第36話
文字数 6,216文字
☆
「笑止!!」
筆王は、ゆったりとしながらも強い口調で、喋りだす。
その姿を観客達は固唾を呑んで見守る。
「我が輩は、神聖かまってちゃんのドラムス、みさこ嬢しか女性として認めぬわ! なにがまーりゃん先輩だ! なにがタマ姉たまんねぇだ! みさこ嬢の前には、他の三次元も、あの魅惑的な二次元でさえも、ただの陽炎と同じだ! KAGEROUのごとくもやもや立ち上がるものにしか過ぎぬ!」
観客はこそこそ声で、「みさこ」「みさこか」「御坂ではなく、みさこか……」などと囁き合う。しかし、筆王が話の続きを喋りだすと、皆一様にまた黙る。
「神聖かまってちゃんのライブにおいて、だ。『ベイビーレイニーデイリー』という曲のイントロは、みさこ嬢が「ちゃらららちゃららら」と一回目に言い、続いての二回目は客がみんなで「ちゃらららちゃららら」と合いの手を入れてから曲が始まるのだが、残念ながらこのイントロの客との掛け合いが成功したコトはまだ、一度もないという。なんと由々しき事態なのだろうか! 皆よ! いまこそ「ちゃらららちゃららら」を叫ぼうではないか!!」
すると客席からは「おー!」という声援が起こる。そして、筆王がマイクも通さず大きな声で「ちゃらららちゃららら」と張り上げると、客席からも「ちゃらららちゃららら」という合唱が起こる。
「なにそれ?」と思ったちはるがぱせりんに訊くと、
「筆王の演説はガンダムのギレン並みのテクニック。見るぱせ。すでに客は筆王の手中にあるぱせよ。恐るべし、筆王」
と答える。が、ちはるにはこの合唱がすごいんだかすごくないんだかわからない。かなり人を食ったようにしか思われないのだ。
「ちゃらららちゃららら」の合唱が終わったところで、日和が進行の任に戻る。
「さてっ、みんな、準備は万全だねっ!」
続いてバツ子。
「それじゃバトルをはじめましょう。一人目は、猫部犬子さんです!」
これまた「うおー!」という歓声があがる。
天井から、スクリーンが下がってきて、ステージ後方にスクリーン、つまり大型のモニタが現れたのだ。これはみんなびっくりだろう。
でもはしゃぎすぎのように、ちはるには思えた。それって、今日来た客はノリがいいのか、はたまた筆王のつかみが上手かったのか、ちはるは理解に苦しんだが、祭りってのはこんなものなのかな、という風に思って自分の中で納得するしかなかったのであった。
「だって、絶対にノリがいい方がいいに決まってるもんね」
ちはるは単純化してそう考えた。確かに、ノリがいい方がいい。それは社交的なコトを考慮に入れると紛れもない真実である。ちはる自身はもちろん、社交的ではないのでノリが悪く空気が読めないのであるが。
☆
ステージ後方に突如設置された大きなスクリーンに、映像が映し出される。その映像とは、白い手袋がハエ叩きを持ち、ハエを一匹ずつ退治していく、という映像である。バックにはPCM音源らしきスーパーファミコン特有の音が流れている。
「はいっ! それでは。まずは猫部さんがこの大会にエントリーした時の作品の紹介だよっ」
「これ、わかるかしらね? 作品タイトルは『マリっぺ』よ」
日和とバツ子が紹介したあと、会場と解説者席がざわつく。
「なんなのかな? っていうか、これってアートなの?」
ちはるが疑問を口にする。
「うわー、懐かしいです。ボクもやりたいです、マリオペイント」
みっしーはこの映像がわかるらしい。そう、その映像はスーファミ用ソフト『マリオペイント』のおまけゲームの『ハエ叩き』である。
「むっ! これ、どっかで観たコトあるような気がするぱせ」
「ふふっ、魔女っ娘先生、わからないかな?」
