第15話
文字数 5,234文字
☆
ざわめき。観客たちはただの野次馬と化し、憶測がそこここで飛び交っている。
木戸商店街につくられたテレビ収録の現場。スタッフたちが慌てている。監督は怒声を飛ばす。しかし、皆は慌てているだけで、この場を打開しようという気配はなかった。
「あんたたち! 誰か日和を連れ戻してきなさいよ!!」
テントの中の『キッチンコロシアム』からバツ子は怒鳴る。が、スタッフでそれに反応する者はいない。みんな冷笑を浮かべている。スタッフの一人が言う。
「バツ子さん、落ち目の『ジャリタレ』がいなくなったところで、誰も動こうなんて思いませんよ。おれたちだってあのジャリタレに偉そうに指図されてばかりで、正直ムカつきが限界に達してたんですよね。あのジャリタレの親だって偉そうにしやがってさ。このまま業界から消えてくれればいいって、ここにいるみんなは思ってるんですよ。バツ子さんだって本当はムカついてたんでしょ?」
その言葉を聞いたバツ子は激怒したが、そのスタッフを殴るわけにもいかず、拳を握りしめたまま、顔を下に向けて沈黙していた。
『ジャリタレ』とは、子供のタレントを指す蔑称のコトである。
酷い言い分だ。そのジャリタレのおかげで飯を食っている人間が言う台詞なのか。バツ子は「相棒」である日和のコトを思う。
確かに、最近の日和は徐々に仕事が減ってきている。業界のパワーバランスが変わってきているのだ。なのでここのところバツ子は、いつも一緒にコンビを組んでいた日和とではなく『ピン』で仕事をするコトが多くなっている。『ピン』とは、一人という意味である。
日和の両親は、クセのある人間だ。特に父親の性格は酷い。女と見れば、見境なくちょっかいを出す。泣かされた業界人も多い。
母親の方は、事務所に金をせびる。こっちもこっちで酷い。こっちの方が酷いか。
日和も、ここ数年は落ち着いているが、昔はスタッフへの注文が多かった。嫌いなスタッフと仕事をするのを嫌って、収録をボイコットするコトも多々あった。
しかし、だ。それを十分承知して、みんなは日和を起用していたハズなのだ。それを今更……。いや、「今更」言い出すというコトが「落ち目」というコトとイコールなのかもしれないが。
バツ子は歯がみしながら、スタッフたちの予定調和ともとれるような慌てぶりを傍観するしかないのだった。
「お姉ちゃん、どうしよう……」
ちはるが理科の横でオロオロする。口にグーの手をあて、身体を左右に振る。その姿に見とれる理科は自分はダメな姉ね、と思う。
日和が走ってどこかにいなくなってしまって一分、いや三分くらい経っただろうか。理科の周りの人々もスタッフも、どうしていいかわからないようだ。現場では監督の怒声だけが響いていて、一方観客たちはひそひそと喋りあっている。喋っている内容は「どうしたんだ、日和ちゃん」とか「きっとなにかあったんだろう」とか、憶測の域を越えない。
ちはるが理科のコートの裾を握る。顔は真剣そうだ。本気で心配しているらしい。
理科もどうしていいかわからず思案していたが、その理科の思案は『キッチンコロシアム』のテントからの声で途切れた。
「おい! キミ! それ食うな!」
「にゃんででふか? もふもふ」
番組でいちごのスコーンをつくるハズだったその生地を生で食うみっしー。さっきスタッフと揉めていたが、侵入に成功してしまったのであった。
「おい! あいつを止めろ! ここから追い出せ!」
みっしーに飛びかかるスタッフ。みっしーはうさぎのような素早さで、さも追いかけっこをしているかのようににこやかにそこら中を跳ね回って逃げる。
「にしし。捕まりゅまひぇんよ~でふ」
口の中にはまだスコーンの生生地が入っているらしい。
「んぐ、旨かったです、このスコーン」
どうやら生地自体をスコーンだと勘違いしていたらしい。旨かったのか、生地……。飲み込んだみっしーを見ながら、理科は思った。
「鬼さんこちら~、です」
