第19話

文字数 3,386文字

   ☆


「千鶴子さん、私を、田山理科をファームの一員にして下さい!!」
 理科は叫ぶ。
 力一杯、叫ぶ。
 それを受けた千鶴子は口の中に含んでいたロリポップキャンディを口から取り出す。
「嫌よ」
「へ?」
「だから、私は嫌だ、と言ってるの。あなた、飴玉のごとく甘いわね」
 キャンディの棒を理科に向けながら、即答。
 ちはるが理科のコートの袖を引っ張る。
「お姉ちゃん、止めてよ、その女のところに行くなんて。理科お姉ちゃんなら他にもっと良いところあるよ」
 その言にムッとする千鶴子。今度はキャンディの棒でちはるを指さす。
「そこのチビメガネ! ファームより良いところがあるなんて、寝言は寝てからほざきなさい!」
「わ、私、チビメガネなんかじゃないもん!」
 ちはるは必死に抗議。そしてそれをスルーする千鶴子。
「田山理科。ファームは実力派集団よ。知ってるでしょ、あの日、あの公園で、私たちの『ピース』を見て、私から名刺をもらったあなたならね」
 理科は目を丸くする。
「あの時のコト、覚えてるの?」
「覚えてるわ、あなたのコト」
 千鶴子はいたずらっぽく笑ってから、
「さっきのは嘘よ。まひるからあなたのイラスト集、見せてもらったけど、なかなかいい筋をしてるわ。それに、もうあなたは関係者なのよ。うちのメンバー、牛乳こと柳生シジミとタッグを組んで同人誌即売会で本を売ったんだから」
 牛乳も笑顔。その笑顔を理科に向ける。
「そういうコトよん、理科」
 理科はこの展開がよくわからない。
「え? じゃあどういうコトになるの?」
「ファームに入ってもいいってコトよ、田山理科」
「ほ、ホントに!」
「全く、あなたの頭は飴玉のごとく甘いわね。私がいいって言ったらいいのよ。ファームの代表である私が『良い』って言ってるんだから。ファームに入りなさい。私の方からもお願いするわ」
 そこで口調を変える千鶴子。抑え気味の口調だ。
「でも、しばらくは特訓してもらうわよ。あなた、『金太フェス』にもエントリーするんでしょ? だったら、特訓はファーム以外でも必要よ。まあ、あなたのバイト探しは勝手に平行して行って頂戴」
 理科は苦笑する。
「はは……。それもなんとかしますわ、ハイ」
 と、それを聞いてたちはるは一人、ぶーぶー文句をたれる。
 だがもう一人、千鶴子のコトが嫌いなハズのみっしーはその話を聞いてはいなかった。みっしーがさっきから見つめているもの、それは、はじめて直接対峙したコトになる、日和とエンジェル・ジャクソンの二人の出会いであった。