既視感を覚えるがどこで観たような映像か思い出せないぱせりんに、半熟王子はプレッシャーを与える。
「王子、教えるぱせよ。思い出せないと気持ち悪いぱせ」
「ふむ。素直でよろしい。これはな、泉太郎のビデオアート作品の『ライム湖底』。服脱ぐとなんか『バシン』とか音がして服が一枚一枚散らばっていく奴。あれみたいに、この映像も『バシン』と音がしてハエを殺すだろう。それが既視感の正体だ。それと無断で映像をそのまま使ってしまうのはK.K.の『ワラッテイイトモ、』の手法だろう」
「ああ、わかったぱせ! これは『マイクロポップ展』で観たのか!」
「そういうコトだよ。今はニコ動のMAD動画もあるからね、珍しくない手法だが、こうやって過去の作品からの引用可能性があり、過去作品を思わず参照させてしまうあたり、かなり上手いのではないかな」
「お前ムカつくぱせが、その通りぱせ」
と言ってちらりとぱせりんは筆王を見る。他の三人もぱせりんにつられて、筆王を見てみる。
筆王は、腕組みしながらスクリーンを見上げ、ブルブル痙攣していた。
筆王は、
「えいどりあ~ん」
と奇声をあげ、涙ぐむ。意味がわからないが、感動したようにも、ちはるには思えた。
作品鑑賞のポイントが解らなかった観客達も、解説席の四人の会話と筆王の痙攣により、この作品が美術的価値があると認識した。
痙攣を止めた筆王は、
「上手いぞ! つくった本人を出せ!」
と言う。それに対応して日和は、
「は~い、それではっ、猫部犬子さんの登場だよっ」
と言う。言うと同時に激しい音と共にスモークがたかれ、ステージが真っ白になる。そこへ、上手から猫部犬子が登場した。
「こ、んに、ちわ」
いつも通りのローテンションだったが、そのロリぷに感はいつも以上だった。犬子という人間は、ローテンションさが上がるほど、ロリぷに感が増すのである。無愛想だからこそのロリ&ツンデレ、といったところだろう。
会場からは「いぬこた~ん!」「いぬこたんカワユス~!」「いぬこたんギザカワユス~!」と声がかかる。犬子はここでも人気者だ。もしもこの大会が会場の投票で順位が決まるなら、あきらかに優勝は犬子である。そのくらいの人気だ。
そこへ、バツ子が思い出したように言った。
「おっと、ではここで、筆王から『今日のお題』を言ってもらいましょう!」
ちはるはそんなコト台本に書かれてないので頭にはてなマークが浮かぶ。
「今日のお題?」
それにはぱせりんが答える。内心、ぱせりんも苛立ちながらも。
「そうなのぱせ。どうも解説者にも教えていない、今日のバトル作品のテーマってのがあるらしいぱせよ。その場でガチンコ批評させるために、私たちにも教えなかったらしいぱせが。でもちはるちゃん、お姉さんから教えてもらえなかったぱせか?」
「うん。お姉ちゃん、一人でうなりながら考え込んでたんだけど、私にはなんにも……」
と言いながら、悲しくなったちはるは涙がボロボロ落ちてくる。
「あ~あ~、大丈夫ぱせよ、ちはるちゃん。お姉さんはあなたを嫌って教えなかったわけじゃないぱせよ」
「ホントかなぁ」
「ホントぱせよ」
そこに半熟王子から横やり。
「魔女が女の子を泣かせた~。や~い、いじめっ娘」
「黙れぱせ!」
とやり合うのをスルーして、実況席から日和が言う。
「それでは筆王さん、今日のお題はっ?」
咳払いをひとつしてから、筆王は張り上げた。
「今日のお題は! 『でんぐり返っておぱんちゅきらり☆』だッッッ!!」
聞くや否や、解説者四人は全員ずっこける。
「あのおっさん、なに言ってるのですか。クソ魔女、ギャルゲヲタを殺すより先にあのロリコンちっくな発言するおっさんを殺すのが先決だとボクは思うですよ? イエス・ロリータ、ノー・タッチです」
