第7話

文字数 4,920文字

   ☆


「バツ子と~」「日和の~」『ゲロねこラジオ~!』「と、いうわけでバツ子よ~ん」「日和だよっ!」「今日のフリートークは前回に引き続き、NIRVANAで攻めたいと思ってるわよ」「カート好きだもんねっ、バツ子は」「カートの奥さんのコートニーも好きだわよ」「コートニーは『Hole』のヴォーカリストでもあるんだよねっ!」「そうよ。若い頃日本でストリッパーやってたという噂もあるわ」「それってホントかな~?」「あら、日和は小学生なのにストリッパーってわかるのかしら?」「わかるよっ! イマドキの小学生をナメないでよねっ」「ふ~ん、伊達にボーイズラブ好きなだけあるわね、おませさん」「ボーイズラブは関係ないっ!」「はいはい。コートニーは元々は『Smashing Pumpkins』のヴォーカル、ビリー・コーガンの恋人だったのをカートが奪ったのよね」「愛の駆け引きか~、憧れるな~」「憧れるようなもんじゃないと思うわよ」「なにそれ、経験者っぽく聞こえるけど?」「私にも恋のひとつやふたつ、あったわよ」「バツ子はおかまなのに?」「それは言わないで! 私の心は女です!」「はいはい」「カートが死んだ後、コートニーは自身のバンドHoleで『You Know You're Right』をずっと演奏してたのよね」「あの曲、ずっと未発表のままだったもんね、ベスト盤に入るまで」「そうね。NIRVANAの中でも今となっては人気の一、二を争うような曲だけどね。コートニーはHoleで歌ってた時、歌詞の『Pain』を『Hey』だと思って歌ってたという話も聞くわ」「へ~、そうなんだ」「あ、ところで。未発表曲で思い出したけど、NIRVANAの『BLEACH SESSIONS』と『CASH COW』は持ってるかしら」「もちろん持ってるよっ!」「私、某外資系レコード店で買ったんだけど、買う時店員に聞いてみたのよ、このCD出してる『Tupelo recording company』って一体なに? って」「あ、それ気になる~」「そしたらわからない、と即座に言われたわ」「あはは」「取り寄せてるのにわからないはないわよね」「そうだね。でも『SUB POP』の名前も入ってるから、サブポップのレーベルなんじゃないかな?」「私もそんなところだと思うわ」「バツ子~」「なに?」「サブポップTシャツ持ってる?」「持ってるわ、もちろん」「あのシャツの表の『LOSER』でサブポップはゲフィンに訴えられたじゃん」「そうね、ルーザーって言ったらゲフィンの『BECK』だもんね」「でもNIRVANAもメジャーはゲフィンじゃん。問題ないと思うんだけど」「うーん、でもサブポップとゲフィンは違うから。大人の事情でしょ」「それ言ったらさ、日本の『ユニコーン』だってBECKより先に『アイム・ア・ルーザー』って曲作ったじゃん。そういうのはどうなのかな」「別に盗作でもないし、偶然の一致よ」「そっかなぁ」「BECKで言えば、『RADIOHEAD』の『Creep』が、BECKの『LOSER』と対になってるとかいう話もあるし、それも偶然の偶然、でも『時代の空気』を共有してたのかもしれないわよ。それであんな風にアンサーソングだとかなんとか言われちゃうわけよ」「難しいねっ!」「あら、そんなコト喋ってるうちにスタッフから『巻き』が入ったわ」「じゃ、今日のフリートークはこれくらいで」「それじゃ聞いてくださいな、NIRVANAでレッドベリーのカヴァー曲『Where Did You Sleep Last Night』です、どうぞ」


