第1-4話 祭日に至て

文字数 1,375文字

ジェロは明朝、導師長であるナーラの元に来ていた。

「ええ、こんな老いぼれのところに来るなんて珍しい。いかがされました?」

背筋が曲がり、ジェロよりも老いてみえるナーラがジェロに呼び掛ける。ジェロはナーラが座る一枚岩の横に立ち、「ナーラも赤子みてえなもんさ」と笑顔で冗談をいい、ナーラは口元を緩めて、それを無言の相槌とした。ジェロは、少し間を置いてから神妙な顔で真っ直ぐ地平を見て話し始めた。

「内通者がおる」
「あれまあ。調査役が下界の何者かに捕まったということではなく?」
「ああ。ほれ、(ふみ)の燃えかすだ。この村のじゃない。他所から来たんだろう」
「ヤマオイの者達でもなく?」
「ああ」

リュゼは、下界に知られぬように、これまでを過ごしてきた。リュゼが地図にも載っていないのは、たまたま知られていないということではなく、一千年に亘り、隠しとおしてきたからに他ならない。それだけの秘密がこの村にはあった。

ナーラが明朝にもかかわらず一枚岩に座っているのも、この村を隠すための取り組みの一つであり、他にも多数の仕掛けが用意されていた。この一枚岩は、風が一方からしか吹かないリュゼで、最も風上に位置しており、ナーラはここで雲を作り、村を隠すように風に乗せることをしていた。導術に長けていないと日が暮れるまで保たないため、それが導師長の役割となっており、また一般からすれば畏敬の念を持たずにはいられない偉業だった。

「ええ、ええ、左様ですか。勘違いではないのですね。付近の山々に最近人が多くなりました。山登りが流行っているのかと思ってましたが。」
「斥候だな」
「あれまあ。早く言うべき、でしたか」
「カッカッカッ、気にするな。既にこちらの位置はバレているのだ。手紙がきとるわけだからな。」
「…争いになりますじゃろか?」
「ああ、熾烈なものにな。」
「左様ですか」
「一千年来の未踏の村を見つけた癖に、嬉々として旗を立てにくるわけでもなし。偶然じゃねえってこった。」

ジェロはため息を吐いてから、腹を据えた目をした。ナーラはジェロを横目に見て、次の言葉を待った。

「辿り着き、そして攻略しようとしている。緻密で狡猾な欲望の奔流がやってくる。」
「左様ですか。嫌な時代になりましたね」
「ああ、来ないことを願っていたのだが」

ジェロもナーラも悲しそうな顔を浮かべて、しばらく雲の流れる朝焼けを見ていた。


昼になり、村では祭りへの昂りも頂点を迎え、普段ならざるほどの騒乱を見せていた。そして、夕方。年頃の男女は、各家が担う役割をはずれ、各々の思惑を胸に秘めて、篝火を手に祭りの中心地へと向かう。

中心地には、背丈ほどあろうかという高さの組み木した焚き火があり、そこには火気管理者として一人しか大人がいない。示し合わせるわけでもなく、青少年はそこに集い、そしてそれぞれの想い人と親睦を深める。相思相愛の者などは、時折篝火を持ち、人気(ひとけ)のないところへ行くことが多く、燃え上がった気持ちを持て余し、そのまま子が出来るようなこともあった。

ただそれも夜中までのことで、夜深くなるに連れて、役割を終えた大人達の時間となる。大人達は焚き火の前で酒を煽りながら踊り狂い、青少年達と違い、相当な喧騒となる。それが例年の常であった。

今、太陽も沈み、空が紺からより漆黒に近づく中で、エルはナナイと一つの篝火を持ち、森へ向かっていた。
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