「待てこらー!」
「へへ~ん、捕まりませ~……、うげらぼあ!」
みっしーの頭に白いチョークがヒットし、みっしーはその場で転倒した。
その転倒を見逃さず、四人ほどの番組スタッフがみっしーに覆い被さる。みっしーはじたばたするが、さすがに動けなくなったようだ。
「離すです離すです! レディーの身体に覆い被さるなんてセクハラです! セクハラとはセクシャルハラスメントの略です!」
身動きの取れないみっしーの前に、チョークを投げた本人、ぱせりんが紫の髪を掻き上げ、仁王立ちをする。
「おーっほっほ。いいザマぱせ、死神!」
「こォんのクソ魔女ォ!」
「あら、そんな態度で良いぱせか? もっとへりくだる必要性があるんじゃないぱせか?」
「うぐぐぐ……!」
怒り心頭のうつぶせみっしーのこめかみにチョークをもう一本シュートし、追い打ちをかけるぱせりん。ぱせりんのチョーク投げの速度はプロのピッチャー顔負けの百六十キロのスピードである。こんなの喰らったらタダでは済まないのである。
「ほげらぶあっ!」
みっしーは完全に動かなくなった。泣きべそをかいている。本気で痛かったらしい。
「今に見てろです、クソ魔女」
「あんのバカ……」
それを見ていた理科はため息を吐いて、ちはると一緒に収録現場の中に入っていく。
誰も理科たちを止めようとしない。みっしーみたいな人間にはもう構っていられないというコトなのだろう。どっちにしても、理科には都合が良いのだった。
理科とちはるが駆けつけると、みっしーはぐってりとしていて、その上に番組スタッフが四人、みっしーに覆い被さっていた。みっしーはもう抵抗をやめていた。その傍らで、ぱせりんが仁王立ちしている。そのぱせりんの横にいたモンゴメリ立花が理科を指さして、ぱせりんに見るよう促す。
「ぱせりん、みっしーの保護者が来たアルよ」
「保護者ぱせか?」
ぱせりんが理科に向き直る。
「ああ、さっきの……、ぱせぱせ」
「このバカが迷惑かけてすみません。今、連れて帰りますから」
そこへ、野太い声がやってくる。
「なに? なんの騒ぎなの、全く」
その声はバツ子だった。百二十キロを超す巨体を揺らせながら、スタッフに言う。
「あんたたち、なにカエルの交尾みたく上に乗っかってるのよ?」
ぱせりんに気づき、
「あ、ぱせりんさん、こんにちわ。すみません、収録がぶち壊れて。せっかく観に来てくれたのに」
頭を下げる。
「いいぱせよ。最近日和ちゃんの様子もおかしかったし」
ちはるはバツ子を間近で見て、硬直する。
「お、お姉ちゃん、……ば、バツ子だよ! わ、私どうしたら……」
理科は「もう、ちはるったら」と苦笑する。
「やっぱりぱせりんさんもそう思いますか。私も、最近特に日和が落ち込んでる日が多くて、心配してたんですよ」
と、そこでバツ子は理科とちはるに気づく。
「ん? あんたたちはなに?」
ちはるは「え? え?」と完全にキョドる。挙動不審な手の動きをしながら、慌てふためく。
バツ子は理科とちはるを見る。否、そうではないのだ。バツ子は、理科とちはるのお尻を交互に見たのである。
「ん! そっちの大きい方……、なかなかね」
バツ子は理科の後ろ側に回り込み、尻を丁寧に眺める。
「うん、でも……大きすぎるわね」
「は? はぁ……」
理科はなにがなにやらよくわからない。そこにちはるが耳打ち。
「お姉ちゃん、バツ子は『尻フェチ』なのよ。おかまだけど、女の子のお尻は別なの。お尻でひとを判断するのよ」
「ん? お尻でひとを判断する?」
理科にはそれがよくわからない。なんなの、お尻でひとを判断って?
と、そうこうしてるうちにみっしーはスタッフから解放され、起き上がる。どうやら全くの部外者ではなく、ぱせりんの知り合いと思ってくれたらしい。
「ひどい目にあったです。レディーの扱いが奴ら、分かってないですよ?」
全員がみっしーの方を見る。バツ子もみっしーを見る。
バツ子は、戦慄した、……そのお尻に!
