第3-1話 繋がる未来と過去

文字数 2,159文字

「はじめまして、口の悪い我が偉大な"先祖"よ。」

そう言ってオルナは片手を振り上げた。"導術"を警戒したジェロは、相手に狙いをつけさせなくするため、剣を片手に走り出す。オルナはその手からジェロに目がけて、小粒の石を投げ捨てる。"魔導石"と察したジェロは、その軌道を読んで、進路を変えた。

ジェロの時代は皆導術が使えることから、まだ導術と同じ効果をもたらす魔導石が普及しておらず、ジェロは魔導石の種類の判断がつかなかった。だから、避けることにしたが、オルナの投げたそれはブラフの"ただの石"であり、術を発動することなく、地面に転がった。

ジェロには魔導石の知識がないと推測していた自身の仮説を立証したオルナは、魔導石を軸に戦略を展開することにし、ナーラのいつもいる一枚岩から飛び降りた。

地面に着地すると同時に、地面の雑草が一気に枯れる。オルナは身体に吸い込んだ生気を伝播させて、その腰に収めていた種に注入してから、ジェロに投げつけた。

ジェロに近づく頃に一気に発芽し、成長した蔦が行手を阻む網のように展開する。ジェロはそれを剣で切り落とす。しかし、その種子に紛れ込んでいた光を生み出す魔導石が発動して、ジェロの目を焼き付けた。

光で目を閉じたのも束の間、一瞬のうちに接近してきたオルナを感知したジェロは、風で自身を吹き飛ばして逃げる。しかし、オルナは氷をジェロの足元に発現させて、それを繋ぎ止めた。足を止められ、態勢を崩したジェロに、オルナが切り結ぶ。

不敵に笑ったオルナが囁く。

「大したことないな、初代国王ゼロ・スタテンド。いや、当時の発音で言えば、"ジェロ"か?」

オルナが舌に乗せて魔導石を見せる。そして、口からそれを吐き飛ばすと、ジェロは爆炎に包まれた。


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導術に長けているとしても、戦闘の優劣を決めるのは、体格差や体術である場合が多い。それがナナイの実感だった。

遠距離で攻防しても、導術を互いに使う場合には防がれることが多く、最終的には近距離戦闘に依らねばならない。すると、大抵切り結びとなり、体格差のある男子との膂力の差を痛感する羽目になるのだった。

今、ゴードンとの戦闘においても同じことが言え、ゴードンと一対一勝負になれば勝つことは難しい、とナナイは考えている。そのために、見つからないことを祈るしかなかった。


しかし、祈りも虚しく、ゴードンはエルの気を感知し、こちらに顔を向け、じりじりと歩き始めた。やるしかないと冷や汗を流しながら覚悟を決めると、横で錯乱していたエルが鼻血を流しながら吐き戻した。普通であればこんなエルをほっといて戦っている場合ではなく、一刻でも早く治療してあげたかった。ナナイはエルの背をさすりながら、エルに呼びかける。

エルは一通り吐き切った後でその口を拭い、口内に残る澱をぺっと唾と共に吐き捨てた。そして、その疲弊した顔を上げて、木に遮られて見えないゴードンの方を睨みつけた。その目はさっきまでと違い、いつものエルの目をしていた。「大丈夫?」と聞くナナイに対応するほど余力なく、フラフラと立ち上がったエルは、木陰から出て、ゴードンに相対した。

「やめるんだ、ゴードン」

全てを思い出したエルは、ゴードンに向けて戦闘態勢をとった。その様子を見てゴードンは額に手を当てて大きく笑った。

「おいおい、そんな頼りない姿でなにしようってんだい?」
「アンタを止める」
「おいおいおいおーい!そんなの無理だろ!馬鹿言うなよ、エル?」
「冗談じゃない。止めないと、ゴーマンに顔向け出来ない」

エルは自分を連れてきてくれたゴーマンへの感謝を思い出し、その子であるゴードンの蛮行を止めようと思った。リュゼを裏切り、リュゼを壊そうとするゴードンを見て、ゴーマンの魂が悲しむ顔をするのを見たくなかった。

ゴードンを止めて、兄を討つ。全てを奪った兄への恐怖とその兄への復讐してやるという怒りが刻々と心を塗り変わる混沌とした心中で、エルは戦闘のプランニングを始めた。

一方でゴードンは、ゴーマンの名前を聞いたことで怒りを露わにして、爪を噛みながら歯軋りを始めた。ゴードンは、母が死んだ後も自分を一人にし、その寂しさを癒そうともしなかったゴーマンを父親と認めておらず、ひどく恨んでいた。エルがゴーマンを慕っているかのような口ぶりも、エルがゴーマンをゴードンの父として見做しているような台詞も、全てがゴードンには許せないことだった。



少しの沈黙の後、最初に走り出したのは、ゴードンだった。氷剣を振り上げてエルに斬りかかる。エルは氷剣を用意できるほど、導術が成熟していない。それを知るゴードンは、その慢心と憤怒で、冷静さを失っていた。エルが隠し持っていた木の枝を見落とすほどに。

エルはゴードンの氷剣を、ゴードンが見たことのない剣術で---スタータ王国の剣術で軌道を変えると、一瞬慌てたゴードンの隙を突き、そのまま先端に氷の刃を付けた木の枝を心臓に突きつけた。

「やめるんだ、ゴードン」

エルは今後の展開を考え、一瞬その胸を貫くことも過ぎったが、やはりそれは出来なかった。二人はその姿勢のままで、時が止まったかのように固まった。

この奇策で仕留め損なった以上、ここからまた戦闘となればエルの勝機は薄い。死を覚悟しながらも、ゴードンの様子を注意深く見続けた。
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