第4話
文字数 2,954文字
☆
今日の夜はいつも料理をつくるちはるがいないというコトで、理科とみっしーの二人は外食をするコトにした。場所は菊屋横町のとんかつ屋『とんかつしゅーちゃん』である。みっしー行きつけの店らしい。どうも、みっしーはとんかつが大好物なようで。理科はてっきりみっしーの好物はみかんだけかと思っていたので、みっしーの口から「喉から手が出るほど大好物のとんかつ食いたいです。喉から手が出てその手で理科を殺めたいほどとんかつが食いたいです。とんかつずっと食べてないんです、くたばりそうです。六枚のとんかつです」という言葉が出た時、理科ははじめてそれを知ったのであった。
菊屋横町の歓楽街いかがわしい雑踏を抜け、ボロボロのスラム的な住宅地に入ると、そこに『とんかつしゅーちゃん』はあった。見た目はただの一軒家だが、玄関にのれんがかかっていて、そこがかろうじてお店だとわかる。理科が「ここ?」と尋ねると「いい感じでしょ?」とみっしーはニヤリとする。
みっしーが率先して玄関から店に入る。
「すめろぎしゅーこ、ボクです、みっしーですよ~」
みっしーに続いて、理科も店内に入った。オーソドックスな、小さくて感じのいい居酒屋のような店内だった。カウンター席六つと座敷がひとつ。慎ましくて好感が持てる。
「へい、らっしゃい!」
はちまきを頭に巻いた割烹着の女性が、カウンターの中から言った。たぶん、カウンターの中が厨房なのだろう。
二人はカウンター席に座った。
「理科、紹介するです。この人が、ここのとんかつ戦士・すめろぎしゅーこです」
「よろしく」
すめろぎしゅーこと呼ばれた女性は頭を下げる。
「あ、よろしくおねがいします」
理科もお辞儀を返した。
「しゅーこ、いつものね。理科にもおんなじもんを頼むです」
みっしーは、メニューを見ずに頼む。理科も、それには抗議をせず、おとなしくそれに従う。しゅーこは「はいよ!」と返事し、それから二人におしぼりを出した。どうやらここには店主であろうこのすめろぎしゅーこさんしかいないのだな、と理科は了解した。
みっしーが頼んだのは味噌カツだった。「しゅーこの実家がある名古屋の名物です。ここの味噌カツは矢場トン並に美味いのですよ?」とか言いながら、がつがつ食う。理科は、割り箸が入っていた袋に、落書きを開始した。
理科が描きたいのは、昨日遭遇したパーカーの集団、あの『ファーム』とかいう名刺の集団の描いていた、パンダのような、ファンシーな絵。理科が得意とするのもまんがのような絵だが、まだまだ荒削りで、到底あの集団には届かないと、自己分析している。ファンシーな絵以外で勝負するのも、そりゃ必要だが、他の手段を考える以外に、ファンシーな絵であっても勝負して勝てるようにならなければ、やっている意味がない。絵というのは主観的で、どういう絵が優れていてどういう絵が劣っているのかは一様には言えないが、それでも理科は「負けた」と思っている。勝たなくちゃ! そう決意したのだ。だから、頑張る。そう思ったらいてもたってもいられず、落書きを開始したというわけだ。
「理科、早く食わないと冷めるですよ」
「はいはい」
理科はざっと絵を割り箸の袋一面に描いてから、味噌カツを食べ出した。おいしい。たぶんこれまで食べたどんな味噌カツよりもおいしい。理科は金銭的には比較的裕福な家庭に生まれたが、こんな味噌カツを食べたのは初めてだった。しかし、店内に客は私たちだけ。やっぱり飲食店も、結局は運次第というコトなのだろうか。
そう思っていると、入り口が開く音がした。「らっしゃい!」としゅーこが言うと、「はぁい」という、艶めかしい返事とともに女性が入ってきた。
みっしーと理科も、入り口の方を見る。女はやたらとグラマラスで、さっきの艶めかしい声も納得のいく容姿だった。
女はカウンター席の、みっしーの横に座った。
「あら、みっしーじゃなぁい」
「む、そういうあんたは牛乳(うしちち)ですね!」
「もぅ、そんな名前で呼ばないのん」
牛乳(うしちち)と呼ばれた女はみっしーにデコピンする。
「ぐはっ! 地味に痛いです」
「痛くない痛くない。で、そっちの美人さんは誰?」
「あ、私は田山理科と言います。先日、過多萩市に引っ越してきたばかりの者です」
「ふぅん。またみっしー、たかってるんでしょん」
「たかってるわけではないですよ。今、この理科の部屋で居候をしてるです」
「根無し草も好い加減やめなさいよ、みっしー」
「余計なお世話です」
「もぅ、この娘ったら」
牛乳は大きい胸を揺らしながら笑う。そして、理科の手元にある箸袋を見つける。
「ん? 美人さん、あなたも絵を描くのかしらん」