「こ、このケツはッッッッ!!」
バツ子は目を丸くする。口はわなわな震えている。
おいおい、このケツはねぇんじゃねぇの、とか呟きながら、さっき理科にそうしたように、みっしーの背後に回って尻を見る。凝視する。そして、みっしーのお尻のところに跪き、お尻に顔を接近させる。
「な、なんですか、あなたバツ子ですよね」
バツ子は問いに答えず、ただただみっしーのお尻をなめ回すように眺める。
それから、そのお尻にキスすべく顔をうずめようとした。
そこへ。
ばふっ! という効果音。
みっしーの放屁だった。
「ぐえっふふぐおっ!」
みっしーのおならを直撃されたバツ子は、両方の鼻の穴から鼻血を出し、その場で仰向けに転倒した。
鼻血を出しながら、もがき苦しみ、左右に巨体を振り振り、のたうち回る。
「うがっ、うがっ、うがっ!」
のたうち回りながら、鼻血をまき散らす。
「アホばっかりぱせ……」
「そうですね」
理科はぱせりんに同意した。
精悍な顔立ちで腕組みをするバツ子。その鼻には丸めたティッシュペーパーを入れている。バツ子は言う。
「私にそのお尻をくれればいいのよ、このあばずれ」
「やなこったです」
「セクシーダイナマイトな私に貞操をあげられるのよ? ステキじゃない」
「黙れケツ豚! セクシーダイナマイトなのではなく、そりゃただのデブだボゲェ! バツ子が変態だとは知らなかったです。ねえ? ちはる」
「私はバツ子が尻フェチだって知ってたよ」
「……そ、そうですか。まあいいです。言っときますがボクは黒猫チェルシーのボーカル、渡辺大知にしか抱かれないと心に決めているのです。大知にゃんが主演した『色即ぜねれいしょん』は観ましたか? ああ、もう、あの男前に抱かれたいです!」
理科は「よくわからんがあいつ、かなり本気ね。でもあいつが好きなのはちはるじゃなかったっけ?」とツッコんでおきたかったが、話がこじれるのでやめておいた。
モンゴメリが話を変えるようにちはるに尋ねる。モンゴメリはちはるのバイトしてるケバブ屋の店長であり、モンゴメリとしては、ここはいいとこ見せておきたいのである。
「ところでちはる、ここに現れたのはなぜアルか?」
ちはるははっと現状に気づく。そうだ、私は。
「店長! 私、日和を追いかけたいの!」
「女優になりたいアルか」
「そういうコトじゃないよ! もう店長ったら」
ふくれっ面をするちはる。モンゴメリはいたずら小僧のように笑う。というかチャイナの少林寺門下の小僧のように。
「わかってるアルよ、ちはる。日和の行き先を知りたいのアルね」
「そうなの!」
「だ、そうアルよ、ぱせりん」
ぱせりんはやれやれだぜ、とか言いながらちはるの真剣なまなざしを受ける。
「わかったぱせ。お嬢ちゃんたちに任せるぱせよ。日和の行き先くらい、わかってるぱせ」
ちはるの目が輝く。
「そうなの!?」
「私は伊達に魔女っ娘先生とは言われてないぱせ。日和がこういう時いつも行く場所は魔道具を使ってリサーチ済み。今だって魔道具で追尾してるぱせよ」
みっしーが口を挟む。
「そうですか、クソ魔女。いつもは魔法なんて使わないのに、こんなコトにばかり魔法を使うなんて、せこい魔女ですね」
「あら? そのおかげで日和の居場所がわかるんだから文句は言えないんじゃないぱせか」
「チッ! まあ、そうですが」
舌打ちするみっしーに向けて、ぱせりんはゆっくりと喋る。
「日和の行った先は、……クックックッ、雀孫神社ぱせよ」
みっしーが目を丸くして「うげぇ!」と声を漏らす。「今日は厄日です……」
ぱせりんは髪を掻き上げる。
「あら、みっしー、本当はあいつに会いたいんじゃないぱせか? ライバルに」
「どこがライバルですか! 『怒りゲージ』が沸点まで到達しそうですよ?」
と、そこにバツ子。
「ぱせりんさん、それじゃ私は千鶴子を連れてきます」
「はいはいぱせぱせ、行ってらっしゃい」
バツ子は携帯を操作しながら巨体をたぷたぷ揺らしダッシュでその場を離れていった。千鶴子の場所は知ってるか携帯電話でわかるかするのだろう、と理科は思った。
