第5話

文字数 4,316文字

   ☆


「バツ子と~」「日和の~」『ゲロねこラジオ~!』「と、いうわけでバツ子よ~ん」「日和だよっ!」「はいはい。今日、私『NIRVANA』聴き返してたのよ」「アルバムはどれ聴いてたの?」「ブリーチ」「渋っ!」「あら? 日和は確か」「『イン・ユーテロ』派だよっ」「そうだったわね。一般的には『ネヴァー・マインド』が有名なバンドだけど」「うん、そうだねっ! 『リチウム』格好いいもんねっ!」「え? なにそのチョイス。あんたの方が渋いわよ」「それでNIRVANAから今日の話はどんな風に展開するの?」「いえね、奥田民生の初期のソロアルバム二作も今日聴いたんだけれども」「うん?」「民生の曲は、ユニコーンも含めてビートルズメロなわけだけれども、初期のソロアルバム『29』『30』はオルタナティブの臭いがするのよね」「するかなぁ?」「するわよ」「あ、でもBECKっぽいところ、あるよねっ! 『ミューテイションズ』の頃の」「でも私はそこにグランジを感じ取ったの。あのギターの歪ませかたはグランジよ」「民生っち、ビッグマフ使ってるし、それでかなっ?」「NIRVANAっていえばBOSS-OD1が有名だけど、カートはビッグマフも使ってるのよね。それで民生はさすが天才だけあって、当時の洋楽のトレンドも取り入れつつ自分の根っこであるビートルズのメロをそこに重ねてサウンドメイキングしてるってわけ」「あー、NIRVANAでいえば『アバウト・ア・ガール』だねっ!」「そうね。あの曲は最初、聴いた人みんながビートルズのカヴァー曲だと思ったという」「それでそれで?」「そう、グランジテイストを誰も指摘しない程度に取り入れた民生、だからその次のフルアルバム『股旅』でやったあの有名な田舎(いな)たいサウンド、あれはだからカート・コヴァーンがシアトルという田舎から出てきたままの田舎っぽい&貧乏なスタイル、あれを民生流に解釈したんじゃないかって思うのよ」「なーる」「わかったかしら」「まあ民生っちとoasisの兼ね合いもツッコみたいけどねっ。それはまた今度だよっ! でも民生っちはカートと同じくコンバースのシューズ履いてるし」「そうね。でもカートは『オールスター』だけど民生は『プロレザー』よね」「だいぶ値段に差がある、ってコトかなっ!」「他にも、ジーンズやスウェットを好むっていう、ファッションの共通点もあるし」「今日もイイ話が聞けましたっ!」「はい。そういうわけで今日のフリートークは終了!」「お疲れ様でしたっ!」「それではここで一曲お聴き下さい。NIRVANAで『Smells like teenspirit』」


   三。


 成人式を終えたちはるが戻ってくると、理科がいつもより真剣なまなざしでケント紙に向かってGペンを走らせてるのを見て、びっくりする。絵を描く時はいつもながら真剣な理科だが、真剣すぎる。みっしーはびっくりした顔をしているちはるを見てにししし、と笑う。ちはるは邪魔をせず、とりあえずお茶を用意するコトにした。

 それからの二週間、理科は昼間、牛乳の部屋に入り浸っていた。入り浸るというか、牛乳の描く同人まんがのアシスタントをしていたのだ。ベタ塗りやトーン貼りを手伝う。理科だってまんが執筆には昔手を染めたコトがあり、やり方は尋ねなくてもわかる。牛乳は夜間の仕事をしているらしく、牛乳の夜の仕事に合わせて、理科は帰る。帰った後は、自分のイラスト集のためにケント紙に向かう。ケント紙に絵を描くなんて久々で、最初はどぎまぎしたものだが、昼間牛乳のところでも触れているので、そんなに戸惑わずに済んだのであった。

「真剣ですねー、理科。真剣十代しゃべり場~、です。二十代ですけどね~」
 こたつでみかんを食いながら、みっしーが言う。
 ちはるが「お姉ちゃん、少しは休みなよ」というと、「ああ、そうね」と言い、ちはるが用意した日本茶を飲む。
「そういやちはる」
「なあに? お姉ちゃん」
「あのケバブ屋の店長、何者だ? ずいぶん怪しい奴じゃないの」
「え? 良い人よ。あ~、でも日本人とアメリカ人のハーフだからね、たまに外国のノリで喋るから、ちょっと取っつきにくいカモ」
「うっそ。語尾に『アル』ってついてたよ? 中国人じゃないの」
「やだ、お姉ちゃん。本物の中国人は語尾に『アル』ってつかないわよ」
「いや、日本人とアメリカ人のハーフでもつかねぇよ」
「きっとお姉ちゃん、からかわれてたのよ」
「天津飯みたいな帽子をかぶってたのもからかわれてたから、……なのか?」
 理科は、そこらへんを追究するのをやめるコトにしたのだった。なんかあの男、危険すぎる。大丈夫なのか、ちはるは。訊いてみると「心配しすぎよ、お姉ちゃん」と言われた。そんなものなのかな。

 牛乳は作業中、やたらと理科とスキンシップを取るコトを信条としてやっているのだった。からかわれてるなー、と理科は思ったので牛乳にそう言ってみたところ「ちがうちがう、ちがうわん」と否定した。
「私はただ、理科とレズダチになりたいだけなのん」
 スキンシップは、もっともダメな理由だった。
「レズダチって……」
「うふん。私の『レズダチコレクション』に理科を加えたいだけよん」
 ダメだこの人、と理科は思った。

