第4-2話 ナナイとの別離

文字数 1,457文字

ナナイは、眼下に展開している、人など住まぬであろうフンザナハ山麓の樹海で、四方に点在する人の気配を感知した。その中でも悪意の強い導力を持つ三人と一人の気配がこちらに勘づき、追ってきていると分かった。ダミーの雲をばら撒いてみても、騙されることなく、こちらに向かってくる。ナナイは顔面を青くして生唾を飲んだ。

「エル、エル?起きて!」

何度も何度も呼びかけて、エルはようやく目を覚ました。痛みを残した頭ではあるものの、一時でも睡眠したことと、今もナナイが片手でエルに触れて、エルの導力の流れを整流していることで、魂が本来の調子に戻りつつあり、--意識の混濁は弱くなっていた。

「ナナイ、ごめん。今、どうなっているんだ?」
「今、グライダーでリュゼから逃げて-」
「ジェロ!ジェロを助けないと!」

逃げているという話をしようとしたナナイの言葉を受けて、エルはさっきまでのことを思い出して、慌てて叫んだ。

「無理だよ。今のエルじゃ、行っても殺されるだけ。それに、『黒点』の柄があの怖い人に渡ってしまう」
「じゃあ、どうするんだ!?」

宛先のない焦燥に苛まれ、エルは思わずナナイに怒鳴った。その後ですぐに「ごめん」と謝ると、ナナイは静かに話し出した。

「時間がないから手短に言うね。今私たちは敵四人に追われている。私がなんとかするから、エルはジェロの親友『ヴァン・サメル』のところに行って」
「ヴァン・サメルって、あの撃竜八傑伝の!?生きてるわけないじゃないか」
「あの人、人間じゃないんだって。だから、必ず生きているって。ジェロが。」
「そんな…。いや、いいや。それで、どこにいるんだ?」
「わからない」
「生きているかも、居場所もわからない人のところに行くのか」
「うん。ジェロが『奴ならきっと出会える』って。そう言ったから」
「ナナイ…」

そんなことより、ジェロのいるリュゼへ帰る方が確実じゃないか。たとえ死ぬことになろうとも。そう言おうとしたとき、ナナイの頬を一筋の涙が零れ落ちたのをエルは見逃さなかった。ナナイも当然不安なんだ。だけれど、今はジェロのそれを信じるしかない。エルは焦りのあまり、ナナイに強く当たった自分を恥じて、また「ごめん」と謝った。

だけれど、いくらジェロの言伝だろうと、ナナイを犠牲にして自分が生きるという選択肢は自分にはない。覚悟を決めたエルが、両手でナナイの肩を掴み、その目を射抜いた。

「ナナイ、よく聞いて」

ナナイは唇を噛み締めて、コクリと頷いた。

「追手は僕が食い止める。だから、ナナイはこのまま気配を隠して、このグライダーに乗り続けるんだ」
「そんなの、出来ない!」
「ナナイ、奴らの狙いは、この柄と僕だ。兄さんは僕を殺したいんだ。昔殺し損ねたから。だから、敵は僕のところに来る」

エルは嘘を吐いた。追手の目的など分かっていない。

「僕は『黒点』を守りながら、時間を稼ぐ。そして、君の気配が感じ取れなくなったら、すぐに逃げるよ。だから、ナナイはその間にグライダーで、なるべく遠くに、そしてファハマを探しに行って。彼ならヴァン・サメルのこと何か知っているかもしれない」
「エル…」
「ナナイ、待ち合わせ場所は、スタータ王国の領下に『ハナモンド』という小さな街だ。ここからは結構遠いけど、ファハマのいるスタータ王国首都『ギルボルグ』とここの中間くらいにある。このまま西に行って、まずは『ギルボルグ』を目指してファハマと合流して。必ず、後で僕も行くから」

ナナイは(しょう)とも否とも決めきれずに黙った。エルはニコリと微笑むと、グライダーから飛び降りた。

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