「あ、まあ、そうぱせね……」
ぱせりんも頷くしかなかったのであった。
そうこうしてるうちに、アートバトルは始まった。
ゴシックロリータのフリフリ黒ドレスに身を包んだ犬子は、右手で手刀を切る。
「よろ、しこ」
いや、「よろしこ」じゃねぇよ、と解説席の四人は皆心の中でツッコミを入れるが、犬子はその冷たい視線に気づかず、ぷにぷにした頬を赤らめ、観客を見やる。観客はそんな犬子を自分の子供であるかのようにあたたかい目で見守る。犬子は父性本能とか父性性欲とかを刺激するような女の子なのである。
おかまのバツ子はそんなの気にする風もなく、バトルを進行させる。
「さて、今日の猫部犬子さんのアート・パフォーマンスのタイトルは『ディス』よ。犬子さん、それではどうぞ!」
観客席から拍手。
そして犬子は歩いて来て、ステージセンターに来て、立ち、スマートフォンを肩から提げたポーチから取り出す。
カンバスも絵の具もなく、それはパフォーマンスという名のアート。犬子のステージはそうして幕を上げる。
犬子はスマホのタッチパネルを指で動かし、テキトーに、でたらめに、番号をダイアルする。これにはその場の全員が息を呑む。なぜならまず、スマホはそういう使い方をしないからだ。スマホやケータイというのは、普通は登録した番号以外は使わない。それどころか今は相手の番号登録も、相手がその場にいるなら赤外線通信で番号を得るし、相手からかかってきたなら、履歴から登録するだけだ。それがダイアルを回すなんて! これはなにかある、とその場の全員が思った。
筆王も目を丸くして犬子を注視する。筆王の口からは「……いぬこたん、ギザカワユス」と漏らしている。観客の影響を受け過ぎだった。
ダイアルをプッシュし終えると、無論電話が繋がる。犬子自身知らない番号から、犬子自身知らない人が電話にでる。
「はい、もしもし」
その声はオバチャンの声だった。
「お、はよ、う」
「はい? なに? アンタ誰?」
さすがオバチャンだけあって、一気にまくし立てる。
「きょ、うはい、いてんきだ、な」
「アンタ何?」
「わた、しはい、ぬこ」
「やだわ、気持ち悪い。なんなのよアンタ、さっきから。病院行った方がい……」
プツリ。プー、プー。
犬子はオバチャンが喋ってる途中で電話を切った。
そしてまた、犬子は知らないダイアルをプッシュ。電話がまた繋がる。
「はい? もしもし?」
出たのは田舎ヤンキーっぽい男の声。
「わ、たしはい、ぬこだ」
「はぁ? なに言ってんの、てめぇ」
「だ、からわ、たしはい、ぬこだ」
「てめぇ、どこのチームだよ? おれに喧嘩売ってんの?」
「け、んか、よくな、いがわ、たしはば、とるはすきだ」
「ラリってんだろ、てめぇ。病院行けや」
「びょう、いんはす、きだ。か、んごふふぇ、ちだから、な」
「おい、てめぇ! さっきからひとの話聞いてねぇだろ! ぶっ殺すぞ! てめぇのチームのヘッドはだ……」
プツリ。プー、プー。
また、犬子は電話を切った。
そして、再度違う知らない番号へプッシュ。
「はい? もしもし? 飯はまだかぇ?」
今度は老人だと思われる男性。
「わ、たしはい、ぬこ、だ」
「ああ、犬子さんかぇ。ひさしぶりじゃのぅ」
「き、さまはげ、んきか」
「おお、元気じゃよ」
どうやらこの老人、犬子との会話が可能なようだ。
「わ、たしは、いまば、とるしてい、る」
「馬頭観音さまかぇ」
「そ、うだ」
「はぁ、偉いコトじゃのう。……ところで犬子さんや。飯はまだか……」
プツリ。プー、プー。
そこで会話は終了した。
犬子はスマホを仕舞い、会場に一礼した。
「以上、だ」
しばしの静寂。
その後。
観客の大きな拍手!