牛乳は立ち上がり、理科の座ってる席へ。理科に後ろから覆い被さるようにして、カウンター席の箸の袋をのぞき込む。理科の背中にたわわな胸が押しつけられる。理科はその過剰な脂肪の塊に、思わず声を失う。
「ドローイング。上手いじゃないの。荒削りだけど、そこがまたコンテンポラリーっぽくて良いわね」
「泥いんぐ?」
みっしーは首をひねる。
「ドローイング。素描のコトよん」
「素病? 性病の仲間ですか」
「もぅ、みっしーったら。下品なネタはここではダメよん。ここのしゅーこちゃんはまだバージンなんだからね」
「バージンとか、いらないインフォです」
「あら、殿方には重要なインフォメーションよ。だから広めておいて損はないわん」
「あたいのコトは黙ってて、シジミちゃん」
カウンターの中からすめろぎしゅーこが応答する。
「あ、そうです、牛乳」
「牛乳と呼ばないのん。私には柳生シジミって名前があるんだかね」
「うるさいです、牛乳。話の骨を折らないでいただきたいです」
「はいはい」
「ここにいる理科は、絵を描くのです。でも、一人でこつこつ描いてるだけです。自己満野郎です。内気すぎるんです。牛乳、あなたも絵を描いてるんだから、理科をそっちの世界に連れて行くです。理科は丁度、今度のなんたらフェスとかいうのにも作品を送る気なのです。パワーアップが必要なのです!」
なぜか胸を張って啖呵を切るみっしー。胸はないが。理科も後ろを振り向き、牛乳に頭を下げる。
身体を動かしたせいで、理科は余計と胸が牛乳と密着、そしてフェイストゥフェイス、顔と顔がくっつきそうになる。
牛乳は理科と視線を合わせ、その目を細める。
「魅惑的な唇ねぇ」
そして牛乳の唇は、ゆっくりと、理科の唇と重なる。
「ん! んっん~~~~」
理科の頭の両サイドを手で固定してのキス。理科はじたばたするが動けない。こんなコト、昨日もなかったか。
牛乳は唇を離す。
理科から離れ、しばらくキスの余韻を楽しんで。
それから、言った。
「わかったわん。私の同人誌執筆を手伝ってもらいましょう。今度の即売会に、理科ちゃんのイラスト集も出しましょ。コピー本なら、間に合うわ。理科ちゃんは、私がもらうコトにするのん」
「いや、もらっちゃダメです。ボクがちはるに殺されるです」
「ふぅん。じゃ、殺されなさい、みっしー」
「激しく却下ですっ!!」
今日の夜はいつも料理をつくるちはるがいないというコトで、理科とみっしーの二人は外食をするコトにした。場所は菊屋横町のとんかつ屋『とんかつしゅーちゃん』である。みっしー行きつけの店らしい。どうも、みっしーはとんかつが大好物なようで。理科はてっきりみっしーの好物はみかんだけかと思っていたので、みっしーの口から「喉から手が出るほど大好物のとんかつ食いたいです。喉から手が出てその手で理科を殺めたいほどとんかつが食いたいです。とんかつずっと食べてないんです、くたばりそうです。六枚のとんかつです」という言葉が出た時、理科ははじめてそれを知ったのであった。
菊屋横町の歓楽街いかがわしい雑踏を抜け、ボロボロのスラム的な住宅地に入ると、そこに『とんかつしゅーちゃん』はあった。見た目はただの一軒家だが、玄関にのれんがかかっていて、そこがかろうじてお店だとわかる。理科が「ここ?」と尋ねると「いい感じでしょ?」とみっしーはニヤリとする。
みっしーが率先して玄関から店に入る。
「すめろぎしゅーこ、ボクです、みっしーですよ~」
みっしーに続いて、理科も店内に入った。オーソドックスな、小さくて感じのいい居酒屋のような店内だった。カウンター席六つと座敷がひとつ。慎ましくて好感が持てる。
「へい、らっしゃい!」
はちまきを頭に巻いた割烹着の女性が、カウンターの中から言った。たぶん、カウンターの中が厨房なのだろう。
二人はカウンター席に座った。
「理科、紹介するです。この人が、ここのとんかつ戦士・すめろぎしゅーこです」
「よろしく」
すめろぎしゅーこと呼ばれた女性は頭を下げる。
「あ、よろしくおねがいします」
理科もお辞儀を返した。
「しゅーこ、いつものね。理科にもおんなじもんを頼むです」
みっしーは、メニューを見ずに頼む。理科も、それには抗議をせず、おとなしくそれに従う。しゅーこは「はいよ!」と返事し、それから二人におしぼりを出した。どうやらここには店主であろうこのすめろぎしゅーこさんしかいないのだな、と理科は了解した。
みっしーが頼んだのは味噌カツだった。「しゅーこの実家がある名古屋の名物です。ここの味噌カツは矢場トン並に美味いのですよ?」とか言いながら、がつがつ食う。理科は、割り箸が入っていた袋に、落書きを開始した。