 と、そんな日常を過ごしていると、夜、みっしーがそそくさとどこかへ出掛けた日があった。友人も多い奴なのでそういう日もあるだろうと理科やちはるは特に気にしていなかったのだが、夜十時頃、いきなり理科のケータイに牛乳から電話がかかってきた。
「あはん、理科。ちょっとうちの店に来てん。みっしーが大変なコトになってるのよん」
 牛乳が喋るその会話の後ろで、みっしーのだみ声が聞こえる。嫌な予感ばかりしたが、理科はみっしーを迎えに行くコトにしたのだった。
 教えられた住所に行ってみる理科。場所は菊屋横町だったので、ご近所みたいなものだった。が、場所が場所で、理科は店内に入るのを躊躇した。ネオンの看板には電飾で『ランジェリーパブ・ピカデリア』と書かれていた。
「ら、ランジェリーパブ……」
最近驚いてばっかりだ……。


   ☆


 店内に入るや否や、タキシード姿のおっさんが理科のそばに寄ってきた。
「お嬢様、一名様で?」
「え? あ、はい」
 遠くから「もっと酒持ってくるですー!!」と聞き慣れただみ声が聞こえる。みっしーは中にいるらしい。
「お客様一名様ご来店~!」
 タキシードは店内に向かって叫ぶ。よく通る声だった。理科は面食らう。
「あ、あの、シジミさん呼んでもらえますか?」
「シジミ? ……あ、はい、真琴ちゃんね」
 どうやら牛乳の源氏名は真琴というらしい。
「お客様からご指名入りました~。真琴ちゃーん、ご指名で~す」
 奥から「はぁい」と、牛乳の声が聞こえる。
 タキシードは忙しそうだ。そのタキシードは理科を席まで誘導し、それから店の奥まで去っていった。
 理科は一旦着席し、それからみっしーの元まで歩く。牛乳はまだ来ない。牛乳に手間を取らせないよう、来ない隙に移動するのだ。
 歩きながら理科が店内を見回すと、席の一つ一つで下着姿の女性が男性客にお酒をついでいる様子がみてとれた。名前の通り、ここはランジェリーパブだった。
「ドンペリです! ドンペリ以外は酒ではありませんです! ボクの舌はドンペリを味わうためにあるのです!!」
「阿呆!」
 理科はみっしーを見るなり、後ろから頭をどついた。
「痛っ! なにをするです。追加のドンペリはまだですか! ……あ、理科」
「あ、理科じゃない。なにをしてるの、あんたはここで」
「理科、聞くです。なんとここにいる半熟王子は、金持ちの中の金持ち、ここら一帯を取り仕切る『筆王』のご子息なのです。そこのモンゴメリ立花がボクに紹介してくれたですよ」
 その後「まあ、あんなクソじじいの話なんて聞きたくもないですけどね」と、ぼそっと付け足したが、理科は聞かないフリをした。
「お久しぶりアル。立花アルよ」
 似非ハーフはこの前と同様、アルアル言っている。向こうがお辞儀するので、こっちもお辞儀をする。その横を見ると、モンゴメリの語尾よりも格段に怪しい男が席に座ってドンペリだと思われる酒を飲んでいる。脇にはランジェリー姿の妙齢の女性が行儀良く座って、モンゴメリに酒をついでいる。
 そのモンゴメリの横の男性は、頭に王冠をかぶっていた。肩からは赤いマントを羽織っている。半熟王子。なにが半熟なのかはわからないが、確かに、この格好は、王子だ。
「キミが理科くんかね」
 半熟王子は、わざと低くしたような声色で言う。
「あ、そうです、私が田山理科です」
「みっしーくんからお噂は聞いているよ。まあ、みっしーくんとも今日が初対面なのだが。ここにいる立花くんのご友人というコトでね、これからもよろしくというわけさ。はは。理科くん、キミもどうかね、一杯」
「いえ、私は遠慮します」
 いつからモンゴメリ立花とみっしーは友人になったのか。おそらくこの前ケバブ屋へ行ってから、みっしーはちはるのバイト先というコトで、遊びに行ったりしていたのだろう。理科はそう推測した。
 しかし、『筆王』とは何者だ? この辺を取り仕切っているというが、私は知らない。引っ越しをしてきたばかりではあるが、この『芸術復興都市・過多萩市』のコトは、もっと知っておかないと。
 理科が思案していると、その間もみっしーは理科には目もくれず、がばがばと酒を浴びるように飲んでいる。学ラン姿の、中学生くらいの背丈のみっしーがドンペリを飲んでいる姿は、これはこれで結構デンジャーだ。いつ警察に捕まっても文句は言えない。こいつ、帰る気ないみたいだし、かくなる上は。
「ドンペリはドン・ペリニョンのコトなんですよ?」
 理科は、阿呆なコトを酩酊しながら宣っているみっしーを。
 後ろから、ドンペリの瓶で思いっきり。
 ぶっ叩いた。
「うごらぼあ!!」
 瓶は粉々に砕け、血を流しながらみっしーはテーブルに突っ伏した。
 そのタイミングで、丁度良く牛乳が現れた。
「豪快ねぇ、理科。事後処理は私にまかせていいわよん。みっしーを、それじゃ連れて帰りなさいねん」
 倒れたまま気を失ったかと思われたみっしーだがその実、みっしーは眠ってしまっただけなのであった。
 理科は、その寝息を立てている血溜まり少女みっしーをおぶって、アパート菊屋荘に帰るコトにしたのだった。

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登場人物紹介

田山理科:ちはるの姉。絵描き。戦う武器はペインティングナイフ。

田山ちはる:田山理科の妹。優しいけど怒ると怖い一面も。自分の姉の理科のことが好き。

みっしー:死神少女。田山姉妹の住んでる部屋で居候をしている。武器は縁切りの大鎌〈ハネムーン・スライサー〉。ハネムーン中に離婚させるほどの威力を持つ。大鎌は刃物なので、普通に危ない武器。

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