第2-3話 二人の王子

文字数 2,255文字

宮殿の中庭に木と木のぶつかる乾いた音が響いている。音の主は二人の少年。
木刀で剣術の鍛錬をしているらしい。

一人は十代半ばの金髪で、まだ大人になりきらぬその顔は、息を飲むほどの美人というべきほどに、男の割に端正な顔立ちをしていた。
彼の振るう剣に無駄はなく、一閃ごとに相手を追い詰めてゆく。

一方、相手となる少年は、まだ十歳にも満たない幼子で、黒髪に大きく輝く目が特徴的で愛嬌のある顔をしている。
力も経験も劣るこの幼子は、金髪の少年が一振りする度、追い詰められ苦しみの色が強くなる。

そして、その顔を見て、金髪の少年はより苛立ちを浮かべた顔をして、より力を込めた一閃を見舞う。

遂に受けきれず、黒髪の少年は体勢を崩し、跪いた。鍛錬はこれを合図に終了となった。

黒髪の少年は息も絶え絶えで、肩で呼吸をしている。顔を上げることもできず、地面に伏したまま、動く気力も残っていないようだった。

一方、金髪の少年は一切の疲れもなく、それを見下したままでいる。その表情は、当初こそ苛立ちを露わにしていたが、今はもう喜怒哀楽全てなく、何を考えているか読み取ることができない。

見つめること、五六秒。
金髪の少年は、木刀をゆっくり振り上げた。その表情は未だ何の感情も浮かんでこない。
そして、地面に伏したままの黒髪の少年へ、力いっぱい木刀を振り下ろした。

中庭に、乾いた音が響いた。

黒髪の少年は、まだ肩で息をしている。
振り下ろした木刀は、黒髪の少年の頭上で、何者かに受け止められている。

「そこまでです。」
白髪の短髪をした老人は、自らの木刀で金髪の少年の木刀を受け止め、金髪の少年を鋭い目で見つめる。

「チッ。」
舌打ちをして、金髪の少年は木刀を放り投げ、宮殿の中へと歩いていく。

「ジジイ。貴様どんな教育をしてやがる。」
「今のは、樺萩の型であれば、体勢を崩さずに受けきることができた。しかし、このクズは岩成の型で受け、転びやがった。岩成は、力の拮抗する相手に有効な受けだぞ!こいつは脳みそがないのか!」

金髪の少年は、背を向け足早に歩きながら白髪の老人へ怒号を飛ばす。状況ごとに使い分けるべき剣術の型が誤っていると、この金髪の少年は指摘する。

「申し訳ございません、オルナ王子。まだ、エル王子には樺萩の型を教えておりませぬ。」
「なに?なぜだ。」
「エル王子はまだ経験浅く、樺萩の型を使えるほど体術が優れていません。」
「甘やかしやがって。オレは五歳で習った。」
「それは貴方様が優秀過ぎただけです。」

白髪の老人は、世辞でも何でもなく、真面目な顔でそう言った。自らが優秀であると自覚あるこの金髪の王子は、それを横目に見て、つまらなそうに舌打ちをする。

「チッ。こんなクズがオレの弟とは。恥だ。地位だけしかないゴミめ。」
「千年に一度の傑物と云われる貴方様と比べれば、誰もがゴミにしか見えないでしょう。エル王子はまだお若い。どうか寛容に。」

金髪の王子は苛立ちを強める。この少年は、千年に一度という下世話な表現を嫌っていた。そして、それを白髪の老人も知っていて、あえてこの表現を使っている。その皮肉めいた白髪の老人の行動を理解しているからこそ、金髪の少年はより苛立つ。そして、国王と同じく寛容であることを求めてくるのがまた腹立たしい。

「下衆な言い方しやがって気持ち悪いジジイめ。こいつに何が在る?ただの一つの才もないではないか。」
「初代国王も、十歳までは何の才能も見出されず、羊飼いに出されるところだったと言われております。まだ見極めるには早すぎましょう。」
「伝承を鵜呑むか、ジジイ。真贋不明であれば論の根拠とは言えん。小手先の誤魔化しが通用すると思うなよ。」
「申し訳ございません。」
「チッ。どいつもこいつも。」

また舌打ちをして、苛立ったまま足早に金髪の少年は宮殿に消えた。

白髪の老人は深くため息をついた。昔世話廻り役をしていたといえ、冷徹なあの王子に対応するのはやはり幾ばくかの緊張を伴う。

「ジイヤ、ごめんね。」

絞り出すような声が、白髪の老人に届く。白髪の老人はその声の方向に優しく微笑む。
その先には、必死に造り笑顔を浮かべる黒髪の王子がいた。顔は俯き、深い悲しみを隠しきれてはいない。

「気になさるな。」
「でも、また僕が弱いせいでお兄様に叱られてしまった。」
「何をおっしゃる。エル様も年頃で考えれば十分お強い。」

老人は落ち込む少年を励ますように、笑いながらそう言った。しかし、黒髪の少年はまだ落ち込んだ様子で続ける。

「でも、僕がお兄様ほど強ければ…。」
「あの方とは比べなさるな。」

老人はピシャリと言い放つ。そして、流れる雲を見ながら少し間を置き、神妙な面持ちでポツリと漏らす。


「不幸にしかなりません。」

中庭に乾いた風が吹く。草木はつぼみをつけ、青空から射す日光に気持ちよく照らされている。

もうすぐ、古より続く鎮魂の祭りがやってくる。宮殿はいつも以上に騒がしく、どこか楽しげな雰囲気を携えていた。二人の人影を残す中庭を除いて。


『撃竜八傑伝』(現代訳:トーダ・チーエ)第一章より
"私が旅をしていたとき、世界を変えたいのだという話をする羊飼いの少年に出会った。
羊飼いに一体何が出来るのだろう。身の丈も知らぬ頭の足りない奴なのかと面白がり、話を聞いた。これがスタテンドとの交流の始まりであった。

後に彼は羊飼いではなく、この地方を治める豪族の息子と分かったときには大いに笑ったが、このときはまだ知らなかった。この時はまだ才無き長兄として扱われ、羊飼いの弟子として働いていたのだから。"
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