スタンディングオベーションの紳士などもちらほらといる。
センターの位置にいる犬子めがけて、筆王はダッシュしてくる。
筆王は叫んだ。
「あわなだんす、わなだんす、わなだんす。わなだんわなだん、ぎみあちゃんす!」
筆王は足をカクカクさせ、『イナバダンス』を披露する。
すると、舞台袖から牛乳も乱入、筆王と共にイナバダンスをし出す。
超絶句領域が、そこには生まれる。
大切なコトなので二度言うが、イナバダンスこそは日本に必要不可欠な『イナバ的祝祭』である。全てのひとを祝福する、蒼い弾丸なのだ!
「フォーッ! エクスタシ~!」
筆王は叫び、快感に身悶えた。
バツ子は言う。
「解説席。解説を頼むわ」
「了解ぱせ!」
「さて、この作品『ディス』ぱせが」
「ふむ。ぽっくんだけでなくぱせりんも気づいているだろうが、これはスメリーだな」
「そうぱせね。スメリーのパフォーマンスから来てるぱせね」
「ただし、スメリーは電話において知らない人との会話が可能だったが」
「犬子は会話が出来てないぱせ。つまり、ディスコミュニケーション状態というコトぱせ」
そこにちはる。
「えー、ディスってそういう意味なの? なんか違う時に使うような気がするけど」
半熟王子はそれに答える。
「ふむ。いい質問だ。普通『ディス』というのは『ディスられる』といった使い方をされる。この言葉は日本人ラッパーたちが使い始めた言葉なのだが、『ディスリスペクト』、すなわち『蔑視』を表す言葉だ。今回の犬子くんのパフォーマンスを見ればわかるように、ディスコミュニケーションが生じる時、その意思疎通の断絶を生じさせている人間を蔑視するコトが多い。つまり『空気が読めない』と判断されるのだな」
「そうぱせ。この作品の肝は、犬子自身がその意思疎通の断絶をあらかじめ予想していて、このタイトルをつけていた、というコトぱせね。さすが私の弟子だけあるぱせ」
ちょっと誇らしげなぱせりん。頭の中では筆王の自分への裏切りに対する怒りで、ある意味煮えたぎっているのだが、今回出場の三名は全員、ぱせりんの指導を受けた者ばかり。誇らしさをそこに感じないと言ったらそれは嘘だろう。
「で、ぽっくんが思うに、だ。この作品のタイトルと筆王の『お題』、どう繋がるかというと、それは幼児と周囲の大人との『ディスコミュニケーション』を表しているのでないか、とな」
「その意見には私も賛成ぱせよ」
……と、議論は続いていったが、そこで取り残され一言も喋る機会がないみっしーは
「つまらないです、せっかくの晴れ舞台なのに……」
と、拗ねていた。
解説席の議論が落ち着いたところで、踊りをやめた筆王は牛乳とハイタッチし合い別れ、ステージに設置されたスイッチを押す。それを見逃さず、日和は実況する。
「おっと! 猫部犬子さんの筆王ポイントが出たっ! 発表するよっ! 猫部犬子さんの筆王ポイントは……、九十八点だよぉっ!! すごいっ! いきなりで高得点だねっ!」
会場は驚きの声で満たされた。なぜなら百点が満点で九十八点なのだ。これはいきなりで高得点過ぎる。
…………。
その会場の盛り上がりの中、ぱせりんは思考を巡らす。
会場を一体化させる筆王、ならば竹林の七賢の『七人』ではなく、会場の人間『全員』のエネルギーを使ってなにかをするのではないか、と。
しかし、解説席に座っているぱせりんにはなにも出来ず、様子をうかがうコトしかできない。
そして、場合によっては自分は筆王を裏切るコトになるであろう、と考える。
そう、なぜならぱせりんはこの街を、愛しすぎているからだ。
「笑止!!」
筆王は、ゆったりとしながらも強い口調で、喋りだす。
