第20話

文字数 4,260文字

   五。


 過多萩市。県南、最南端に位置する、緑あふれた街。市の真ん中を走る鉄道は、県の北から延び、市の真ん中、木戸商店街を東から西へと横切り、菊屋横町と国道のぶつかるところで、南へと進む。南へと延びた線路は大陸の終わりへと続き、そこから更に橋を渡り、人工の離れ小島である、『島』へと向かい、過多萩学園駅で、終点となる。
 過多萩市の北は過多萩山。麓にエンジェル・ジャクソンが寝泊まりする雀孫神社がある。神社を南へ行くと、木戸商店街。商店街から線路伝いに西へ歩くと、菊屋横丁がある。木戸商店街と菊屋横丁、そして線路を挟んで南の高級住宅街を合わせて、『獣王町』である。線路の北側が川上、線路から南側を、川下と呼ぶ。川上の人間は、あまり裕福ではない。特に菊屋横町は、スラムと呼んで差し支えないレベルの貧困層が多く住んでいる。一方、川下の人間は、バブリーである。川下の人間は『島』と関係した人たちで、彼らが『芸術都市』とも『芸術復興都市』とも呼称される今現在の過多萩市を、形成させたのである。他の土地の人間は、過多萩に住む者のイメージを、川下の人間でイメージしている。理科たちが住んでいる菊屋横町の方々は、ある意味「いないもの」として考えているともいえよう。
 過多萩のシンボルは『島』である。『過多萩学園島』とも呼ばれるそこは、昔の埋め立て地である。地盤が弱いのでは、と言われているが、それが本当かどうかはわからない。『島』の北西、玄関口は学園駅。その南に、遊園地『バラ屋敷』。駅の北東が、ショッピングモール過多萩。東の端一帯が、市のシンボル、『過多萩学園』。海に囲まれたそこは、芸術復興都市のシンボルであり、ランド・アートの盛んな土地でもある。
 過多萩の東側、隣接する都市・池上市との間には『獣王川』が北の山から南の海まで流れている。昔は獣王川沿いの土地こそが繁栄していたらしいが、それはもう何十年も前の話。今となっては隣町である池上市にあるジュース工場や製菓工場のベッドタウンとしてしか、機能していない。
 ざっと説明すると、過多萩市とは、そのような地形の街なのである。


   ☆


『たやマップ』の表札を出しているアパート・菊屋荘の理科の部屋を後にしたみっしーは、不機嫌な面持ちで菊屋横町を歩く。露店でたこ焼きを買って食いながら、歩く。歩くその先は木戸商店街。みっしーはそこから『獣王駅』を目指す。
「獣王駅。獣の王。……獣の王という漢字にしたのは暗に筆王を指してなのですね、いつもながらふざけたネーミングを。胸くそ悪いです」
 舌打ちするみっしーは駅に到着する。人はまばらだ。たこ焼きの箱を屑かごに捨てる。
 今の時刻は午前九時。ラッシュは過ぎ、買い物をするにもまだちょっと早い時間帯。みっしーは目的の場所まで、すんなりと歩いて行く。ためらいのない者のモーションだ。
 駅の改札口にある、姿見。そこが第一の目的地だ。姿見に自分の全身を映すみっしー。
 鏡を見て髪の毛を整えてから、みっしーは右手を姿見にかざす。
 みっしーの動きに反応して、姿見の表面が光を帯びながら波打つ。
「プレゼンス……」
 みっしーは『存在』を意味するその単語を、低い声で発音する。その言葉に共鳴し、姿見の波打ちが加速する。同時に、人払いをしたかのように、周りに誰もいなくなる。
 液体のようになった鏡の表面に、みっしーはかざしていたその手を入れる。すると、鏡の中に、手が吸い込まれていく。みっしーは、次に左足を入れる。足もすんなり入る。そして、感覚を確かめたあと、全身を姿見の中に入れる。
 姿見の中、そこは、『獣王駅』ではなく、『十王駅』であった。パラレルワールド。多重世界。獣王町と重なり合った別次元の街。人間の魂を一時保管し、ジャッジする空間。十王庁が、そこには広がっていたのであった。


 みっしーはその日の朝、理科から質問を受けた。
「ねえ、みっしー。神様って、いるの?」
 めざましテレビの芸能ニュースを観ていたみっしーは、嫌々ながら、仕方ないので質問に答える。
「います。いや、いないです」
「はぁ?」
「神の姿なんて、ほとんどの生命体は見たコトないはずです」
 堕天して蠅の王になったベルゼブブとか、高位の天使で神に逆らって戦ったコトがある奴らなら、きっと見たコトあるのですけどね、と付け加えておく。理科には意味不明の言葉ではあるが、一応説明しておくのであった。
「否定神学的な物言いになってしまいますが……」
 みっしーはこたつでみかんを食いながら、少しためらい前置きをして、それから話し出す。
「『神は存在しない』という証明をすればするほど、そう、神が存在しない証拠を重ねれば重ねるほど、それが『神は存在している』という証明になってしまうのです。神は存在していないが故に、存在しているのです」
 なにそれ? と理科は言う。
「神のコトは、普通知覚出来ないんです。だから、いないコトの証明の精度が上がりまくって『ゼッタイいない!』とまくしたてるコトになると、つまりその存在の周りには『絶対領域』というか、ぽっかりと穴が開くわけです。その穴、存在がある場所に『そこだけが、ない』状態になれば、つまり『知覚できないけど、そこにはなにかがある』状態が生まれるわけです。よって、そこには神がいる『らしい』という証左になる、というわけなのです」
 理科は、むむ、難しいわね、とだけ言う。みっしーはみかんを頬張りながら、
「このみかんだって、みかんの実だけがたくさんかたまって落ちてて、みかんの木が存在しないとするです。でも毎年同じ場所にみかんが落ちていたら、そこには『見えないみかんの木』が存在してると思わないですか? もちろん、みかんの木がある以外の推測もできるわけです。例えば毎年その場所にみかんを大量に捨ててる人間がいるとか。でもそのみかんを捨ててる人間はいないコトとか、他の推測をしらみつぶしに消していって、見えないみかんの木が存在するという理由以外がなくなったとするです。そうすると、木は見えないけどやっぱりあるらしい、というコトになるのです。でも見えないから、そういう意味では、そこにはみかんの木は存在しない、と言うコトも、もちろん可能です。そういう話ですよ」
 と、だるそうに説明した。
 それを聞いて理科は「ふ~ん」とだけ応じた。みっしーは最後に「そうは言っても、ボクも見たコトないし、なんとも言えないですけど」と、言葉を濁し、こたつで丸くなってめざましテレビの続きを観るのであった。