「さて、我々もさっそく神社へ移動するぱせよ。収録現場の収束を眺めていたら巻き込まれるから、速攻でずらかるぱせ」
その言葉に露骨に嫌な顔をするみっしー。
「魔女も行くですか? さっき任せるって」
「まあいいじゃんぱせ。今日はヒマだから見学に来たのぱせから」
「……ホント、厄日です……」
そして一行は雀孫神社へと向かい始めたのであった。
ざわめき。観客たちはただの野次馬と化し、憶測がそこここで飛び交っている。
木戸商店街につくられたテレビ収録の現場。スタッフたちが慌てている。監督は怒声を飛ばす。しかし、皆は慌てているだけで、この場を打開しようという気配はなかった。
「あんたたち! 誰か日和を連れ戻してきなさいよ!!」
テントの中の『キッチンコロシアム』からバツ子は怒鳴る。が、スタッフでそれに反応する者はいない。みんな冷笑を浮かべている。スタッフの一人が言う。
「バツ子さん、落ち目の『ジャリタレ』がいなくなったところで、誰も動こうなんて思いませんよ。おれたちだってあのジャリタレに偉そうに指図されてばかりで、正直ムカつきが限界に達してたんですよね。あのジャリタレの親だって偉そうにしやがってさ。このまま業界から消えてくれればいいって、ここにいるみんなは思ってるんですよ。バツ子さんだって本当はムカついてたんでしょ?」
その言葉を聞いたバツ子は激怒したが、そのスタッフを殴るわけにもいかず、拳を握りしめたまま、顔を下に向けて沈黙していた。
『ジャリタレ』とは、子供のタレントを指す蔑称のコトである。
酷い言い分だ。そのジャリタレのおかげで飯を食っている人間が言う台詞なのか。バツ子は「相棒」である日和のコトを思う。
確かに、最近の日和は徐々に仕事が減ってきている。業界のパワーバランスが変わってきているのだ。なのでここのところバツ子は、いつも一緒にコンビを組んでいた日和とではなく『ピン』で仕事をするコトが多くなっている。『ピン』とは、一人という意味である。
日和の両親は、クセのある人間だ。特に父親の性格は酷い。女と見れば、見境なくちょっかいを出す。泣かされた業界人も多い。
母親の方は、事務所に金をせびる。こっちもこっちで酷い。こっちの方が酷いか。
日和も、ここ数年は落ち着いているが、昔はスタッフへの注文が多かった。嫌いなスタッフと仕事をするのを嫌って、収録をボイコットするコトも多々あった。
しかし、だ。それを十分承知して、みんなは日和を起用していたハズなのだ。それを今更……。いや、「今更」言い出すというコトが「落ち目」というコトとイコールなのかもしれないが。
バツ子は歯がみしながら、スタッフたちの予定調和ともとれるような慌てぶりを傍観するしかないのだった。
「お姉ちゃん、どうしよう……」
ちはるが理科の横でオロオロする。口にグーの手をあて、身体を左右に振る。その姿に見とれる理科は自分はダメな姉ね、と思う。
日和が走ってどこかにいなくなってしまって一分、いや三分くらい経っただろうか。理科の周りの人々もスタッフも、どうしていいかわからないようだ。現場では監督の怒声だけが響いていて、一方観客たちはひそひそと喋りあっている。喋っている内容は「どうしたんだ、日和ちゃん」とか「きっとなにかあったんだろう」とか、憶測の域を越えない。
ちはるが理科のコートの裾を握る。顔は真剣そうだ。本気で心配しているらしい。
理科もどうしていいかわからず思案していたが、その理科の思案は『キッチンコロシアム』のテントからの声で途切れた。
「おい! キミ! それ食うな!」
「にゃんででふか? もふもふ」
番組でいちごのスコーンをつくるハズだったその生地を生で食うみっしー。さっきスタッフと揉めていたが、侵入に成功してしまったのであった。
「おい! あいつを止めろ! ここから追い出せ!」
みっしーに飛びかかるスタッフ。みっしーはうさぎのような素早さで、さも追いかけっこをしているかのようににこやかにそこら中を跳ね回って逃げる。
「にしし。捕まりゅまひぇんよ~でふ」
口の中にはまだスコーンの生生地が入っているらしい。
「んぐ、旨かったです、このスコーン」
