで興奮して、私にも戻ってこい、というわけなのね」
「そうぱせ。わかってるなら話は早いぱせ。まひる、また『魔女』としてこっちの世界に復帰するぱせ」
「いやだわよ」
「筆王は本気でこの世界を再魔術化する気ぱせ。そうしたら、今まで裏方だった魔女の私たちが、大手をふるって魔法使いまくって、この世界を支配できるぱせ!」
「くっだらない」
「くだらなくないぱせよ!」
と、そこで気づく。まひるは画商。美術家はギャラリーで展覧会を開いてはじめてデビューできるという『ギャラリーシステム』というものが存在していて、それを考えると、まひるはもう権力は欲しくないのかもしれない、と。
そんなまひるはあきれて言う。
「そもそも竹林七賢図計画にしたって筆王の趣味じゃない」
だが、いくらギャラリーシステムがあろうと、こっち側につけば街どころか、世界の制覇が出来るのだ。ぱせりんは説得を再度試みる。どんどんぱせりんは自分の言葉で酔ってくる。
「でも、計画が成功してその『竹林七賢図』が完成したら、世界をその絵画の呪術的なパワーで支配できるぱせ! 天下を取れるぱせよ! 素晴らしいコトぱせ! 魔術と美術の力で、この世を支配できるぱせ!!」
一気にまくし立てるぱせりんは、喋りに夢中で煙草を吸うのを忘れている。フィルターまで燃えだしている。一方のまひるは脳内だけはせかせかしながらも表向き冷静に話を聞きつつ、煙草をふかしている。
二人は、魔女である。なにかの比喩表現ではなく、魔女なのである。
魔女。悪魔と契約せし人間。悪魔とは、魔界天使が下僕として生成したNPCのような存在。神が天使をつくったのと同じように、高位の魔界天使がそれを倣いつくりだした純粋な、魔物。魔女は人間でありながらそれを使い魔として召喚する。
ぱせりんは大学では魔女っ娘先生と呼ばれているが、もちろんジョークでそう呼ばれているだけだ。本当の魔女の存在を知る者は、少ない。
天界、魔界、十王庁。そのいずれの勢力でもなく、フリーの魔法使いとして、魔女は存在している。魔女の歴史は血塗られているが、それでも魔法の魅力に取り憑かれた人間は、こぞって魔女や魔術師を目指す。そうやって、有史以来魔女の歴史は続いている。
ぱせりんとまひるは、同期の魔女である。今はもうこの世にいない魔術師の元で修行し、悪魔の召喚魔法を覚えた。しかしまひるはその後、魔法を教えてくれた師匠の魔術師が死んだとき、魔女であるコトを辞めた。なぜなら、師匠は召喚の術式に失敗した折、悪魔に「喰われた」からだ。それを間近で見て、魔法を捨てた。その時、ぱせりんとまひるは別れた。この過多萩市で再会するまで。
まひるの知る『竹林七賢図計画』とは、その名の通り、「竹林の七賢」を描いた絵をつくるコトである。竹林の七賢とは中国の三国時代、優れた才能にもかかわらず、国同士の戦いには荷担しないで竹林の中、詩を読み芸術を語り酒を飲み交わす生活をしていた七人の人物のコトである。その様子を描いたのは「竹林七賢図」と呼ばれ、古来から中国や日本の絵のモチーフになるコトが多い。
筆王のやろうとしている竹林七賢図計画とは、絵を描いている七人の優れたアーティストを絵画の中に「物理的に」閉じ込めるコトである。永久的に竹林の生い茂る絵画の中で絵を描き続けさせるのだ。
平面の世界に人間を閉じ込める、それは言うまでもなく、魔術である。拘束の術式の一種なのだ。禁呪であり、かなりの大技で間違えたら即死するようなワザだが、魔術師としての素養を持つ筆王は、自分の全てを賭けて、それを為そうとしている。筆王という人間は魔術の力で美術界と政界をサヴァイヴしてきた。今回も、もし本当に実行するというなら、それは成功するだろう。そして、その絵画が完成してしまったら、この現実界はバランスを著しく崩してしまう。たぶん冗談ではなく、筆王はこの世の全ての実権を握り、魔女や魔術師は魔法を思う存分使い、跋扈する。それは間違いない。禁呪とはそういうものだ。過去に名をとどろかせた人間の実に半分は、禁呪と関係している。
まひるは煙草の煙を天に向けて吐く。ぱせりんを引き留めるか? たぶん話の流れだと、金太フェスの決勝にその七人全員を出演させ、絵を描いているところを拘束魔法で閉じ込める気だ。狂ってる。イライラしてくんぜ。
まひるはイライラしながらぱせりんを見る。ぱせりんは希望に胸膨らますかのようににこやかだった。いや、胸の膨らみはないけど。
まひるは当たり障りのない雑談をしばらく交わしてから、自分と距離がずいぶん離れてしまった昔の盟友に、別れを告げたのであった。