 みっしーは十王庁に入り、朝の、理科との会話を思い出していた。果たして、神はいるのか。そりゃいるだろう、と人外であるみっしーは結論する。人間は神がつくったとされる。天使だっているし、魔界天使だって、元は神の僕だ。天使は『神の自動生成プログラム』でつくられているし、魔界天使という輩は天使から『堕天』した者である。だったら、『制作者』たる神は、確かに存在する。しかしそれがいわゆる唯一神であるかどうかは、わからない。多神教的な神なのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。すくなくとも、現実は数多ある既存の宗教とは違うカタチをしているのではないか、とみっしーは睨んでいる。が、考えていっても、死神である自分の手に負えるものでもない。無駄無駄、考えるだけ無駄です、とそこで思考をシャットアウト。みっしーは、十王庁の閻魔堂へと向かう。そう、死神長に、会うために。


 宮殿。閻魔堂と呼ばれる建物。その門前に立つみっしーは、守衛に話しかける。
「絶縁を司る死神のみっしーです。早くオバヤンに会わせるです」
 守衛は頭を下げる。
「みっしー様ですね、存じ上げております。どうぞお入り下さい」
 門は開き、閻魔堂の内部へ。
 内部は灯りはあるものの暗く、その空気は乾燥している。とぼとぼとみっしーが歩き、二階へ上がり、『死神長』と書かれたプレートの前に立つと、部屋の中から絶叫があがる。
「バーンナックゥゥゥゥゥルッッッッ!!」
 爆発音が鳴り響き、部屋のドアが破壊される。まるで壁が発泡スチロールで出来てるかのごとく。
 ドアを破壊した者が、正拳突きのように片腕を伸ばした状態で、その拳でドアを突き破りそのままの体勢でみっしーに突っ込んでくる。
「うっひゃ!」
 目を丸くしたみっしーは間一髪でその攻撃を躱す。
 正拳突きの人はみっしーに攻撃をあてられず、ドアと反対方向の壁に拳をぶつけた。
 壁に拳がめり込み、壁を破壊する。
 崩れ落ちるコンクリート。
 上からがらがらと音を立てて大きな破片が正拳突きの人に降り注ぐ。
 みっしーは壊された壁を見るが、煙が立ちこめ、視界が遮られる。
 殺気を感じ、構えるみっしー。
 煙の中から、予測通りに人が今度はみっしーを直接狙って跳び蹴りで突っ込んでくる。
 飛びながら片方を水平に伸ばしたままの足。時計回りにぐるぐる身体を回転させながらの、回し蹴りの攻撃。
 煙でよくわからないものの、その変則的な跳び蹴りを躱す。
 壊した壁と反対方向、破壊されたドアの横の壁もその空中回転蹴りで破壊され、部屋に貫通する。
 蹴りをかました人は壊した壁の中の部屋の絨毯に着地。「あいげっとわいるど!!」と叫ぶ。みっしーは緊張で流れ出た汗を拭いてから、ため息を漏らした。両手を挙げて降参のポーズ。
「オバヤン、ハッスルし過ぎです。ハッスルな声まで発するとはなんなんですか。歳なんだから止めるですよ?」
 しばらくすると煙は晴れ、着地した部屋から老齢の女性が姿を現す。
 ナース服を着込んだその姿は看護師のそれだが、何故か看護師といった風には見えない、屈強過ぎる体つきの女性だった。
「あたしのバーンナックルとスピニングバードキックを躱すとは、腕を上げたね、美菜子。あたしゃ嬉しいよ、殺したいくらいにね」
「ボクは美菜子ではないです、みっしーですよ、オバヤン。それに殺されたくなんかないです。あと言っておきますがさっきの蹴り技はスピニングバードキックではなく竜巻旋風脚ですよ?」
 腕を組み仁王立ちのオバヤン。
「ふん、ガキが。わたしゃチュン・リーのように美しいのだからスピニングバードキックで合ってるのよ!」
 そう、みっしーの目の前にいるこの人こそ、死神を束ねる、死神長なのであった。

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登場人物紹介

田山理科:ちはるの姉。絵描き。戦う武器はペインティングナイフ。

田山ちはる:田山理科の妹。優しいけど怒ると怖い一面も。自分の姉の理科のことが好き。

みっしー:死神少女。田山姉妹の住んでる部屋で居候をしている。武器は縁切りの大鎌〈ハネムーン・スライサー〉。ハネムーン中に離婚させるほどの威力を持つ。大鎌は刃物なので、普通に危ない武器。

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