第44話

文字数 2,075文字

   ☆


 焦げ付く夏の匂い。少女時代の理科は小学校の校庭の隅、大きな木の下で一人、泣いている。
「くさい~、くさい~、死神理科は死体臭い~」
 そうだった、みっしーが来てからみっしーが死神少女と名乗っていたから忘れてたけど、私も死神と呼ばれていたんだっけ。
 泣いてる小学生の理科を、今の理科が空中からの視点から見ている。幽体離脱ってやつ? よくわかんないけど。
 母の自殺。妹・美菜子の交通事故死。立て続けに起こったそれらによって、私は死神理科と呼ばれるコトになった。それはいいとして、「死体って臭いんだぜ」とかなんとかいう理由から、私はみんなから臭いと言われ、いじめられるようになった。友だちはみんな逃げていき、私をいじめる側にまわった。
 あの頃の私、ああ、バカだよなぁ。
 理科がバカだと思う、その風景に場面が切り替わる。
 そこは家の風呂場。理科は何度も何度も身体を洗う。身体が痛くなっても洗い続ける。痛む身体は内出血を起こす。しかし、理科は身体を洗うのを止めなかった。
 私ってそんなに臭いのかしら、と思いながら。こんな臭い身体は嫌、と思いながら。
 また、プールの日が最悪だった。私がプールに入ったら、みんなが先生に「僕たち、臭くてはいれませ~ん」とか言いだし授業をボイコット。困った教師は私のいじめには一切気づかず、いや、気づいていただろうがしかし、私の件は無視。泣きながら、それからの私は水泳のある日はずっと学校を休むコトになる。
 あー、だからさ、もうちょっとみんなを攻撃して仕返しするとかさ、なんかできなかったのかしら。いや、できないからいじめられるんだろ。私が攻撃的になるのは中学校に入ってから。中学生からの私は、成績学年トップをキープしながら、馬岱の教育を受けながら、私に危害を加えてくる人間を倒しだした。もちろんそれから私は孤立した。
 ……と、なんなのかしら、これ。こんな陳腐な回想シーン。これが、精神攻撃?
 笑わせんなよっ!
 理科はペインティングナイフを一閃。空間を引き裂いた。
 すると、風景が元の場所に戻る。
 そう、ここは過多萩学園高等部校舎屋上。
 屋上に設置された祭壇のような匣に、理科は対面(といめん)している。
 祭壇の側面に直に、チョークで絵を描いていたのだ。朱雀の絵。鳥である。鳥の絵を描いている。といっても理科には朱雀の絵を観たコトすらないので、予測によって描いている。
「できた!」
 しかし、無反応。
「…………、アレ?」
 なにも起こらない。これはちょっと不味い状態なのではないか、と思い始めた。
 すると、祭壇の四方にある石でできた墓石の小型版みたいな像のうち、みっつが発光し、そしてはじけ飛んだ。どうやら、他三方に行ったみんなは無事ミッションをクリアしたらしい。
「ちょ、ちょっとタンマ! 待って、これ、私に無言のプレッシャーなんだけど」
 理科は取り乱す。精神攻撃といった場合、この自分の状況の方が精神的にキツい。「参ったな、こりゃ。よし、もう一度!」
 描く。
 描く。
 無反応。
「もういっちょ!」
 描く。
 描く。
 無反応。
「待って、もう一度!」
 描く。
 描く。
 無反応。
「…………ダメだ、私」
 落胆したのと同時に、今度は近くで大きな爆発音。
 理科はその場を離れ、屋上のフェンスの、爆発音のした方のところまで見に行く。
「ああ、そうだった。私、しっかりしなきゃ、……だわね」
 そこに見えるのは阿鼻叫喚の灼熱地獄。筆王の蒔いた炎の種が発芽し、辺り一面は文字通り火の海だった。
 爆発は、学園のお隣、ショッピングモール過多萩からだった。ガスとかに引火したのだろう。
 参ったね、こりゃ。笑うしかないわ。
 そして理科はケラケラ笑う。
 笑っていると、急に肺が痛くなり喉が震え、喀血する。
 クソな私の肺と気管支!
 なんでこんな時に!
 地面に流れ落ちた血を見ると、怒りしかこみ上げない。
 視界がぼやける。目眩。
 あー、畜生!
 クソクソクソッ!
 頭を掻きむしる。ぐちゃぐちゃに髪の毛がかき乱される。
 頬を手ではたく。
 痛い。
「こうなったら」
 理科はチョークを投げ捨てる。
 そしてメッセンジャーバッグから小型のアクリル絵の具の箱と筆とパレットを取り出す。
 バッグを投げ捨て、パレットに絵の具を付ける。
 もう一回頬をはたき、気合いを入れてから筆に絵の具をつける。
「抽象表現主義でカタをつけるわ」
 誰にでもなく、自分にそう言い聞かせ、理科の賭が始まる。
 そう、理科はアクションペインティングで朱雀を表現するコトにしたのだ。

 アンフォルメルとは表現過程を大事にする。アクションペインティングも然り。それが抽象表現主義の方法論だ。
 つまりこの場合、『朱雀』の図柄という『結果』ではなく、『朱雀を描いている』という『過程』によって、朱雀の姿を浮き彫りにしようとしたのだ。理科の賭けとは、その方法論が通じるか否かにかかっていた。

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登場人物紹介

田山理科:ちはるの姉。絵描き。戦う武器はペインティングナイフ。

田山ちはる:田山理科の妹。優しいけど怒ると怖い一面も。自分の姉の理科のことが好き。

みっしー:死神少女。田山姉妹の住んでる部屋で居候をしている。武器は縁切りの大鎌〈ハネムーン・スライサー〉。ハネムーン中に離婚させるほどの威力を持つ。大鎌は刃物なので、普通に危ない武器。

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