第4-6話 膨れ上がる憎悪が森を覆うとき

文字数 1,019文字

エルは手の震えを抑えることができなかった。未だ残る"人に刃を刺し込む"感覚は、鳥を捌くときとは違って思えて、生々しく、拭い去ることもできずに、エルの手先に残留し続けた。

行き場を失った感情の堰を切ったのは、長兄ガガだった。
ガガは闇の中で叫んだ!

「許さんぞ、貴様ア!」

宵の間の休みをつん裂かれ、鳥や獣たちが慌しく逃げる音が夜の森を騒ぎ立てた。夜目のきかない鳥たちの一部は、そのまま木に激突し、死に絶えた。命が消えていく。

いや、命を消していく
僕の行いが--。

エルはハッとしてその場から逃げ出した。生唾を飲み下して、冷や汗を滴らせる。『黒点』を握った手はその力を緩めることもできずに固まってしまっていて、右手がまるで自分のものではないかのように感じられた。

そんな中、エルの右舷前方に位置していた次兄ダダが勢い良くエルに駆け出す。エルは思わず必死に叫んだ。

「死にたいのか、あんたたちは!」

言った後で、それを発した自分に驚いたエルが動揺する。

不快そうに「ジジを()った!ジジを殺ったな!」と叫び返したダダは、エルとの距離を急速に詰めながら、麻痺毒を塗った吹き矢を飛ばした。エルがそれを風を起こして進路を変えると、ダダは驚いた。これまでの自分の常識では、普通は剣で弾き飛ばすはずだった。弾いた剣先が一手分の遅れを生み、その隙に懐に入る。それが彼のセオリーであり、必勝法。常識と現実のギャップを埋められないまま、いつも通り両手に短剣を抜き構えたダダは、『黒点』を何故か隠すように持つエルに斬りかかった。

視力が戻りつつあったエルは、ダダが灯している明かりを頼りにしながら、『黒点』を斬るためには使わず、防御専従のままで斬り結んだ。攻められることがないならば、攻勢側は常に先手の有利に立てるため、エルは遂にその服を切られた。裂けた服に触れた皮膚がピリッと痛む。「これにも毒が」と気付いたエルが歯軋りをする。この間十秒。

後方での気配が何かを構えたのを感じたエルは急いで飛び退くと、エルの居たところに魔導石が飛んできて、辺りに暴風を巻き起こし、ダダとエルはそれぞれの後方へと強く弾き飛ばされた。

ダダが岩に打ち付けられ血を吐くのを視界の端に捕らえながら、木に打ち付けられたエルの元に、次いで魔導石が飛んでくる。避けきれない。死を覚悟したエルは目を瞑り、無意識に『黒点』を盾代わりに自分の前に構えた。


魔導石が発した爆炎が、辺り一面を包み込む火球を作り上げ、森を焼いた。
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