第2-7話 迫る期日

文字数 2,087文字

その日は土砂降りの雨だった。
雨粒が城壁や地面を叩き、窓から見える厚い黒雲が地上を夜の様に暗くしている。

普段は外で勤務している兵士たちも、この雨では通常の仕事が出来ず、城内の待機所にたむろしていた。
どの兵士もどこか暗澹たる表情を浮かべ、つまらなそうに札並べなどの賭け遊戯をしている。
増水による堤防の決壊や橋梁の破損などの重大事故に備えて、雨があがるまでは待機してなくてはならない。

「コルダ、まだ戻らねぇのか。遅えな。」
「見回りついでに、うんこでもしてんじゃねぇか。」
「いや、最近事務屋のラムジーちゃんとよろしくやってっから、もしかするんじゃねぇか。」
「だとしたら、許せねぇな!」
「おっ、上がり!」
「えーっ!」

その待機所からより何百歩か奥に進んだところに鉄柵のような扉がある。その扉は、何年も使われていないようで、錆びてボロボロになり、柵の何本かは折れて無くっていた。

扉の奥には地下へと続く階段が延びている。昔、地下牢として使われていたが、平和になり不要になったため、今では掃除係くらいしか出入りしない。明かりを点ける必要もないため、階段を数歩降りれば何も見えなくなるほど暗い。

今日はその地下牢から何やら人の声がするようだった。
階段を何十段か降りて地下牢へ行くと、奥にほのかな橙色の灯りが見えた。ロウソクほどのその発光は、手元しか照らしておらず顔までは見えないが、どうやら人は二人いるようだ。

地上の雨が滲みて、天井から少し垂れているため、時々水の跳ねる音がする。
人声はその音よりも小さく、内緒話をしているようだ。

「あの方から伝令があった。」
「なんと?」
「決行は撃竜祭当日。夕食前だ。」
「はっ。」
「生け捕りせよと通知が出るが、通知された罪人を見つけたら殺せ。それを見ていた者がいた場合は罪人がやったことにして、ついでに殺しておけ。」
「はっ。」
「殺したものには手柄がある。抜かるなよ。」

そうして、二人は別々のタイミングで階段を登っていった。



--

ゴーマンは、王妃の親衛隊に連れられて、王妃の部屋に呼び出されていた。部屋の戸は、女性の中でも屈強な女性親衛隊が並び立って閉鎖しており、完全なる敵意をこちらに向けている。男の親衛隊であれば、自惚れから隙をつくこともできるかと踏んでいたが、これではそれも出来なさそうだ。最も簡単なのは、一人の女性親衛隊しか居ない窓か。ゴーマンは、王妃の話が始まる前に、部屋の中の脱出路を導出していた。

ゴーマンはリュゼの"調査役"で、もし何か気取られそうであれば、リュゼの存在を隠すために、調査を終えて逃亡する必要があった。


「メルマ以外の親衛隊のみなさんは一度退出していただけるかしら」

王妃の一言は意外な形で口火を切られた。ゴーマンは思わず目を見開く。王妃の横に着くメルマ以外が退出していくのをゴーマンは横目に観察する。彼女らの視線は一様に"王妃に何かしようものなら殺してやる"という強い敵意を持っていて、王妃を心配する気持ちの強さを感じた。

「さて、ゴーマン。あなたに頼みがあるの」
「はあ、私なんかに?」

ゴーマンはいつものように、勘の悪い平凡な兵士を演じたが、王妃は口元を隠して薄っら笑いながら「演じる必要はないわ」と告げた。

「あなたは、なんていうのかしら、私は"纏い"と呼んでいるのだけれど、気配というのかしら、何か身体の内側から溢れ出している見えない何かが人と違っているわ。あなたがその溢れ出す何かを押さえつけているのも分かる」

ゴーマンは絶句した。"導術"は、人の持つ命名出来ない熱量(エネルギー)を上手く操ることで、何かを生み出すもので、その熱量は人により多寡があった。導術に長けてくると、他人の多寡が感覚として分かるようになり、その者の戦闘能力を測る一つの指標となり得た。リュゼではこの他人の熱量を感じ取ることを"感知"と呼んでいて、命名不能な熱量のことを便宜上"導力"と呼んだ。ナーラなどはリュゼにいながら下界の人々の導力すら感知出来るほどで、それは長年の責務がもたらした成果であった。

しかしながら、こと下界においては導術は潰えた技術であり、こちらで導術を使える者はいないし、『撃竜八傑伝』に出てくる導術を使って氷や炎を生み出した場面などは、導術ではなく魔導石を使っていると解されているほどに、導術の存在は消え去っていた。それほど前に潰えた技術であって、王妃も当然に知るわけがないし、王妃の熱量の流れは混濁しており、修行を積んだ者の清流のような規則的なものではなかった。

つまりは天然に身に付けた、もしくは先天的に身に付けていた感知ということか。確かに、あの王子の母であれば、もしかするととゴーマンは思った。

「最近オルナの纏いもあなたのそれと似た精錬されたものになってきているの。あの子は頭がいいから、あなたたちと何か同じことができるようになっているのかもしれない。だけれど…」

「あの子からは段々と、黒い澱みと凍りつくような冷たさも大きく強くなっていると感じるの。だからもしものときは---」

王妃は願いを述べた。ゴーマンは黙して聞くだけで、返事をすることはなかった。
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