   ☆


 ぱせりんが背中を押すので日和の目の前に来てしまったジャクソンは、
「よ、YO!」
 とヒップホップ調に挨拶をするが、日和の心はここにあらず、という感じだった。日和はまだ、没入した世界での会話を反芻している。自分の眼前で怪しげな挨拶をするラッパーの正体が『エンジェル様』だとは気づかずに。
「お嬢ちゃん、今日はヨ、天気も曇ってるし、寒いヨナ」
「…………」
 日和は無言。ジャクソンは泣き出しそうになる。やっぱおれ、ダメだヨ! と身体も震え出す始末。
 それを見てるぱせりんはうひゃひゃひゃや、と笑っているが、声は例によって抑え気味。「こいつ、やっぱ魔女だヨ」とジャクソンは思う。
「アホ天使。天気の話題を振った後に沈黙すんなぱせ。畳みかけるように会話に持ち込むぱせ。そのための当たり障りないとっかかりぱせよ」
 耳打ちするぱせりんは楽しそうだ。聞いたジャクソンはたじろぎ、でもこうやって直接会話できるなんて夢のようだ、とアンヴィバレンツ。
 仕方ないぱせね、とか言いながらぱせりんも日和にトークを試みる。仕方ないって、お前が連れてきたんだろが! とジャクソンは思ったがもちろん口には出さない。
「はろー、日和、エンジェル様は好きぱせか?」
「あ、ぱせりんさん……」
 日和はそこではじめてぱせりんの存在に気づく。そういやこの魔女、ファームと繋がりがあったんだヨナ、とジャクソンは今まで失念していたコトに気づき、後悔する。早くこいつに頼めばよかったヨ、と。
「ぱせりんさん、エンジェル様のコト、知ってるの?」
「私は魔女っ娘先生と学園で呼ばれてるような存在ぱせ。知らないわきゃないぱせ」
「そう、なんだ……」
 日和の涙腺が緩む。あ、言わなきゃよかったぱせか? と思ったが時既に遅し。日和の両目からは、大粒の涙があふれ出す。あー、しまったぱせ、私が泣かしてどうする。泣くべきなのはこの黒人ラッパー天使ぱせよ。こいつが泣けば私の嗜虐心が満たされるのぱせが……。
「なにやってんですか、あのバカたちは。このバカ! バカルディ! さま~ずがっ!!」
 みっしーは怒りを露わにするが、会話に加わろうとはしない。ぶつぶつ文句を言うに留める。
 みっしーが三人の様子を見ていると、頬に冷たいモノがあたる。うひっ、とみっしーは飛び上がり、それから空を見上げると、ぱらぱらと粉雪が舞い降りてきている。最初はインターバルが長く、ゆっくりとした雪の舞だったが、見上げているうちに、雪は徐々にその降雪量が増えていく。みっしーは、雪見だいふくが食いたいと思った。
「あ、雪」
 日和が力なく、言う。ラジオの時とは別人のような、か弱い声。その声を、ジャクソンは愛おしいと思う。守りたいと思う。
「おれは雪が好きダヨ。雪は好きか、日和ちゃん」
 その台詞は自然に出た。自分がライバルだと思うみっしーも好きだが、でも守りたいと思えるのは、日和だけ。ああ、この子の夢は叶うべきダと、おれは思うヨ……。
 日和は口を開く。
「私も、雪は大好きっ。だって……、エンジェル様の身に纏ってる光のように白いんだもん」
 照れながらそう口にする日和に、ジャクソンは謝りたくなる。Oh、日和の好きなエンジェル様は、本当はミーなんダヨ、と。しかし、その一言が口に出るコトはなかった。飲み込むべき言葉なのだ、とジャクソンは思う。幻想は、幻想のままであるのが、美しいのだ、と自分に言い聞かせて。いや、その言葉で自分を騙して。
 ジャクソンはしばらく雪の振る神社を眺めて、それから、ジャケットのポケットをまさぐった。あった。これだヨ。
「日和ちゃん」
「なに、ラッパーのおじちゃん」
「これ、お前にやるヨ。……じゃなかった、あ、あれだ、アレ。その、……これは。これはエンジェル様が、日和と会ったら渡そうと思ってたもんでネ。えっと、だからおれが預かってて、……とにかく、これはエンジェル様からのプレゼント! お守りみたいなもんだYO!!」
 だっふんだ! と志村けん風に叫んでからジャクソンは日和に銀色に光る物を押しつける。それはクロムハーツ製の、シルバーで出来たブレスレットだった。
「これ、……良いの? 私が貰っても」
「日和ちゃんにあげるために、エンジェル様が買ったもんなんだヨ。だから、貰っておきなサイヨ」
 親指を突き立てたポーズで「大丈夫」のジェスチャーをするジャクソン。それを見て笑顔が戻る日和。雪は段々と降り積もってくる。

「あー、なんですか、その、丸く収まったってのもなんか気分悪いです。胸くそ悪いです……」
 みっしーはジャクソンと日和の会話をちょっと遠目の場所で見て、そんな風に思った。
 思いながら、なんだかお尻がむずむずしてきた。「これはおトイレに行けと身体が心に命じているのですかね」と呟くと、お尻にひゅ~っと生暖かい風が吹く。うひっ! とその違和感にみっしーが後ろを振り向き、自分のお尻を見ると、そこには日和の相棒、バツ子がへばりついていた。むずむずの原因はこいつですか!
「あばずれ、あんたのお尻、やっぱ最高ね!」
 迷わずそのままの体勢で回し蹴りをバツ子にかますみっしー。
「ケツ豚がああああああ!!」
 回し蹴りが顔面に食い込み、また鼻血を出しながらくるくる回転して飛翔、地面に叩き付けられるバツ子。その鼻血は放物線を描き、飛び散る。
 みっしーは一瞥、バツ子を無視して、理科たちの方へと小走りで向かうのだった。

雀孫神社に降り積もる雪。過多萩市全域に降り積もる雪。

 一月下旬。この粉雪は今年の初雪だったのであった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

田山理科:ちはるの姉。絵描き。戦う武器はペインティングナイフ。

田山ちはる:田山理科の妹。優しいけど怒ると怖い一面も。自分の姉の理科のことが好き。

みっしー:死神少女。田山姉妹の住んでる部屋で居候をしている。武器は縁切りの大鎌〈ハネムーン・スライサー〉。ハネムーン中に離婚させるほどの威力を持つ。大鎌は刃物なので、普通に危ない武器。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み