第1-2話 祭日が近づくある日

文字数 2,148文字

「えー、であるからして、劣勢を覆すために、世界を作ったとされる『八竜』の力を求めたガナルテ王朝が、竜の四肢をもぎ取り、武器にすることを考えたわけだ。結果、竜の逆鱗に触れ、人と竜の争いに繋がった。
それは苛烈を極めて、世界の九割の人は死んだとされている」

歴史の授業を取り仕切るゴードンは、頬を赤らめて興奮しながら講釈を垂れていた。リュゼにおいては、この八竜と人の話は、小さい頃から何度となく(そらん)じれるほどに繰り返し聞かされた話で、学舎のほとんどの学生は白けた状態で、馬耳東風とでもいうべき有様だった。

その中で、エルも白けているものの、少し顔持ちが違っていた。それに気付いた隣に腰掛ける少女ナナイは、エルに小声で話しかけた。

「どうかした?」
「あっ、いや」
「なんか考えていたでしょ」
「ああ、まあね。なんか少し違うな、って思ってたんだ」
「違う?この話なんて、耳にタコが出来るくらい聞いたけど、誰が話しても同じような話じゃない」
「うーん、上手く言えないんだけどさ。なんかオレの知っている話と少し違うんだ」
「この村に来る前の、ってこと?」
「うん、多分。記憶がないから、はっきり言えないし、思い出せないんだけど、少し違和感があるんだ」
「ふーん、記憶が戻ったりしそうなの?」
「いや、そんなことはないよ。いつもと変わらない」
「そっか」

ゴードンは、手に開き持った本を閉じて、授業の締めに入った。

「というわけで、八竜と戦った英雄の子孫である君たちにとっても関係深い、竜を封印した"宴"の日が近づいてきた。今日からはその準備期間となる。それぞれの家の役割を全うするよう、くれぐれも羽目を外し過ぎないように」

その一言で学舎に熱が戻り、学生たちがざわざわと話し始める。ゴードンはそんな学生を横目に唇を不敵に歪め、「ああ、そういえば、君たちに関係ないだろうが、"宴"の日に、離れ森で流星を見た(つがい)は、結ばれるという話があるらしい。君たちには関係ないだろうが」と、一言残して、満足そうに去っていった。

少し紅潮したナナイが、他の生徒に聴かれぬようにエルに耳打ちする。
「ねえ?"宴"の日、一緒に過ごせる?」

エルは思わず顔を赤らめてながら瞬間的にナナイの顔を正面に捉えた。ナナイは恥ずかしそうにしながらも、その顔は冗談を言っている訳ではなさそうだった。

ナナイは、エルとジェロの家の一番近くに住んでおり、幼馴染としてずっと家族のように育ってきた。ナナイの家は、導師長(どうしちょう)と呼ばれる村イチの導術に長けた家系で、今はナナイの祖母が導師長として役割を果たしている。その家に生まれたナナイは、導術に当然長けているうえ、責任感が強く勉学に励むことから、学舎でいつも二番手になるくらい成績が優秀だった。エルは、そんな優等生のナナイにどこか引け目を感じながらも、好意を寄せていた。

エルが生唾を飲んで、答えようとしたとき、違う方向から野太い声が割って入ってきた。

「ナナイ!オレと"宴"の日一緒に森に行かないか!?」

面長な顔の側頭を刈り上げ、頭頂部に黒々とした硬い黒髪を生やしているせいで、どこかキノコを想起させる髪型をしたマルオーイが、挨拶がてら片手を挙げながら、ずかずかと歩み寄ってくる。ナナイは恋路を邪魔されたことから、眉間に皺を寄せて、「お断りです」と嫌味ったらしく答えた。

ナナイが導師長の家系であるのに対して、マルオーイは兵長(つわものちょう)と呼ばれる家系にあり、歴々導師長と兵長の間には特別な婚姻関係があった。導師長一家は女性が務めることから長女の夫を貰い、兵長一家は男性が務めることから長男の妻を貰う決まりだった。

ナナイとマルオーイも当然にその決まりに当てはめられ、許嫁という関係になっているが、ナナイに好意を寄せるマルオーイと違い、ナナイは承服していなかった。ナナイはいずれはっきりと両家に、マルオーイではない者と結婚すると宣言すると心中に決めている。現にナナイの少し上の世代にもそういう人がおり、それがナナイにとって希望となっていた。

許嫁関係が絶対遵守の掟となっていない理由は、この村だからこその理由で、一つは食糧に恵まれていないこの村では、子供をたくさん産み育て、必ず番を作ることは困難であるという資源的側面、もう一つは人流がなく閉鎖されたこの村では、"しこり"を残すことが村内の組織運営に影響を及ぼすという社会的側面、そして村長であるジェロが個人への強制を好きではないというのが掟に緩さをもたらしていた。

「ナナイ!オレたち、"いいなずけ"なんだぞ!いずれ結婚するんだ。行こうぜ!」
「そういうところが嫌なの」

ナナイは呆れた顔でわざとらしくため息を吐いた。しかし、マルオーイはナナイの仕草からその心中を察することなく、駄々をこねるように粘る。

「どうして!?行こうぜ!父さんも母さんも休んでいいって言ってたんだ。なあ?」

「はあ」とまたため息を吐いたナナイは、エルの肘に手を回して自分の方に抱き寄せた。「私、エルと行くから」と呆れと恥じらいが入り混じった顔でナナイが告げると、教室がしんと鎮まり返り、マルオーイの顔が下から上へと地平の夕陽の如く染まっていく。教室がまた、色恋沙汰に騒ぎ始めるより早く、マルオーイがエルを睨みつけ、「エル、表へ出ろ!勝負だ!」と叫んだ。
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