   ☆


 まさか私がここに足を踏み入れるとはね。理科はそう思いながら、過多萩線の獣王駅から乗った電車で『過多萩学園』のある南の離れ小島まで行き、バラ屋敷前駅に降り立った。理科の横にはみっしー。牛乳はすでにバラ屋敷に待機して即売会の、自分のブースの用意をしている。理科とみっしーが駅に着いたのだって朝七時。牛乳は始発で来たハズ。ご苦労なコトである。それだけ、今日のイベントに賭けているというコトでもあるのだろう。
 理科は、ちはるには家でお留守番をしてもらうコトにした。だって、こんなエロに満ちた世界、ちはるに見せるわけにはいかないからである。理科が描いたイラスト集というのは全年齢対象だが、牛乳の描いた同人誌をはじめ、ここで売り買いされる本のほとんどは十八歳以下お断りの同人誌ばかりなのだ。いくら成人式を迎えた後とはいえ、こんな世界、ちはるになんか見せられない。みっしー? みっしーは、どうでもいい。理科はそういう判断を下したのであった。
「バラ屋敷、か……」
「浮かない顔ですね、理科」
「まあ、ね」
「因縁の場所、ですからね」
「みっしー、あんた、どこまで知ってるの」
「ん? なにがですか」
「いや、やっぱいいわ」
 理科は話を逸らして天気の話題などを振ってみた。今日は、晴れだ。
 みっしー、この子はどこまで私たちのコトを知っているのだろう。……死神少女、ね。この子は本当に、死神とかいう存在なのかもしれないな。少なくとも、普通の人間ではなさそうね。でも、みっしーはみっしー。それは変わらないんだから、今まで通り接していけば、良い。
 理科とみっしーは駅のホームを出て、バラ屋敷の搬入口まで歩いていった。

 バラ屋敷に入る。大きな敷地内全体をくまなく通るジェットコースターのレール。レールが上を通るその下に、メリーゴーランドやお化け屋敷の建物やゴーカートのコースなどが建てられている。
 その雑多な中、今日は即売会の貸し切りというコトで、そこら中に木製の机やパイプ椅子が並べられ、即売会会場ができあがっている。貸し切りとはいえ、同人誌即売会に来たお客さんは料金さえ払えばアトラクションに乗れるらしい。
 きょろきょろと辺りを見回しながら歩く理科とみっしー。同人誌の売り子たちがわんさかいる中、目的地の牛乳の居場所は、しかしすぐにわかった。なぜなら、牛乳は他の同人作家と思われる人たちに、演説をぶっていたからだ。
「だからぁ、ボーイズラブってのは、魂を揺さぶるものじゃなくちゃいけないのん! 軽い気持ちで書いちゃダメ! 禁断の愛を描くわけだから、主人公達は不遇で、ひたすらに虐げられる弱者じゃなくちゃいけないのん! 弱者として寄り添いあうからこその、ラブなのよ! 最近のねぇ、ほがらかムードなソフトやおいなんて描いちゃダメ、ゼッタイ!」
 遠くからでもわかる牛乳のなんか艶めかしい声。理科はゆっくりと牛乳に近づく。かなり近くまで来た時、みっしーがそばを歩いていないコトに気がつく。あれ、どこにいったんだろ、と思って辺りを見回していると、理科はみぞおちにパンチを喰らった。
 ボディーブローだ。
「げふっ!」
 乙女失格のうめき声を出してしまう理科。腹を押さえながら前傾姿勢で痛みが和らぐのを待つ理科の眼前に、たわわな胸が立ち現れる。そしてそのふたつの大きな乳房が、理科の顔を挟み込む。むにむに。
 むにむにむにむに……。
 ぱふぱふぱふぱふ……。
 理科は窒息しそうになる。
「いやん、理科ったらん。私の胸がそんなに好きなのん?」
 むにむにむにむに。
 ぱふぱふぱふぱふ。
 理科は胸を押しのける。
「だ~、もう! なにするの、牛乳! っていうかなぜボディーブロー? みぞおちにクリティカルヒットしたわよ!」
 いやん。牛乳は火照る顔を手で挟み、いやんいやんいやんいやんと言いながら首を左右に振る。
「みんなの前でもう、大胆なんだから」
 むむ、胸の位置までしゃがみ込ませるためにこの女、私にボディーブローかましたわね、全く!
「情緒のかけらもないわねっ! 同人作家なのに萌えのかけらもないわよ!」
 凛とした表情になる牛乳。
「萌えなんていらない。あるのはただほとばしる性欲だけよっ!」
「最初のボディーブローのフォロー全くなしかよっ!」
 理科はため息をついた。みっしーを完全に見失っちゃったじゃないの、と思う。
 しかし私の周りはみんなマイペースね。いや、それは私もなのか。いやいや、それよりも。
「みっしーを見失っちゃったじゃない」
「え? いるじゃないのん、ほら、あそこ」
 牛乳が指さすその方向を見ると、みっしーが「ソリマゲですっ! 本気で本物のソリマゲですっ!」と叫んで突っ走っている。走る先にいるのは、バラ屋敷のマスコットキャラ『ソリマゲ』の着ぐるみだった。

