第3-5話 封印の解かれるとき

文字数 1,946文字

「封印の剣『黒点(こくてん)』は、そこの祠にある」

ジェロが顎でしゃくりながら言うと、オルナが「ほう」と答えた。

傍でシュスは生唾を飲んだ。『黒点』は、いつの時代からあるか、どこで作られたかも分からない出自の不明な剣で、リュゼですら素性を語られることもなく、ただ唯一『黒刻竜を殺せる剣』として名を残していた。このリュゼを載せる黒刻竜に、ジェロが黒点を刺して、休眠状態にまで落とし込んだと知っているが、それをどこに刺したかということは、トップシークレットであって、ジェロ以外で誰が知っているのかさえ、シュスを初めリュゼの人々のほとんどが知らなかった。それをジェロがその口から明かした。その意味は---。

オルナが片手を上げると、燃え盛る祠は一瞬で氷漬けとなり、その後でオルナがその手のひらを握りしめると祠は内部から爆散した。破砕した部材が飛び散り、祠があった場所には深い穴が穿たれていることが暴露された。穴からは、竜の体温により高温に熱せられた空気が陽炎を燻らせながら、上昇していく。オルナやシュスたちがいるところからは、剣の姿は見えないが、穴の深さは、竜の皮膚まで達しているように思えた。剣はそこにある。それは嘘ではなさそうだった。

黒点が抜かれれば、竜は休眠状態から快復し、また災厄がもたらされる。ジェロの動向を注視しながらもシュスは想像力を膨らませ、この先の事態を読もうとした。

「黒点の"刀身"は、竜の力や導力を吸い込む。それがなくなりゃあ、竜は起きるぞ。覚悟あんのか、小僧」
「愚問だ」

そうジェロに答えたオルナが剣に向かって歩み出す。ジェロが不思議と強調した「刃先」という単語がシュスは引っかかった。ジェロは(なま)りのように誤魔化しているが、そのイントネーションは普段のジェロと違っており、何か意思が隠されているように思えた。シュスは口に手を当て、ジェロの一挙手一投足に集中する。

「黒点も含む竜剣たちは、神殺しの剣としてかつては一つの剣だったつう話だ。それを"分かち"、八つの剣としたと聞いている」
「ジジイの蘊蓄(うんちく)など聞く気はない」

オルナは目もくれることなく一刀に伏して、剣の眠る穴に向かって悠然と歩み続ける。「オレも若い頃にゃあ、この剣の"柄を握りながら"導術を使い、"石にぶつけて欠かさせた"ことがある。あんときゃ焦ったな。カッカッカッ」とジェロが笑うと、オルナがジェロを睨んだ。沈黙の後、オルナが口火を切る。

「暗号か?」
「暗号なら"合図する"だろうが。こりゃあ、ただの老いぼれの遺言さ」
「まあ、いい」

そう言うとオルナはジェロの様を鼻で笑い、また歩み出した。老いぼれ一人に、勘定外の羽虫が三匹。何を企もうと成すことはない、そういう自信がオルナにはあった。

オルナが穴の淵に立って微笑む。穴の中心には、黒い竜の鱗が垣間見えて、その鱗に、黒い刀身を持ち白銀の柄を赤熱させた威容のある剣が突き刺さっていた。穴からは高温の空気が上昇気流を生じさせ、ただ何の備えもなく刀身まで降りれば、たちまちにして灰になろう熱気があった。オルナは外套で体全体を覆い隠し、自身に凍気纏って、穴の淵に足をかけた。


そのときだった。


一瞬でジェロの気配が爆発的に変容し、構えを取る前にオルナは殴り飛ばされた。チュマの木々を割き、オルナが森に消え飛ぶ。同時にジェロが森に消えて、ただ「シュス!ナナイ!」と叫ぶ声がした。

ジェロが導術を使っている。ジェロの気配がみるみる消失していくのを感じながら、シュスは石を手に取り、穴へ向けて走り出した。服を纏い、冷気を纏い、一目散に穴を降りる。それでも焼け付くような熱気は抑えきれず、皮膚が刺されるように痛んだ。手に抱えた石も赤熱し始めたため、そちらにも冷気を回す。剣を前に石を思いっきり振ると、石が刀身に触れた途端、シュスの導力が無と化した。それでも振り抜き、わずかに刀身を残した柄が穴の外へと向かい、飛んでいった。衣服諸共火だるまと化したシュスは、そのまま炭となり、噴き上がる上昇気流に身をボロボロと剥がされながら、残された刀身の側で死んだ。

"刀身"は導術を使えなくするが、"柄"を握れば導術は使える。刀身は"石で割ること"が出来て、刀身は"欠けた"としても効果がなくなるわけではない。"合図"をしたら、それを実行せよ。それがジェロの指示だとシュスは理解した。

刀身だけなら、触れれば導術の冷気ははがされて、剣を抜く前に燃え尽きてしまう。これで誰も黒点を抜くことが出来なくなった。自分が知りたかった大きな世界は守られたんだ。そうシュスは死に際に思った。その身を呈して、竜の封印を守ろうとした彼は、達成感の中で死んでいったのだ。


しかし、無情にも、大気をつん裂くような地鳴りに似た雄叫びが世界を激震させるのだった。


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