第1-5話 静寂に包まれた森の中で
文字数 1,540文字
エルが篝火をもって、ナナイと共に夜に染まりつつある森を歩く。興奮を隠しきれぬ様子で楽しげなナナイと対照的に、エルは気乗りしない顔をしていた。ナナイが不安げにエルの顔を覗き込む。
「どうかした?」
「ううん、なんでもないよ」
そう言いはするものの、エルも自身の心の不具合を自覚していた。数日来、胸に残置された"しこり"がエルの気持ちを沈めていた。
将来に確かな像を見出すことが出来ず悩む自分に対して、シュスを初め、ナナイもマルオーイですら自分の将来を見定めていた。この村で家庭を作り、子を育て、代々受け継ぐ役割を全うし、そして死ぬ。それがナナイやマルオーイたちの未来像。自分にはその像が見えず、エルは光の届かない洞窟に迷い込んだかのような、不安と焦燥を抱いていた。
「具合悪い?やめよっか?」
「いや、いこうよ。ナナイのとびっきりのところなんでしょ?」
作り笑顔で優しく微笑みかけたエルに、ナナイも笑顔で「うん!」と返した。
そもそも森と言っても、せいぜい林程度の密度と面積しかなく、その林を構成するのは成長が早く、二年で成人の背丈の数倍になるチュマと呼ばれる植物だった。しかし、チュマは縦への成長が早い分、普通の樹木と違い幹が細く、葉がほぼてっぺんにしかならない特徴があった。故に、森においてはほとんど空は見えず、昼でも薄暗い。森で流星を見た番 は結婚するという話があるのも、猫の額のように狭い夜空の中で流星を見ることの困難さにあるのだろう。
リュゼの土壌は決して肥沃とは言えず、また雨がほとんど降らないことから、普通の樹木が育ちにくい環境にある。そのため、リュゼで日常使う薪や耕作道具のためには、厳しい環境下でも生育の早く、強度がありながらもほどほどの弾性もあるチュマが好まれ、チュマの植栽が進んだ。
エルとナナイは他愛もない談笑を交わしながら、流星がよく見える場所を目指して森を進む。
「祠 に行ったことある?」
「あー、昔ジェロと見たかも。でも、最近じゃほとんど森にすら入らないから形も覚えてないよ。」
「そっか。中に入った?」
「いや?」
「でしょう!祠はね、ジェロと導師長の家系しか入れないことになっているんだよ。大事なものが仕舞われているから。」
「大事なもの?」
「ふふっ、いつか教えてあげる。実は、祠の天井にはね扉があって、屋根に出れるのになっているの。そこからなら、森の中でも星空をたっぷり見れるよ」
「そうなんだ」
「一緒に流星が見れるまでいよう?」
そう言ってナナイは上目遣いで微笑みながら、エルの顔を覗き込んだ。ナナイの紅を差した顔を、篝火の炎がより赤く、紅葉した樹木のように染めて、その瞳の奥には確固たる意思が見え透いていた。ナナイは本気なんだとエルは感じて、将来像が未だ結べずにいる自分に居心地の悪さを堪えられず、咄嗟に目を逸らした。
流星を見つける前までには結論を出さなくてはならないという焦りが、エルの胸を締め付ける。将来など見えずともこの村でナナイと暮らすか、それとも自分の行く末が決まるまでとことん悩み尽くすか。後者を選べばナナイはマルオーイと結婚せねばならず、ナナイの思い描く未来をぐしゃぐしゃに引き裂いてしまうかもしれない。ナナイの幸せを奪うかもしれない。しかし、今の自分がナナイを幸せに出来るとも思えなかった。
エルの足は自然と重くなり、その顔は篝火を受けても青白く見えた。
やっと祠の前に辿り着くと、ナナイが緊張した。隣の違和感に気付いたエルがナナイを見ると、ナナイが小声で「扉が開いているの…」と耳打ちする。エルも暗闇に目を凝らして、扉をみると確かに少し隙間があるように見えた。
