第39話

文字数 1,164文字

   八。


「優勝者はっ……、田山理科さんですっ!!」
 その日和の声を聞いた時、私は「ああ、これで終わったんだな」と思った。
 遅い諦念。私に才能がないコトなんて、もうとっくの昔にあきらかになってるコトだったのに。
 死の宣告。芸術家の死。いや、私は芸術家ではなかったのかもしれない、最初から、そして、最後まで。
 ステージから見渡す群衆、この観客たちは、みな優勝者の理科を見ている。なんてこった。これが、現実。
 泣きながら歓ぶ田山理科。解説席から妹のチビメガネが「やったね、お姉ちゃん」とか言っている。
 お姉ちゃん!
 そう、私にも、お姉ちゃんがいた。
 完璧だったハズの、姉。
 彼女は、完璧が故に死んだ。
 そう、完璧すぎる理科は、私が殺さないといけない。
 チビメガネは、私と同じになればいい。
 私は二メートルほど離れた位置にいる田山理科に、そっと近づく。
「ん? なに? 千鶴子」
 わかってない。あなたはなにもわかっていないのよ、田山理科。飴玉のごとく、甘いわね。
 私はいつの間にか持っていた包丁を振りかぶり。
 そして。
 理科の脳天からまっすぐ下に振り下ろす。
 血しぶき。
 私は理科の血しぶきを浴びて、本物の芸術家になった気分になる。
 理科はいつものペインティングナイフを構えるヒマもなく、私に斬られ、倒れる。
 倒れた理科の身体を、私は蹴飛ばす。
 そう、殺人なんて簡単なコトだ。
 こんなに簡単に殺せるなら、もっと早く殺せば良かった。
 チビメガネは叫ぶ。自分のお姉ちゃんを殺されて。
 いいザマだわ。
 私は片方の唇を上げて、笑みをつくる。
 と、そんな私の脳内に、声が響く。
 その声の主は筆王。
 筆王は、私に段々近づきながら、しかしその声は脳内に直接喋りかけてきて。
 気味が悪い。
 なんなの、これは?

「下野千鶴子よ。貴様はなにか芸術について勘違いしている。無為無策を肯定にすり替えてはならんぞ。そしてくだらないセクトに属するコトで安心を得て、それが表現だと思ってはいけなかったのだ」
 なに? 私への批判?
 いや、違う。
 これは。
 これは私がつくった『ファーム』への批判。
 それは違う。ファームは『くだらないセクト』なんかじゃない!
 でも、本当にそうなの?
 実は私が安心を得るためだけの、それだけのためにつくった『心地良い居場所』に過ぎなかったんじゃないの?
 違う!
 本当にそう言い切れる?
 違う?
 わからない。
 わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない!!
 ああ、私は一体、なにがしたいの?

 お姉ちゃん……。

 私は死んだ田山理科の死体を眺めながら、自分と向き合い。
 そして。
 壊れた。


 
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登場人物紹介

田山理科:ちはるの姉。絵描き。戦う武器はペインティングナイフ。

田山ちはる:田山理科の妹。優しいけど怒ると怖い一面も。自分の姉の理科のことが好き。

みっしー:死神少女。田山姉妹の住んでる部屋で居候をしている。武器は縁切りの大鎌〈ハネムーン・スライサー〉。ハネムーン中に離婚させるほどの威力を持つ。大鎌は刃物なので、普通に危ない武器。

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