その姿を観客達は固唾を呑んで見守る。
「我が輩は、神聖かまってちゃんのドラムス、みさこ嬢しか女性として認めぬわ! なにがまーりゃん先輩だ! なにがタマ姉たまんねぇだ! みさこ嬢の前には、他の三次元も、あの魅惑的な二次元でさえも、ただの陽炎と同じだ! KAGEROUのごとくもやもや立ち上がるものにしか過ぎぬ!」
観客はこそこそ声で、「みさこ」「みさこか」「御坂ではなく、みさこか……」などと囁き合う。しかし、筆王が話の続きを喋りだすと、皆一様にまた黙る。
「神聖かまってちゃんのライブにおいて、だ。『ベイビーレイニーデイリー』という曲のイントロは、みさこ嬢が「ちゃらららちゃららら」と一回目に言い、続いての二回目は客がみんなで「ちゃらららちゃららら」と合いの手を入れてから曲が始まるのだが、残念ながらこのイントロの客との掛け合いが成功したコトはまだ、一度もないという。なんと由々しき事態なのだろうか! 皆よ! いまこそ「ちゃらららちゃららら」を叫ぼうではないか!!」
すると客席からは「おー!」という声援が起こる。そして、筆王がマイクも通さず大きな声で「ちゃらららちゃららら」と張り上げると、客席からも「ちゃらららちゃららら」という合唱が起こる。
「なにそれ?」と思ったちはるがぱせりんに訊くと、
「筆王の演説はガンダムのギレン並みのテクニック。見るぱせ。すでに客は筆王の手中にあるぱせよ。恐るべし、筆王」
と答える。が、ちはるにはこの合唱がすごいんだかすごくないんだかわからない。かなり人を食ったようにしか思われないのだ。
「ちゃらららちゃららら」の合唱が終わったところで、日和が進行の任に戻る。
「さてっ、みんな、準備は万全だねっ!」
続いてバツ子。
「それじゃバトルをはじめましょう。一人目は、猫部犬子さんです!」
これまた「うおー!」という歓声があがる。
天井から、スクリーンが下がってきて、ステージ後方にスクリーン、つまり大型のモニタが現れたのだ。これはみんなびっくりだろう。
でもはしゃぎすぎのように、ちはるには思えた。それって、今日来た客はノリがいいのか、はたまた筆王のつかみが上手かったのか、ちはるは理解に苦しんだが、祭りってのはこんなものなのかな、という風に思って自分の中で納得するしかなかったのであった。
「だって、絶対にノリがいい方がいいに決まってるもんね」
ちはるは単純化してそう考えた。確かに、ノリがいい方がいい。それは社交的なコトを考慮に入れると紛れもない真実である。ちはる自身はもちろん、社交的ではないのでノリが悪く空気が読めないのであるが。
☆
ステージ後方に突如設置された大きなスクリーンに、映像が映し出される。その映像とは、白い手袋がハエ叩きを持ち、ハエを一匹ずつ退治していく、という映像である。バックにはPCM音源らしきスーパーファミコン特有の音が流れている。
「はいっ! それでは。まずは猫部さんがこの大会にエントリーした時の作品の紹介だよっ」
「これ、わかるかしらね? 作品タイトルは『マリっぺ』よ」
日和とバツ子が紹介したあと、会場と解説者席がざわつく。
「なんなのかな? っていうか、これってアートなの?」
ちはるが疑問を口にする。
「うわー、懐かしいです。ボクもやりたいです、マリオペイント」
みっしーはこの映像がわかるらしい。そう、その映像はスーファミ用ソフト『マリオペイント』のおまけゲームの『ハエ叩き』である。
「むっ! これ、どっかで観たコトあるような気がするぱせ」
「ふふっ、魔女っ娘先生、わからないかな?」
既視感を覚えるがどこで観たような映像か思い出せないぱせりんに、半熟王子はプレッシャーを与える。
