第3-7話 悲しみに満ちる夜

文字数 890文字

『黒刻竜』は正確には目覚めたわけではない。寝返りなどと同じく、無意識下で行動したに過ぎなかった。一千年の休眠によるエネルギーの不足を補おうとした本能での行動。しかし、それは寝返りにしては大きな被害を生み出した。

城下町『グリーンモール』は、その周囲を含めて大きな隕石でも落下したかのように地面が溶けて落ち窪み、その大腔に魂だけが夜闇の中でチカチカと蛍の光のように煌めいた。竜術を習得していない人々は、魔導力と同義である"魂"の扱い方も分からないため、ジェロのように原形を保持することが出来ず、形が不規則に流動し続けて、徐々に霧散していく。それを遠目に見れば、夜の闇の中で蛍が発光し、群生しているように見えた。

爆心地とでもいうべき惨状の渦中へと急降下した黒刻竜は、表皮に付着した--リュゼの人々が築き上げてきた--堆積物を散らしながら、地面に舞い降りて、グリーンモールの人々の魂を地面ごと貪り食い漁った。黒刻竜から剥離したリュゼの人々の多くは、無惨に地面に叩きつけられ、死に絶えていく。


人が、人の命が消えていく--。
エルははっきりとしない意識の中で、空間から徐々に減りゆく人の気配を感じて涙をこぼした。その魂の消えゆく様は、分厚い雨雲が星空を覆い隠していくかのように思えた。

エルはナナイが咄嗟に作った氷のドームにより剥離から免れていた。上に覆いかぶさっていたナナイは、恐ろしげに周りの様子を窺おうと、氷のドームの一部に穴を開けると、黒刻竜は今度は飛び上がり、ナナイとエルは急激な加速度に身体を晒され、転げた。

上空まで飛翔すると、竜の気配が薄れていき、また休眠状態に戻ったことが感じ取れた。ナナイは氷のドームを解いて、エルに告げる。

「今のうちに逃げよう」
「ダメだ。これだけの人が消えていったんだ。逃げるなんて出来ない」
「エル!」
「ダメだ!」

悲鳴にも似た怒声を発したナナイに、子供のようにエルは駄々をこねた。最早何も考えられぬままに、ただただ逃げたくないと言うだけだった。ナナイは悲しみの色を浮かべて、エルを抱きしめた。

「エル、ごめん」

ナナイがそういうと、エルの意識はふわりと落ちた--。
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