理科が描きたいのは、昨日遭遇したパーカーの集団、あの『ファーム』とかいう名刺の集団の描いていた、パンダのような、ファンシーな絵。理科が得意とするのもまんがのような絵だが、まだまだ荒削りで、到底あの集団には届かないと、自己分析している。ファンシーな絵以外で勝負するのも、そりゃ必要だが、他の手段を考える以外に、ファンシーな絵であっても勝負して勝てるようにならなければ、やっている意味がない。絵というのは主観的で、どういう絵が優れていてどういう絵が劣っているのかは一様には言えないが、それでも理科は「負けた」と思っている。勝たなくちゃ! そう決意したのだ。だから、頑張る。そう思ったらいてもたってもいられず、落書きを開始したというわけだ。
「理科、早く食わないと冷めるですよ」
「はいはい」
理科はざっと絵を割り箸の袋一面に描いてから、味噌カツを食べ出した。おいしい。たぶんこれまで食べたどんな味噌カツよりもおいしい。理科は金銭的には比較的裕福な家庭に生まれたが、こんな味噌カツを食べたのは初めてだった。しかし、店内に客は私たちだけ。やっぱり飲食店も、結局は運次第というコトなのだろうか。
そう思っていると、入り口が開く音がした。「らっしゃい!」としゅーこが言うと、「はぁい」という、艶めかしい返事とともに女性が入ってきた。
みっしーと理科も、入り口の方を見る。女はやたらとグラマラスで、さっきの艶めかしい声も納得のいく容姿だった。
女はカウンター席の、みっしーの横に座った。
「あら、みっしーじゃなぁい」
「む、そういうあんたは牛乳(うしちち)ですね!」
「もぅ、そんな名前で呼ばないのん」
牛乳(うしちち)と呼ばれた女はみっしーにデコピンする。
「ぐはっ! 地味に痛いです」
「痛くない痛くない。で、そっちの美人さんは誰?」
「あ、私は田山理科と言います。先日、過多萩市に引っ越してきたばかりの者です」
「ふぅん。またみっしー、たかってるんでしょん」
「たかってるわけではないですよ。今、この理科の部屋で居候をしてるです」
「根無し草も好い加減やめなさいよ、みっしー」
「余計なお世話です」
「もぅ、この娘ったら」
牛乳は大きい胸を揺らしながら笑う。そして、理科の手元にある箸袋を見つける。
「ん? 美人さん、あなたも絵を描くのかしらん」
牛乳は立ち上がり、理科の座ってる席へ。理科に後ろから覆い被さるようにして、カウンター席の箸の袋をのぞき込む。理科の背中にたわわな胸が押しつけられる。理科はその過剰な脂肪の塊に、思わず声を失う。
「ドローイング。上手いじゃないの。荒削りだけど、そこがまたコンテンポラリーっぽくて良いわね」
「泥いんぐ?」
みっしーは首をひねる。
「ドローイング。素描のコトよん」
「素病? 性病の仲間ですか」
「もぅ、みっしーったら。下品なネタはここではダメよん。ここのしゅーこちゃんはまだバージンなんだからね」
「バージンとか、いらないインフォです」
「あら、殿方には重要なインフォメーションよ。だから広めておいて損はないわん」
「あたいのコトは黙ってて、シジミちゃん」
カウンターの中からすめろぎしゅーこが応答する。
「あ、そうです、牛乳」
「牛乳と呼ばないのん。私には柳生シジミって名前があるんだかね」
「うるさいです、牛乳。話の骨を折らないでいただきたいです」
「はいはい」
「ここにいる理科は、絵を描くのです。でも、一人でこつこつ描いてるだけです。自己満野郎です。内気すぎるんです。牛乳、あなたも絵を描いてるんだから、理科をそっちの世界に連れて行くです。理科は丁度、今度のなんたらフェスとかいうのにも作品を送る気なのです。パワーアップが必要なのです!」
なぜか胸を張って啖呵を切るみっしー。胸はないが。理科も後ろを振り向き、牛乳に頭を下げる。
身体を動かしたせいで、理科は余計と胸が牛乳と密着、そしてフェイストゥフェイス、顔と顔がくっつきそうになる。
牛乳は理科と視線を合わせ、その目を細める。
「魅惑的な唇ねぇ」
そして牛乳の唇は、ゆっくりと、理科の唇と重なる。
「ん! んっん~~~~」
理科の頭の両サイドを手で固定してのキス。理科はじたばたするが動けない。こんなコト、昨日もなかったか。
牛乳は唇を離す。
理科から離れ、しばらくキスの余韻を楽しんで。
それから、言った。
「わかったわん。私の同人誌執筆を手伝ってもらいましょう。今度の即売会に、理科ちゃんのイラスト集も出しましょ。コピー本なら、間に合うわ。理科ちゃんは、私がもらうコトにするのん」
「いや、もらっちゃダメです。ボクがちはるに殺されるです」
「ふぅん。じゃ、殺されなさい、みっしー」
「激しく却下ですっ!!」