「王子、教えるぱせよ。思い出せないと気持ち悪いぱせ」
「ふむ。素直でよろしい。これはな、泉太郎のビデオアート作品の『ライム湖底』。服脱ぐとなんか『バシン』とか音がして服が一枚一枚散らばっていく奴。あれみたいに、この映像も『バシン』と音がしてハエを殺すだろう。それが既視感の正体だ。それと無断で映像をそのまま使ってしまうのはK.K.の『ワラッテイイトモ、』の手法だろう」
「ああ、わかったぱせ! これは『マイクロポップ展』で観たのか!」
「そういうコトだよ。今はニコ動のMAD動画もあるからね、珍しくない手法だが、こうやって過去の作品からの引用可能性があり、過去作品を思わず参照させてしまうあたり、かなり上手いのではないかな」
「お前ムカつくぱせが、その通りぱせ」
と言ってちらりとぱせりんは筆王を見る。他の三人もぱせりんにつられて、筆王を見てみる。
筆王は、腕組みしながらスクリーンを見上げ、ブルブル痙攣していた。
筆王は、
「えいどりあ~ん」
と奇声をあげ、涙ぐむ。意味がわからないが、感動したようにも、ちはるには思えた。
作品鑑賞のポイントが解らなかった観客達も、解説席の四人の会話と筆王の痙攣により、この作品が美術的価値があると認識した。
痙攣を止めた筆王は、
「上手いぞ! つくった本人を出せ!」
と言う。それに対応して日和は、
「は~い、それではっ、猫部犬子さんの登場だよっ」
と言う。言うと同時に激しい音と共にスモークがたかれ、ステージが真っ白になる。そこへ、上手から猫部犬子が登場した。
「こ、んに、ちわ」
いつも通りのローテンションだったが、そのロリぷに感はいつも以上だった。犬子という人間は、ローテンションさが上がるほど、ロリぷに感が増すのである。無愛想だからこそのロリ&ツンデレ、といったところだろう。
会場からは「いぬこた~ん!」「いぬこたんカワユス~!」「いぬこたんギザカワユス~!」と声がかかる。犬子はここでも人気者だ。もしもこの大会が会場の投票で順位が決まるなら、あきらかに優勝は犬子である。そのくらいの人気だ。
そこへ、バツ子が思い出したように言った。
「おっと、ではここで、筆王から『今日のお題』を言ってもらいましょう!」
ちはるはそんなコト台本に書かれてないので頭にはてなマークが浮かぶ。
「今日のお題?」
それにはぱせりんが答える。内心、ぱせりんも苛立ちながらも。
「そうなのぱせ。どうも解説者にも教えていない、今日のバトル作品のテーマってのがあるらしいぱせよ。その場でガチンコ批評させるために、私たちにも教えなかったらしいぱせが。でもちはるちゃん、お姉さんから教えてもらえなかったぱせか?」
「うん。お姉ちゃん、一人でうなりながら考え込んでたんだけど、私にはなんにも……」
と言いながら、悲しくなったちはるは涙がボロボロ落ちてくる。
「あ~あ~、大丈夫ぱせよ、ちはるちゃん。お姉さんはあなたを嫌って教えなかったわけじゃないぱせよ」
「ホントかなぁ」
「ホントぱせよ」
そこに半熟王子から横やり。
「魔女が女の子を泣かせた~。や~い、いじめっ娘」
「黙れぱせ!」
とやり合うのをスルーして、実況席から日和が言う。
「それでは筆王さん、今日のお題はっ?」
咳払いをひとつしてから、筆王は張り上げた。
「今日のお題は! 『でんぐり返っておぱんちゅきらり☆』だッッッ!!」
聞くや否や、解説者四人は全員ずっこける。
「あのおっさん、なに言ってるのですか。クソ魔女、ギャルゲヲタを殺すより先にあのロリコンちっくな発言するおっさんを殺すのが先決だとボクは思うですよ? イエス・ロリータ、ノー・タッチです」
「あ、まあ、そうぱせね……」
