第1-7話 戦闘の音、響く

文字数 2,312文字

「くくくっ…、案内ご苦労、ナナイ。(つがい)の話を知れば、ここに来ると思ったよ。僕が作った嘘だって言うのに。やーっぱり、君は導師長の家系らしい最高の優等生だ、思い通り動いてくれる。はっはっはっ!」

祠の中で、エルの篝火に照らし出されたゴードンの高笑いが響く。臨戦態勢をとるエルの背に隠れたナナイがどこか恐怖を伴って呟く。

「どうして貴方がここにいるの?」
「ナナイ。分家とはいえ、僕も導師長の家系だ。」
「でも、鍵は私たちしか…」

答えはなかった。ゴードンはその開いているかも分からない細目をナナイに向けて、口角を上げただけで、それを回答とした。察したナナイが口に手を当てて、顔面を青白くしながら一歩二歩と後退りする。そんなナナイに気を配りながらも、エルが問い質す。

「ゴードン…、何をした?」
「エル、黙れ。生意気な口を聞かないでくれよ。」

カチャリ。
ナナイの足に触れた、床に投げ捨てられたままの血に塗れた鍵が音を立てる。ナナイの膝が崩れると同時にエルが叫ぶ。

「ゴードン!」

エルは篝火を剣代わりに構えながらしゃがみ、ナナイを抱きしめるように支えた。ゴードンはエルたちと一定の距離を取ったまま、エルを見つめながら室内を歩き回る。太く濃い眉毛(まゆげ)に挟まれた眉間(みけん)に皺が寄り、三十歳を超えて老い始めた顔面が怒気を孕む。

「ちょっと待つんだ、エル。君にはそんな叫ぶ資格なんてないんだ。」
「エル、君が悪いんだぞ。全部。そう、全部だ。」

「なに…?」

相手のペースに乗らないよう緊張しながら、エルはゴードンに向けて、軽く首を傾げて話を引き出そうとした。ゴードンは嬉しそうに微笑んで動きを止めた。

「君が来なければ、リュゼはずっと平和だったのさ。」
「君が来たから、"あの(かた)"にここがバレた。」
「君が来たから、ジェロと離れて僕は一人で暮らすことになった。」
「君が来たから、ジェロは僕に優しくなくなった。」
「お前が来たからっ…!」

ゴードンは早口で、徐々に何を言っているのかも分からないほどの呂律で捲し立てて、片手を振り上げた。導術を使うつもりだと直感したエルは、篝火をゴードンに投げつけて、ナナイを抱いて祠を出た。

ゴードンが弾いた篝火が祠に引火して燃え始める。乾燥した材木は燃えが良く、祠に安置された書や布製の幕などにも火の手を広げる。燃え盛る祠を背にしたゴードンとエルは、数歩の間をあけて敵対した。

エルはナナイを庇うように立ちながら生唾を飲んだ。対して、ゴードンがゆっくりと大きな円弧を描くかのように歩き出す。初手をどうとるか探り合う。

ゴードンを睨み、戦いに集中しようと思いながらも、エルは内心何も定められない状態だった。ゴードンが(おこな)ったであろう悪行も推測の域を出ず、ゴードンがさきほど手を振り上げたのも、命を狙われたと自認しているが、それが本当かはわからない。訓練ではなく、ゴードンと殺し合うという覚悟を決めるほどの要素足り得なかった。

それにゴードンが言った「君が来なければ、リュゼはずっと平和だったのさ」と言う言葉が脳内に反響し続けて、エルの気持ちを掻き乱していた。

そうして睨み合うこと数十秒。
ゴードンが、祠の隙間から溢れ出す炎を背景に、笑顔でエルに告げる。

「お前にはここで死んでもらう。僕のために。」

そして、導術を使って手に氷の剣を作り出す。最初はただの丸い氷塊ができて、そこから氷柱(つらら)が伸び、徐々に剣の刃先と成っていく。

エルは答えず注視し続け、初手に全神経を集中させた。拳大の氷塊しか作れないエルに、氷剣を作ることなど不可能だった。ただでさえ体格に劣るエルにとって、その氷剣分のリーチ差は最早勝負を決めるに等しいハンデだった。

そのとき、ナナイが不意に顔を上げて、「おばあちゃん?」と泣き出しそうな顔でひとりごちた。エルも何かが欠けた感覚がしながらも、しかしそれに構う暇はなく、ゴードンだけを睨み据えた。

本気でやればゴードンには勝てない。ゴードンは村でも大型な方で、エルより二回りほど大きく、導師長の分家だけあって導術も巧みに操る。能力は圧倒的に負けており、奇策でも弄さなければ勝つことはできないだろう。それにまだ、本気で殺すという覚悟を決めた訳ではない。どこかで「ゴードンが、この村に住む歴史好きの善人が、こんなことをするわけない」と疑ってしまう自分がいた。

やるなら相手に先手を打たせて、それを確認してから---

しかし、思考がまとまるのを遮るように、爆発音が地面や大気を震動させながら鳴り響いた。エルもゴードンも横目でそれに反応する。ナーラの方だと気付いた二人は、顔は正面に添えたまま同じ方向を見ていた。エルは夜の闇で見えない視線のずっと先に居る何者かの気配に冷や汗を垂らした。

とても冷たくて、嫌な感じのする気配だった。今までこんなことはなかったのに、何故か離れて見えない場所にいる者の気配が感じ取れて、エルはその変な感覚に多少の心地悪さを感じた。禍々しさを隠そうともしない気配の近くに、ジェロがいる。逃げて、と咄嗟に願う。ゴードンが興奮しながら微笑む。

「ふふふ…、"あの方"が到着されたみたいだ。」
「あの方?」

そう聞くエルを見下すようにいやらしく見つめて、ゴードンはゆっくりと囁いた。

「ああ、お前の"兄"さ。」

兄。
その響きに肌が粟立ち、心臓がドクンと跳ねる。

「エル・スタテンド。スタータ王国の(もと)第二王子にして、竜を封印した八英傑の子孫。お前が逃亡した後、その国の王に成り、"黄金のたてがみ"獅子王とあだ名されるお前の兄、オルナ・スタテンド様だよ」

心臓が暴れまわり、息が吸えないと感じるほど呼吸が浅くなる。オルナ・スタテンド。

胸の奥で、錠前のような何かが外れる音がした。
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