第2-11話 中央広場での出来事

文字数 990文字

あげてしまったパンの代わりに、中央広場の出店で昼食を買うため、エルとユーハは列に並んでいた。

「カナジ!」
エルは後ろから大声で呼びかけられた。駆け寄ってくる声の主に見覚えはなかった。同時に、振り返ったエルを見て、小太りの中年男も明らかに戸惑った。

そして、駆け寄ってきてから、息を切らしながら、申し訳なさそうに汗を拭いお辞儀をした。ユーハは密かに剣の柄に置いた手を下ろした。

「ごめんなさい。人違いでした。背格好なども良く似ていたもので。」

カガバと名乗る小太りの優しそうな農家然とした男は、どうやら普段大人しい息子カナジの姿が見えず、探しているところだったという。家はフランガナダル山脈の方の田舎街アクタというところにあり、今日は大きくなったお祝いに、泊まりがけでこの祭りに連れてきてあげていたらしい。

「そうでしたか。それと一応何かカナジ君の分かりやすい特徴なんてありますか。」
「今、歯が生え替わっているところで、右上の前歯が一本ありません。」


それを聞いて、エルはカナジを探す手伝いをすることにした。カナジ父と時間を決めてもう一度ここに集まることにし、方々を探す。

しかし、カナージを見つけることは出来ず、昼食も取り損ねて、時間を迎えてしまい、エルは帰宅時間を迎えた。

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「今日のお散歩はどうでした?」

ユーハの妻は、帰宅したユーハに夕食を出しながら、笑顔で問いかける。

「ああ、喜んでおられた。しかし、奇妙なことが多くてな。なかなか神経を使ったよ」

ユーハもアルパパンという小魚を野菜で煮た主菜を頬張りながら笑顔で答えて、今日の出来事を話した。ユーハの妻も夫の楽し気な様子を嬉しそうに見守りながら相槌を打つ。

「あなたはやっぱりエル様が好きなのね」
「んや、まあな」
「エル様の話のときだけ、他の王族の方よりも嬉しそうに話すもの」
「これでも平等にしているつもりなんだがなあ」

ユーハは照れ隠しの苦笑いを浮かべながら、頭をかいた。

ユーハは、王族の子を預かることから、その子に愛情を注ぐために、泣く妻を諭して一生涯子供はつくらなかった。妻も泣きはしたが、理解を示してくれて、二人は王族の子を我が子のように思うことにしていた。二人は特にエルが好きで、二人は口にしないものの、エルに王になってほしいと願っていた。

二人だけの平家(ひらや)でユーハたち夫妻の夜が更けていく。暖かな暖色の光と笑い声は夜遅くまで漏れていた。
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