ぱせりんも頷くしかなかったのであった。
そうこうしてるうちに、アートバトルは始まった。
ゴシックロリータのフリフリ黒ドレスに身を包んだ犬子は、右手で手刀を切る。
「よろ、しこ」
いや、「よろしこ」じゃねぇよ、と解説席の四人は皆心の中でツッコミを入れるが、犬子はその冷たい視線に気づかず、ぷにぷにした頬を赤らめ、観客を見やる。観客はそんな犬子を自分の子供であるかのようにあたたかい目で見守る。犬子は父性本能とか父性性欲とかを刺激するような女の子なのである。
おかまのバツ子はそんなの気にする風もなく、バトルを進行させる。
「さて、今日の猫部犬子さんのアート・パフォーマンスのタイトルは『ディス』よ。犬子さん、それではどうぞ!」
観客席から拍手。
そして犬子は歩いて来て、ステージセンターに来て、立ち、スマートフォンを肩から提げたポーチから取り出す。
カンバスも絵の具もなく、それはパフォーマンスという名のアート。犬子のステージはそうして幕を上げる。
犬子はスマホのタッチパネルを指で動かし、テキトーに、でたらめに、番号をダイアルする。これにはその場の全員が息を呑む。なぜならまず、スマホはそういう使い方をしないからだ。スマホやケータイというのは、普通は登録した番号以外は使わない。それどころか今は相手の番号登録も、相手がその場にいるなら赤外線通信で番号を得るし、相手からかかってきたなら、履歴から登録するだけだ。それがダイアルを回すなんて! これはなにかある、とその場の全員が思った。
筆王も目を丸くして犬子を注視する。筆王の口からは「……いぬこたん、ギザカワユス」と漏らしている。観客の影響を受け過ぎだった。
ダイアルをプッシュし終えると、無論電話が繋がる。犬子自身知らない番号から、犬子自身知らない人が電話にでる。
「はい、もしもし」
その声はオバチャンの声だった。
「お、はよ、う」
「はい? なに? アンタ誰?」
さすがオバチャンだけあって、一気にまくし立てる。
「きょ、うはい、いてんきだ、な」
「アンタ何?」
「わた、しはい、ぬこ」
「やだわ、気持ち悪い。なんなのよアンタ、さっきから。病院行った方がい……」
プツリ。プー、プー。
犬子はオバチャンが喋ってる途中で電話を切った。
そしてまた、犬子は知らないダイアルをプッシュ。電話がまた繋がる。
「はい? もしもし?」
出たのは田舎ヤンキーっぽい男の声。
「わ、たしはい、ぬこだ」
「はぁ? なに言ってんの、てめぇ」
「だ、からわ、たしはい、ぬこだ」
「てめぇ、どこのチームだよ? おれに喧嘩売ってんの?」
「け、んか、よくな、いがわ、たしはば、とるはすきだ」
「ラリってんだろ、てめぇ。病院行けや」
「びょう、いんはす、きだ。か、んごふふぇ、ちだから、な」
「おい、てめぇ! さっきからひとの話聞いてねぇだろ! ぶっ殺すぞ! てめぇのチームのヘッドはだ……」
プツリ。プー、プー。
また、犬子は電話を切った。
そして、再度違う知らない番号へプッシュ。
「はい? もしもし? 飯はまだかぇ?」
今度は老人だと思われる男性。
「わ、たしはい、ぬこ、だ」
「ああ、犬子さんかぇ。ひさしぶりじゃのぅ」
「き、さまはげ、んきか」
「おお、元気じゃよ」
どうやらこの老人、犬子との会話が可能なようだ。
「わ、たしは、いまば、とるしてい、る」
「馬頭観音さまかぇ」
「そ、うだ」
「はぁ、偉いコトじゃのう。……ところで犬子さんや。飯はまだか……」
プツリ。プー、プー。
そこで会話は終了した。
犬子はスマホを仕舞い、会場に一礼した。
「以上、だ」
しばしの静寂。
その後。
観客の大きな拍手!
