第2-1話 伝説の数日前

文字数 1,438文字

ガナルテ王朝が竜に手を出し、竜たちが人を蹂躙し始めて、ひと月が過ぎようとしていた。正確な数を把握する術は持ち合わせていないものの、世界の人口の九割が死に、世界の七割が焦土と化した。人々は、各国の要所で竜へ反抗したものの、戦力が分散した状態では竜へ致命傷を与えるには至らず、竜に傷を残しながらも、このままであればただ負ける未来しかなかった。


「共に戦える日が来たことを嬉しく思う。」

白髪を後ろで雑に束ねたゼンジン帝国の王ゼロ・スタテンドが、紡ぎ出すように言う。場所は、元々別の用途として調達していた木材を支柱にしたため、高さも揃っていない急造の簡易天幕だった。中には、補給食糧を詰めた木箱を脚にして、荷押し車からはがした数枚の板を天板にしただけの簡易机が用意され、三大国と一小国から集った八名の強者(つわもの)がそれを囲んでいた。

各国を代表する実力者だけあって、それぞれが一癖も二癖もあり、そのような者が一同に会していることが、この事態の深刻さを表していた。

(さいわい)にして席次についてこだわる者はおらず、いや正確には席次にこだわる余裕は誰にもなく、各々好き勝手に座った強者共は、一番入り口から遠い席に、主宰者として最初に席についていたゼロの言葉を静かに待っている。

「各々、腹に一物(いちもつ)あるだろう。刃を交えていたんだ、仕方なかろう。しかし、今このとき、共に、世界のために手を組めた。本来、こんな被害を出す前にこう成れていれば良かったのだろうが。」

そして、終焉を迎えつつある世界の現況と、ガナルテ王朝を禁忌に手を出すほどに追い込んだ自分達の罪、これまでの人同士争ってきた人類の過ちと恥をつらつらと述べた。

「もうこれ以上人を死なす訳には行かない。」

静かな室内に響いたその言葉の重さを感じ、強者どもは体をこわばらせた。ゼロは目を見開き、瞳の奥に静かに闘志を燃やす。テーブルに握り締めた拳を乗せて、立ち上がる。


「この決起は始まりだ。これからの人々の生活の。平和の。復興の。そう、始まりに過ぎないのだ。勝利条件は単純明快--」

「誰か一人でも命を繋げられればいい」

そういってニヤリと笑う。それから、深呼吸をして、ひと思いに剣を抜き掲げ、大声で叫んだ。

「竜を倒す。」

皆その言葉に賛同の意を示すため剣を抜き、閧の声を挙げた。その声はテントを囲う兵どもに伝播し、夜闇の中どこまでも届くような人類の雄叫びとなった。

しばらくして、強者共は兵を連れ、それぞれの想いを胸にほうぼうへ散っていった。

二人だけまだ先の会議用急造天幕の前に残っていた。旅立つ同志の背を見守るその二人とはゼロとその腹心の栗毛の将軍ヴァン・サメルである。

「スタテンド、ここまでの君との数十年。とても楽しかったよ。」
「なんだ、辛気臭せえ。」
「一気に口が悪くなったな。」
「笑うな。」
「ふふっ、こっちの方がスタテンドらしさが伝わっていいと思うけどね。」
「場所に合った言葉ってのがあんだよ」
「まあ、それもそうだけど。ふー、これが最期かもしれないだろ。だから、伝えておこうと思ってさ。こんな形で夢は叶ってしまったけど、世界統一を目指して奔走してきた日々は僕の中でも上位に入る楽しい日々だった。」
「そうか、良かったじゃねえか。」
「ありがとな。」
「どうせ貴様は死なん。」
「それはどうかな。所謂、天のみぞ知るってやつさ。」

二人は握手を交わして、それからそれぞれ出立した。

向かう先は、それぞれが倒すべき竜のいる場所。どれ程の兵が犠牲となるとも知れない、片道切符の行程であった。
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