どうやら生地自体をスコーンだと勘違いしていたらしい。旨かったのか、生地……。飲み込んだみっしーを見ながら、理科は思った。
「鬼さんこちら~、です」
「待てこらー!」
「へへ~ん、捕まりませ~……、うげらぼあ!」
みっしーの頭に白いチョークがヒットし、みっしーはその場で転倒した。
その転倒を見逃さず、四人ほどの番組スタッフがみっしーに覆い被さる。みっしーはじたばたするが、さすがに動けなくなったようだ。
「離すです離すです! レディーの身体に覆い被さるなんてセクハラです! セクハラとはセクシャルハラスメントの略です!」
身動きの取れないみっしーの前に、チョークを投げた本人、ぱせりんが紫の髪を掻き上げ、仁王立ちをする。
「おーっほっほ。いいザマぱせ、死神!」
「こォんのクソ魔女ォ!」
「あら、そんな態度で良いぱせか? もっとへりくだる必要性があるんじゃないぱせか?」
「うぐぐぐ……!」
怒り心頭のうつぶせみっしーのこめかみにチョークをもう一本シュートし、追い打ちをかけるぱせりん。ぱせりんのチョーク投げの速度はプロのピッチャー顔負けの百六十キロのスピードである。こんなの喰らったらタダでは済まないのである。
「ほげらぶあっ!」
みっしーは完全に動かなくなった。泣きべそをかいている。本気で痛かったらしい。
「今に見てろです、クソ魔女」
「あんのバカ……」
それを見ていた理科はため息を吐いて、ちはると一緒に収録現場の中に入っていく。
誰も理科たちを止めようとしない。みっしーみたいな人間にはもう構っていられないというコトなのだろう。どっちにしても、理科には都合が良いのだった。
理科とちはるが駆けつけると、みっしーはぐってりとしていて、その上に番組スタッフが四人、みっしーに覆い被さっていた。みっしーはもう抵抗をやめていた。その傍らで、ぱせりんが仁王立ちしている。そのぱせりんの横にいたモンゴメリ立花が理科を指さして、ぱせりんに見るよう促す。
「ぱせりん、みっしーの保護者が来たアルよ」
「保護者ぱせか?」
ぱせりんが理科に向き直る。
「ああ、さっきの……、ぱせぱせ」
「このバカが迷惑かけてすみません。今、連れて帰りますから」
そこへ、野太い声がやってくる。
「なに? なんの騒ぎなの、全く」
その声はバツ子だった。百二十キロを超す巨体を揺らせながら、スタッフに言う。
「あんたたち、なにカエルの交尾みたく上に乗っかってるのよ?」
ぱせりんに気づき、
「あ、ぱせりんさん、こんにちわ。すみません、収録がぶち壊れて。せっかく観に来てくれたのに」
頭を下げる。
「いいぱせよ。最近日和ちゃんの様子もおかしかったし」
ちはるはバツ子を間近で見て、硬直する。
「お、お姉ちゃん、……ば、バツ子だよ! わ、私どうしたら……」
理科は「もう、ちはるったら」と苦笑する。
「やっぱりぱせりんさんもそう思いますか。私も、最近特に日和が落ち込んでる日が多くて、心配してたんですよ」
と、そこでバツ子は理科とちはるに気づく。
「ん? あんたたちはなに?」
ちはるは「え? え?」と完全にキョドる。挙動不審な手の動きをしながら、慌てふためく。
バツ子は理科とちはるを見る。否、そうではないのだ。バツ子は、理科とちはるのお尻を交互に見たのである。
「ん! そっちの大きい方……、なかなかね」
バツ子は理科の後ろ側に回り込み、尻を丁寧に眺める。
「うん、でも……大きすぎるわね」
「は? はぁ……」
理科はなにがなにやらよくわからない。そこにちはるが耳打ち。
「お姉ちゃん、バツ子は『尻フェチ』なのよ。おかまだけど、女の子のお尻は別なの。お尻でひとを判断するのよ」
「ん? お尻でひとを判断する?」
理科にはそれがよくわからない。なんなの、お尻でひとを判断って?
と、そうこうしてるうちにみっしーはスタッフから解放され、起き上がる。どうやら全くの部外者ではなく、ぱせりんの知り合いと思ってくれたらしい。
「ひどい目にあったです。レディーの扱いが奴ら、分かってないですよ?」
全員がみっしーの方を見る。バツ子もみっしーを見る。
バツ子は、戦慄した、……そのお尻に!