 ソリマゲとは、このバラ屋敷の経営が傾いた時、「この遊園地、マスコットキャラがいないのがダメなんじゃね?」という意見から、経営不振を払拭すべくつくられた、各種データを元に計算された無敵のマスコットキャラクターである。一時期、テレビのコマーシャルで毎日ソリマゲの姿が放送されたため、現物に出会ったらテレビ好きのみっしーが飛びつくように喜んだというわけである。その上みっしーはゲテ可愛いのが好きなので、ツボを押さえられてしまってもいたのだろう。これはもうダブルケーオーである。
 ソリマゲは、八頭身の青色ハリネズミである。頭にちょんまげが生えている。服装は赤色のつなぎで、手にキノコを持っている。正直、オリジナリティが微塵もない容姿だ。しかし、これがヒットした。さすが、計算し尽くされてできあがったマスコットキャラといえるだろう。
 ちなみに、どこぞやのメーカーの子供服の図柄のイラストキャラクターがソリマゲにそっくりだ、とソリマゲのキャラクターデザインをしたイラストレーターが激怒し訴訟を起こしたコトはとても有名である。オリジナリティを放棄したところにソリマゲの価値があるのに、そのキャラをパクったと裁判所に訴えるのはどういうコトかと、当時はかなり論争になった。
 が、それは何年も昔の話だし、ソリマゲを追いかけるみっしーには、そんなもん関係がなかった。有名だから追いかける。テレビっ子のみっしーには、そんな裁判なんぞは知ったコトではないのだ。

 閑話休題。

「見てちょんまげ、見てちょんまげ。おれを見てちょんまげ!!」
「うぜぇ……」
 うぜぇ、という己の発した言葉に打ち震えるみっしー。そう、これは感動なのだ。
 みっしーの言葉には反応せず、ひたすらにキョドりながらソリマゲは叫び続ける。
「見てちょんまげ、見てちょんまげ、おれを見てちょんまげ!!」
 そう、ソリマゲの決めぜりふは「おれを見てちょんまげ」というものなのである。この台詞を、左右に首を振りながら喋りまくるのが、ソリマゲの基本パターンであり、この言葉を喋りながら左右に首を振り振り、ソリマゲは園内を歩き回るのだ。
「うぜぇ。うっぜぇです! ウザ可愛いですよ?」
 みっしーの言葉には、反応しないで、しかしキョドるソリマゲ。
「見てちょんまげ、見てちょんま……、げふっ!!」
 みっしーは思わず飛び膝蹴りをソリマゲに食らわせた。回転しながら吹っ飛び、地面のアスファルトに叩き付けられるソリマゲ。
「ちったぁボクの言葉に反応するです! 無視してんじゃないわ、ボゲェ!!」
 地面にうつぶせに倒れているところに更に蹴りを一撃。
 ソリマゲは完全に沈黙した。
「なにやってんの、あんたは~!」
 走って来た理科はみっしーの頭をド突く。みっしーは涙目だ。
「だって、だって理科ぁ。この、このちょんまげ野郎、ボクの言葉に無反応なんですもん、……ひっく」
 理科は大きくため息をついて言った。
「さ、遊んでないでこっち来なさい」
「わかったです、理科。……ひっく」
 みっしーは泣きそうな目をこすり、理科について自分たちの同人スペースの場所へ移動する。
 それを見ていた牛乳は一般市民として呟いた。
「え? それでお叱りはおしまいなのん?」
 しかし、極悪人の理科とみっしーには聞こえなかった。聞こえないフリかもしれなかったのであるが、こいつらはいつもそんな感じなのである。いつものコトであった。
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登場人物紹介

田山理科:ちはるの姉。絵描き。戦う武器はペインティングナイフ。

田山ちはる:田山理科の妹。優しいけど怒ると怖い一面も。自分の姉の理科のことが好き。

みっしー:死神少女。田山姉妹の住んでる部屋で居候をしている。武器は縁切りの大鎌〈ハネムーン・スライサー〉。ハネムーン中に離婚させるほどの威力を持つ。大鎌は刃物なので、普通に危ない武器。

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