咄嗟にナナイを後ろに庇うように手で誘導し、エルはゆっくりと忍足で数歩、また数歩と歩き、扉の方へと向かった。
「どうかした?」
「ううん、なんでもないよ」
そう言いはするものの、エルも自身の心の不具合を自覚していた。数日来、胸に残置された"しこり"がエルの気持ちを沈めていた。
将来に確かな像を見出すことが出来ず悩む自分に対して、シュスを初め、ナナイもマルオーイですら自分の将来を見定めていた。この村で家庭を作り、子を育て、代々受け継ぐ役割を全うし、そして死ぬ。それがナナイやマルオーイたちの未来像。自分にはその像が見えず、エルは光の届かない洞窟に迷い込んだかのような、不安と焦燥を抱いていた。
「具合悪い?やめよっか?」
「いや、いこうよ。ナナイのとびっきりのところなんでしょ?」
作り笑顔で優しく微笑みかけたエルに、ナナイも笑顔で「うん!」と返した。
そもそも森と言っても、せいぜい林程度の密度と面積しかなく、その林を構成するのは成長が早く、二年で成人の背丈の数倍になるチュマと呼ばれる植物だった。しかし、チュマは縦への成長が早い分、普通の樹木と違い幹が細く、葉がほぼてっぺんにしかならない特徴があった。故に、森においてはほとんど空は見えず、昼でも薄暗い。森で流星を見た
リュゼの土壌は決して肥沃とは言えず、また雨がほとんど降らないことから、普通の樹木が育ちにくい環境にある。そのため、リュゼで日常使う薪や耕作道具のためには、厳しい環境下でも生育の早く、強度がありながらもほどほどの弾性もあるチュマが好まれ、チュマの植栽が進んだ。
エルとナナイは他愛もない談笑を交わしながら、流星がよく見える場所を目指して森を進む。
「
「あー、昔ジェロと見たかも。でも、最近じゃほとんど森にすら入らないから形も覚えてないよ。」
「そっか。中に入った?」
「いや?」
「でしょう!祠はね、ジェロと導師長の家系しか入れないことになっているんだよ。大事なものが仕舞われているから。」
「大事なもの?」
「ふふっ、いつか教えてあげる。実は、祠の天井にはね扉があって、屋根に出れるのになっているの。そこからなら、森の中でも星空をたっぷり見れるよ」
「そうなんだ」
「一緒に流星が見れるまでいよう?」
そう言ってナナイは上目遣いで微笑みながら、エルの顔を覗き込んだ。ナナイの紅を差した顔を、篝火の炎がより赤く、紅葉した樹木のように染めて、その瞳の奥には確固たる意思が見え透いていた。ナナイは本気なんだとエルは感じて、将来像が未だ結べずにいる自分に居心地の悪さを堪えられず、咄嗟に目を逸らした。
流星を見つける前までには結論を出さなくてはならないという焦りが、エルの胸を締め付ける。将来など見えずともこの村でナナイと暮らすか、それとも自分の行く末が決まるまでとことん悩み尽くすか。後者を選べばナナイはマルオーイと結婚せねばならず、ナナイの思い描く未来をぐしゃぐしゃに引き裂いてしまうかもしれない。ナナイの幸せを奪うかもしれない。しかし、今の自分がナナイを幸せに出来るとも思えなかった。
エルの足は自然と重くなり、その顔は篝火を受けても青白く見えた。
やっと祠の前に辿り着くと、ナナイが緊張した。隣の違和感に気付いたエルがナナイを見ると、ナナイが小声で「扉が開いているの…」と耳打ちする。エルも暗闇に目を凝らして、扉をみると確かに少し隙間があるように見えた。
咄嗟にナナイを後ろに庇うように手で誘導し、エルはゆっくりと忍足で数歩、また数歩と歩き、扉の方へと向かった。