第23話

文字数 2,077文字

   ☆ 


 みっしーの行き先のひとつは鏡の中の世界、十王庁であったが、もうひとつの行き先も、みっしーには存在していた。それは、過多萩山の麓にある、雀孫神社であった。そこで会うべき人間、否、天使がいた。そいつの名は、エンジェル・ジャクソン。この神社をねぐらにしている、ラッパーであった。

 みっしーが鳥居をくぐる。すると、鈴の音がした。誰かが来たら反応するようにジャクソンが仕掛けたのだろう。しかし、気にせず中に進む。
 社の裏に回る。そこには、筋トレをバカのようにしている黒人ラッパーの姿があった。
「Oh! みっしー!」
 こいつ、鈴の音でボクが来たコト気づいてたくせに筋トレをしていたとは。努力している自分を見せたがっていたのですね。うっざ!
 ジャクソンはなにやら英語で喋りながらムーンウォークをしてみっしーに接近してくる。近づいたところで、両手を広げ、飛びかかってくる。
「おれのコト、やっぱ愛してるんだネ、チェキラッ! おれも大好……、げふうっ!」
 飛びかかってきたジャクソンを、みっしーはアッパーカットで迎撃。空中を飛んでいたジャクソンは、空中でアッパーカットを食らい、飛びかかってきた時とは反対方向に吹き飛んだ。
「汗臭いんですよ、このゲスがっ!」
 ダメだこりゃ次行ってみよー、と口からいかりやスタイルの台詞を漏らし、地面に叩き付けられるジャクソン。
 それを見届けながら、みっしーはジャクソンに頼み込む。もちろん高圧的な声で頼み込む。
「ジャクソン、頼みがあるです」
 ダメージを受けた顎をさすりながら、ジャクソンは立ち上がる。ズボンについた汚れを手で払ってから、みっしーを見る。
「ピポカモン、イエー! おれに用(YO)かヨ。珍しいじゃなイカ。おれに惚れちまったカ?」
「また殴られたいようですね?」
 拳をグーにして構える。
「殴るなヨ~。冗談だぜ」
「わかればいいです」
 固めた拳を解除し、本題に入る。
「理科の魂、後で天国に連れて行ってもらえないですか」
 ド直球な言葉を言い、ジャクソンに頭を下げる。
「どういうコトだヨ」
「ジャクソンも知ってる田山理科、彼女はもうじきこの世からいなくなります。魂は十王庁が、預かるのです。でもたぶん……」
 唾を飲み込み、一呼吸置いてから、みっしーは言う。
「理科の魂は死神の適性検査に『適合』します。そうしたら理科が死神になってしまうです。だからそうなる前に」
 みっしーはいつになく本気の目で、ジャクソンに向かい合っている。気を抜けば失禁してしまいそうになる、とジャクソンは思った。
「わかりますか? そうなる前に、ジャクソン、あんたが理科の魂を拾い上げて、天国に連れて行くのです。そうして欲しいから、ボクはジャクソンに頼みに来たのです」
 ジャクソンは視線を地面に落とす。地面の土にはところどころ雑草が生えている。この雑草を摘み取るようには、簡単にはいかないんだヨナ、とジャクソンは思う。
「みっしー……」
 本気でおれに訴えてくるなら、こっちも本気で応えよう。
「お前の意向ハわかったヨ。でもな、おれもいつまでもここにいるわけじゃないんだ。ここで、くすぶって終わるのは、おれの意には沿わないからナ」
「でも、少しくらい待って、理科を救ってくれたっていいじゃないですか!」
「Oh……、わかってる。おれとみっしーの仲だ。おれはお前をライバルだと思ってるし、それはこれからだって変わらない。でもナ、日和ちゃんとのやり取りをしていたのがマズかったのか、上の連中はカンカンなのさ。だから近々、おれは左遷されるし、それに」
 それに、いつまでもおれは天界には所属していないカラナ、と言おうとしたが、言葉を飲み込む。今、それは言うべきではない。関係ない話だ。いや、みっしーにだけは、いつになろうが言うべきではない事柄だ。知ればきっと奴は悲しむ。なんだかんだでこいつとおれの仲だ、悲しんでくれるダロウよ。
「それに? それに、なんですか! 言うですよ」
 みっしーは食い下がる。
「悪イナ、みっしー。今日はもう帰ってくれヨ。おれにはなにも出来ないし、今は誰とも話したくないんダヨ」
 みっしーはジャクソンが今、なにを考えているかわからない。みっしーは、ジャクソンとは全く違うコトを考えている。
 やはり魂のジャッジメントを行うのは閻魔。天国や地獄は、その後の話。だとしたらやはり閻魔自身に掛け合うしかないのですね、と。そんなコトを考えていた。
 噛み合わないみっしーとジャクソン。互いに果たすべき思惑を抱えた二人の距離は、どんどん遠ざかっていく。それは仕方がないコトだった。
「わかったです。話を聞いてくれてありがとうです」
 違う手を打つしかないか、と思いみっしーは雀孫神社を後にする。
 それを見やる黒人ラッパー天使、エンジェル・ジャクソン。
 ジャクソンは、今生の別れのように、去って行くみっしーの背中を見つめるのであった。
 戦いは近い、と己を鼓舞して悲しみを拭いながら。

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登場人物紹介

田山理科:ちはるの姉。絵描き。戦う武器はペインティングナイフ。

田山ちはる:田山理科の妹。優しいけど怒ると怖い一面も。自分の姉の理科のことが好き。

みっしー:死神少女。田山姉妹の住んでる部屋で居候をしている。武器は縁切りの大鎌〈ハネムーン・スライサー〉。ハネムーン中に離婚させるほどの威力を持つ。大鎌は刃物なので、普通に危ない武器。

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