「こ、このケツはッッッッ!!」
バツ子は目を丸くする。口はわなわな震えている。
おいおい、このケツはねぇんじゃねぇの、とか呟きながら、さっき理科にそうしたように、みっしーの背後に回って尻を見る。凝視する。そして、みっしーのお尻のところに跪き、お尻に顔を接近させる。
「な、なんですか、あなたバツ子ですよね」
バツ子は問いに答えず、ただただみっしーのお尻をなめ回すように眺める。
それから、そのお尻にキスすべく顔をうずめようとした。
そこへ。
ばふっ! という効果音。
みっしーの放屁だった。
「ぐえっふふぐおっ!」
みっしーのおならを直撃されたバツ子は、両方の鼻の穴から鼻血を出し、その場で仰向けに転倒した。
鼻血を出しながら、もがき苦しみ、左右に巨体を振り振り、のたうち回る。
「うがっ、うがっ、うがっ!」
のたうち回りながら、鼻血をまき散らす。
「アホばっかりぱせ……」
「そうですね」
理科はぱせりんに同意した。
精悍な顔立ちで腕組みをするバツ子。その鼻には丸めたティッシュペーパーを入れている。バツ子は言う。
「私にそのお尻をくれればいいのよ、このあばずれ」
「やなこったです」
「セクシーダイナマイトな私に貞操をあげられるのよ? ステキじゃない」
「黙れケツ豚! セクシーダイナマイトなのではなく、そりゃただのデブだボゲェ! バツ子が変態だとは知らなかったです。ねえ? ちはる」
「私はバツ子が尻フェチだって知ってたよ」
「……そ、そうですか。まあいいです。言っときますがボクは黒猫チェルシーのボーカル、渡辺大知にしか抱かれないと心に決めているのです。大知にゃんが主演した『色即ぜねれいしょん』は観ましたか? ああ、もう、あの男前に抱かれたいです!」
理科は「よくわからんがあいつ、かなり本気ね。でもあいつが好きなのはちはるじゃなかったっけ?」とツッコんでおきたかったが、話がこじれるのでやめておいた。
モンゴメリが話を変えるようにちはるに尋ねる。モンゴメリはちはるのバイトしてるケバブ屋の店長であり、モンゴメリとしては、ここはいいとこ見せておきたいのである。
「ところでちはる、ここに現れたのはなぜアルか?」
ちはるははっと現状に気づく。そうだ、私は。
「店長! 私、日和を追いかけたいの!」
「女優になりたいアルか」
「そういうコトじゃないよ! もう店長ったら」
ふくれっ面をするちはる。モンゴメリはいたずら小僧のように笑う。というかチャイナの少林寺門下の小僧のように。
「わかってるアルよ、ちはる。日和の行き先を知りたいのアルね」
「そうなの!」
「だ、そうアルよ、ぱせりん」
ぱせりんはやれやれだぜ、とか言いながらちはるの真剣なまなざしを受ける。
「わかったぱせ。お嬢ちゃんたちに任せるぱせよ。日和の行き先くらい、わかってるぱせ」
ちはるの目が輝く。
「そうなの!?」
「私は伊達に魔女っ娘先生とは言われてないぱせ。日和がこういう時いつも行く場所は魔道具を使ってリサーチ済み。今だって魔道具で追尾してるぱせよ」
みっしーが口を挟む。
「そうですか、クソ魔女。いつもは魔法なんて使わないのに、こんなコトにばかり魔法を使うなんて、せこい魔女ですね」
「あら? そのおかげで日和の居場所がわかるんだから文句は言えないんじゃないぱせか」
「チッ! まあ、そうですが」
舌打ちするみっしーに向けて、ぱせりんはゆっくりと喋る。
「日和の行った先は、……クックックッ、雀孫神社ぱせよ」
みっしーが目を丸くして「うげぇ!」と声を漏らす。「今日は厄日です……」
ぱせりんは髪を掻き上げる。
「あら、みっしー、本当はあいつに会いたいんじゃないぱせか? ライバルに」
「どこがライバルですか! 『怒りゲージ』が沸点まで到達しそうですよ?」
と、そこにバツ子。
「ぱせりんさん、それじゃ私は千鶴子を連れてきます」
「はいはいぱせぱせ、行ってらっしゃい」
バツ子は携帯を操作しながら巨体をたぷたぷ揺らしダッシュでその場を離れていった。千鶴子の場所は知ってるか携帯電話でわかるかするのだろう、と理科は思った。
「さて、我々もさっそく神社へ移動するぱせよ。収録現場の収束を眺めていたら巻き込まれるから、速攻でずらかるぱせ」
その言葉に露骨に嫌な顔をするみっしー。
「魔女も行くですか? さっき任せるって」
「まあいいじゃんぱせ。今日はヒマだから見学に来たのぱせから」
「……ホント、厄日です……」
そして一行は雀孫神社へと向かい始めたのであった。