第35話

文字数 2,861文字

   七。


 過多萩学園大学部校庭、特設ステージ。この、校庭につくられた海を臨む特設ステージで、アートバトル『無茶振り決戦マジ巌流島』は行われる。座席数は百六十席。スタンディングスペースは約三百八十人分。この座席数は、当初、本多劇場と同じ三百六十八席にする予定であったが、ステージ設計に携わった一人が演劇マニアで、「ダメっすよ、本多劇場と同じだなんて。駅前劇場と同じキャパの約百六十席が渋くてイイんじゃねぇっすか? 知ってます? 駅前劇場って昔、WAHAHA本舗の柴田理恵さんが結婚式を挙げた場所なんスよ。どうもかぶりもので結婚式やったらしいッス」と熱心に駅前劇場化を希望したたため折衷案として、座席数は駅前劇場と同じくらいにし、スタンディングスペースを更に設置。そちらをほぼ本多劇場と同様にするという処置が施されるコトになったのである。かなりどうでもいい話であるが。
 そして今、正午。この特設ステージにはキャパオーバーの人々が詰めかけている。ステージの外からもステージは見えるので、会場の外で露店のビールなどを飲みながら見物する人間も大勢いる。
 このステージで今から、理科たちは戦うのだ。潮風をものともせず熱気は十分。実況の日和、バツ子はバックステージ上手(かみて)側の奥の方で待機している。解説席は下手(しもて)に設置されていて、ぱせりん、半熟王子、ちはる、みっしーは頃合いを見て、席に座った。唯一の審査員、筆王の姿は見えない。時間にルーズな人間というわけでもないが、威厳を保つため、遅い登場にしようとしているらしい。
 場をもたせるための前座として牛乳が一人、ステージに立って膝をカクカクさせながら踊っている。今が牛乳の見せ場なのだ。これは日本が誇る音楽ユニットB'zの稲葉浩志の踊り、通称『イナバダンス』である。正直イナバウアーなど目ではない、これぞ正真正銘のイナバ的祝祭である。
「あわなだんす、わなだんす、わなだんす、わなだんわなだん、ぎみあちゃ~んす!!」
 牛乳は踊る踊る、足をカクカクと、内股になったりがに股になったりさせながら。イヤがオウにも会場のボルテージは上がっていく。中には牛乳のつとめるランジェリーパブの常連客がいて、しきりに「真琴ちゃーん!」と叫んでいる。解説者席の半熟王子も牛乳のイナバダンスに興奮を隠しきれない。鼻息荒く見守っている。

 前座の興行は成功であった。

 そして正午を五分過ぎた頃、実況の二人が、ステージに現れ、ステージが始まったのである。


   ☆


「筆王プレゼンツ~」
『無茶振り決戦マジ巌流島ー!!』
「と、いうわけで日和だよっ」
「バツ子よん」
「今日は金太フェスにお越しいただきありがとねっ」
「今日のこの日を待ち望んで夜も眠れなかった人もいるわよね。そう、それが私」
「三年に一回開かれるこのアートバトル。今回の実況は私とバツ子なんだよっ」
「そして解説は過多萩学園文学部美術科の魔女っ娘先生・ぱせりん、筆王のご子息・半熟王子、それからファームからちはるちゃんとみっしーが来てるわ」
「それじゃはさっそく、解説者から自己紹介をお願いしようかなっ」

