第1-8話 夜からの使者

文字数 1,757文字

ナーラの元へ駆けつけると、いつもの一枚岩にナーラの姿はなく、一人の男が立っていた。

夜の中でも輝いて見える黄金色の長髪を風に靡かせ、銀の刺繍をあしらった濃紺の衣装に黒い外套をはためかせている。鼻筋がすっと通り、色白の肌をして、一見すると女性のように美しい青年が、心ここに在らずといった風な焦点の定まらない遠い目をしていた。

傍には、腹部に大穴を穿たれたナーラの亡骸が転がっていたが、青年はそれが土や草木と同じものかの如く"いつもそこにあるもの"としてしか認識しておらず、その顔に人を殺した罪悪感など微塵も感じさせなかった。

その威風は、獅子のような孤高の雄々しさと美しさがありながらも、人が生まれ持つ種としての温もりを一切感じさない冷酷さが滲み出ており、周りの空気すらも凍っていくかのような錯覚をもたらす。(まさ)しく"夜"が人の姿をしたようだった。

「想定より遅いな。評価はC-(シーマイナス)に繰下げだ」

そう言って青年は顔をジェロに向けた。金色(こんじき)の乱れ髪の奥に、見え隠れする青白色の瞳が真っ直ぐジェロを捉える。しかし、その顔は無表情のままで、何を意図しているかを相手に伝えようとする努力は微塵も感じられなかった。

ジェロも睨み返しながら、唾を吐いた。コイツの所作が一から十まで気に食わん。傲慢で、冷酷で、自分中心に世界が回っていると勘違いしているかのような、くそったれの匂いがするとジェロは思う。

「てめぇは何者(なにもん)か?」

しゃがれた声が返るなり、少しだけ目を細めた青年が呆れたような顔をして、ため息を吐く。

「随分と口が悪いな。初対面なんだ、はじめまして、だろ?もう一回やり直したらどうだ?」

と鼻で笑いながら、ジェロを見下す。舐めた小僧だ、そう思いながらもジェロは過日の"騒乱の時代"を思い出す。命の取り合いばかりが横行し、人が人の心を失っていた時代。そう、こんな野郎ばかりだったあの時代。それがまた、一千年の刻を巡って、再びやってきたのだとジェロは悲哀と少しの郷愁を伴って回顧する。

「返事はどうした?"元国王"のくせに礼儀すら知らんか?」
「ケッ、よくしゃべる小僧だ。その高い鼻をぶちおってやろうか?」
「下品な男だな。仕方ない、オレから挨拶してやる。オレはオルナ・スタテンド。スタータ王国第十七代国王。

はじめまして、口の悪い我が偉大な"先祖"よ。」

オルナはジェロの返事を待たずに片手を振り上げ、オルナとジェロの戦闘が始まった。



地面の爆ぜる音でナナイは正気を取り戻した。ジェロが誰かと、凶悪な魂をした誰かと戦っている。消えた祖母の気配に涙を流しながらも、辺りを見回すと、エルが地面に手を突き、過呼吸のような症状を見せており、ゴードンが今まさに斬りかかろうとしていた。

咄嗟に導術でゴードンの目に目掛けて、土を風に乗せて飛ばした。気付いたゴードンが、氷剣を目の前に構え直して防御する。その隙に今度は、ゴードンの腹部に目がけて、矢先のような無数の小さな氷塊を散弾式に高速で飛ばすと、防ぎ切れないと踏んだゴードンは回避行動に入り、燃え盛る祠付近まで後退した。同時にナナイは、ゴードンとの間に雲を展開して、エルを担ぎ移動した。

導術というのは、リュゼではまだ理論体系として言語化されておらず、感覚的に体験的にしか習得する術がない。それ故に、未だ導術で可能なことというのは解明されていないが、一般には風を生むことが最も簡単とされ、次に氷を生むことが簡単とされていた。炎なども生み出せるが、氷を生むよりも困難であることから、積極的に利用されることはなかった。ただ、それは一般則であり、個人によって得手不得手があり、中には炎を生むのが得意な者もいた。

なお、雲を生み出すことは、氷を生み出そうとしたときの一つの段階とリュゼでは理解されているため、一つの行為として---難易度を数える単位として見做されてはいない。

「エル!大丈夫!?」と小声で呼びかけるナナイの声にエルは応じず、浅い呼吸で定まらぬ目をぎょろぎょろと回すだけだった。ナナイはゴードンの気配を感知しながらも、自分の気配は隠して、エルを引きずるようになんとか森のかくれられるところを探して移動する。

発作を起こしたエルの耳には、何度も何度も呼びかけるナナイの声は届かず、歪み廻る視界の中で、過日の走馬灯を見るのだった。

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