スタンディングオベーションの紳士などもちらほらといる。
センターの位置にいる犬子めがけて、筆王はダッシュしてくる。
筆王は叫んだ。
「あわなだんす、わなだんす、わなだんす。わなだんわなだん、ぎみあちゃんす!」
筆王は足をカクカクさせ、『イナバダンス』を披露する。
すると、舞台袖から牛乳も乱入、筆王と共にイナバダンスをし出す。
超絶句領域が、そこには生まれる。
大切なコトなので二度言うが、イナバダンスこそは日本に必要不可欠な『イナバ的祝祭』である。全てのひとを祝福する、蒼い弾丸なのだ!
「フォーッ! エクスタシ~!」
筆王は叫び、快感に身悶えた。
バツ子は言う。
「解説席。解説を頼むわ」
「了解ぱせ!」
「さて、この作品『ディス』ぱせが」
「ふむ。ぽっくんだけでなくぱせりんも気づいているだろうが、これはスメリーだな」
「そうぱせね。スメリーのパフォーマンスから来てるぱせね」
「ただし、スメリーは電話において知らない人との会話が可能だったが」
「犬子は会話が出来てないぱせ。つまり、ディスコミュニケーション状態というコトぱせ」
そこにちはる。
「えー、ディスってそういう意味なの? なんか違う時に使うような気がするけど」
半熟王子はそれに答える。
「ふむ。いい質問だ。普通『ディス』というのは『ディスられる』といった使い方をされる。この言葉は日本人ラッパーたちが使い始めた言葉なのだが、『ディスリスペクト』、すなわち『蔑視』を表す言葉だ。今回の犬子くんのパフォーマンスを見ればわかるように、ディスコミュニケーションが生じる時、その意思疎通の断絶を生じさせている人間を蔑視するコトが多い。つまり『空気が読めない』と判断されるのだな」
「そうぱせ。この作品の肝は、犬子自身がその意思疎通の断絶をあらかじめ予想していて、このタイトルをつけていた、というコトぱせね。さすが私の弟子だけあるぱせ」
ちょっと誇らしげなぱせりん。頭の中では筆王の自分への裏切りに対する怒りで、ある意味煮えたぎっているのだが、今回出場の三名は全員、ぱせりんの指導を受けた者ばかり。誇らしさをそこに感じないと言ったらそれは嘘だろう。
「で、ぽっくんが思うに、だ。この作品のタイトルと筆王の『お題』、どう繋がるかというと、それは幼児と周囲の大人との『ディスコミュニケーション』を表しているのでないか、とな」
「その意見には私も賛成ぱせよ」
……と、議論は続いていったが、そこで取り残され一言も喋る機会がないみっしーは
「つまらないです、せっかくの晴れ舞台なのに……」
と、拗ねていた。
解説席の議論が落ち着いたところで、踊りをやめた筆王は牛乳とハイタッチし合い別れ、ステージに設置されたスイッチを押す。それを見逃さず、日和は実況する。
「おっと! 猫部犬子さんの筆王ポイントが出たっ! 発表するよっ! 猫部犬子さんの筆王ポイントは……、九十八点だよぉっ!! すごいっ! いきなりで高得点だねっ!」
会場は驚きの声で満たされた。なぜなら百点が満点で九十八点なのだ。これはいきなりで高得点過ぎる。
…………。
その会場の盛り上がりの中、ぱせりんは思考を巡らす。
会場を一体化させる筆王、ならば竹林の七賢の『七人』ではなく、会場の人間『全員』のエネルギーを使ってなにかをするのではないか、と。
しかし、解説席に座っているぱせりんにはなにも出来ず、様子をうかがうコトしかできない。
そして、場合によっては自分は筆王を裏切るコトになるであろう、と考える。
そう、なぜならぱせりんはこの街を、愛しすぎているからだ。