 ぱせりんがいつもの調子で喋る。髪を掻き上げるその姿は、全然緊張してない。
「ぱせぱせ。私が魔女のぱせりんぱせ。魔女だけあって私を好きな人はマジョリティと言っていいぱせ。私を嫌いなのは少数派であろうぱせから、さっさと私を賛美しだせばいいぱせよ」
 次に喋るのは半熟王子。頭には王冠、肩からマントを着けそれを翻し、格好をつけている。その仕草はちょっと子供っぽい。
「へきゃっしゅ、ぽっくんが半熟王子だ。皆の者、この一番勝負においで下さってありがとう。心から感謝する。このアートバトルは知っての通り三年に一回、この過多萩で一番の美術家を決めるために行われる。今回の応募総数は二千十二作品。その中から選ばれし三名が、このバトルで戦うのだ。皆よ、刮目して見よ!」
 この半熟王子の言で拍手が起こる。なかなかの演説口調だった。
 逆にその拍手で緊張をしてしまったのが次に喋るちはるである。ちはるは身体がカチカチになって唇はぶるぶる震える。ちはるはこんな大勢の前で喋るのは生まれてはじめてなのだ。
「あ、あのあの、わ、わたしは田山ちはるっていってその、えっと、ふぁ、ファームに参加したり、と、それで田山理科のい、いも、おいも」
 半熟王子はニヤリと笑って聞き返す。
「お芋?」
 ちはるをいじり倒そうとする王子をぱせりんはひっぱたいた。
「こんのアホ王子! あ、ちはるちゃん、気にしないで続けるぱせ」
 挙動不審に動きつつ、そのキョドる目をこすり気合いを入れて、ちはるは続ける。
「私はその、今日戦う田山理科の妹で、だから、応援しながら解説で、喋らせてもらいます! えっと、でも美術のコト、よくわかんないけど……、でも、頑張る!」
 みっしーは目頭熱く、ちはるを励ます。
「よくやったです、ちはる! あとでボクがチューしてあげます」
「……う、うん」
 ちはるはみっしーにチューさせるらしい。というか、もう全然周りが見えなくなっている。なので「うん」と答えたのだ。だが、このままではいけないと思い、なぜかラマーズ法で「ひっひっふ~」と深呼吸して落ち着かせて、どうにかこの役目をこなそうと、心を強くさせようとするのだった。
 そして最後にみっしー。みっしーはにししし、と笑う。楽しくて仕方がないといった感じだ。
「ボクが人呼んで死神少女の、みっしーです。ボクは見てわかるとおり、まーりゃん先輩に匹敵するほどの美少女です」
 それに反応したのは半熟王子だ。
「貴様、まーりゃん先輩はぽっくんの嫁だ。まーりゃん先輩と自分が同じであるような発言は取り消したまえ!」
「ボクはてめぇの嫁じゃねぇですよ?」
「貴様じゃねぇよ! まーりゃん先輩がぽっくんの嫁なんだよ!」
「しかしながらボク、実はタマ姉ファンなんですよ? タマ姉たまんねぇ」
「む、貴様タマ姉派でありながらまーりゃん先輩を語ったというコトか。なんたる不届きな! 貴様とはやり合わねばならぬと思ってはいたが、それは今日のコトであったか。ふむ。ではいざ尋常に勝負を……」
 と、そこにぱせりんが割り込む。
「あ~、もう、やめろこのボケガエルども! どうでもいいからギャルゲヲタは等しく死ねばいいぱせ!!」
 それは痛烈な批判だった。が、そこに。
「笑止!!」
 会場をつんざく声が、その時響き渡った。解説者席の面々も会場のお客さんも皆、その声の主に注視する。
 その声の男はステージのセンターに立っていた。ステージのセンターにはバミリが貼ってあり、そこに立っているので完全なるセンターの位置であった。
「紹介するよっ。この人が、今日の審査員、筆王さんだよっ」
 日和から紹介を受けた男、それは紺絣の和服を着込んだ白髪頭の、筆王その人なのだった。

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登場人物紹介

田山理科:ちはるの姉。絵描き。戦う武器はペインティングナイフ。

田山ちはる:田山理科の妹。優しいけど怒ると怖い一面も。自分の姉の理科のことが好き。

みっしー:死神少女。田山姉妹の住んでる部屋で居候をしている。武器は縁切りの大鎌〈ハネムーン・スライサー〉。ハネムーン中に離婚させるほどの威力を持つ。大鎌は刃物なので、普通に危ない武器。

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