第3-2話 ゴードンとエルの関係

文字数 1,578文字

「ゴーマンは言っていたよ」

エルはゴードンの心臓に突き立てた木の枝を改めて握り直しながら、慎重に語り出した。ゴードンの身体がぴくりと反応し、その身体に力が入るのを感じる。

「ゴーマンは、君とうまく接することができなかったことを後悔していたんだ。雪山で話してくれた。『妻が死んだ後も我が子との接し方が分からず、寂しい思いをさせた』って。」
「…後悔したからってそれが許されるわけじゃない」

少しの沈黙の後、ゴードンも小声で答えた。

「そうかもしれない。だけどさ、ゴーマンは言ってたよ。『ただ抱きしめてやれば良かったんだな』って。ゴーマンは君を愛していたんだ。ちょっと間接的な表現だったけどさ」

エルは当時から塩漬けになっていた記憶---ゴーマンの不器用な語りの記憶を呼び戻して、少し微笑んだ。ゴードンは、ゴーマンが死ぬ前日に会いに来たことを思い出した。しかし、今更何しに来たという怒りが込み上げてきて、顔を合わせると同時にそこから逃げ出した。ゴーマンは僕を抱きしめにきたのか?最期に。

ゴードンは、父親が自分を大切に思ってくれてはいないと思い、自分を大切にしてくれるジェロに精神的に依存していた。ゴーマンが存命の頃から「自分の父はジェロ」とそう思い込んできた。そのジェロをエルに取られて、ジェロは自分を大切にしてくれなくなったと悲しみ、そして怒った。その矛先をエルに向けて。ゴーマンは自分を古典悲劇のヒロインのように見做していた。

それが、今回の事件へのきっかけとなった。ゴーマンは、現在調査役を担っているファバマに嘘をつき、スタータ王国の現況の仔細を聞き出した。エルを地獄に突き落とすため、"獅子王"と呼ばれる現国王の様子や行動を聞き、彼をエルにぶつけようと考えたのだ。しかし、獅子王の偉業や覇業は、歴史好きのゴードンの胸に刺さり、聞けば聞くほど獅子王を崇拝するようになった。

"スタータ王国の再興"。エルに奪われた大好きなジェロを始祖に持つ偉大な国が、無能な王族のせいで没落している現状に不満があったゴードンにとって、覇業を重ねる獅子王は、偉大なるジェロの権威を回復させてくれる救世主に思えた。それがゴードンの行動を歪め、内部通報によるリュゼの暴露に至ったのだった。

しかし今、ゴードンの中の、前提となる父の定義---自分を嫌っているというジェロに依存する始まりの感情が揺らいだ。


ゴードンは理由も分からず、体の力が抜けるのを感じた。氷剣を地面に落とし、よろよろと地面に座り込む。力が入らない。これほど憎いエルがいるのに。そう思いながらも、ぐったりと(こうべ)を垂れて、目の前を埋める雑草を見るともなく見た。

エルも木の枝を振り下ろし、よろけながら数歩後退した後に地面に倒れ込んだ。鼻血はずっと止まることなく出ており、その生暖かさを初めて認識した。

ナナイが駆け寄ってきて、なにかを耳元で呟いているが、それを認識出来るほど身体は正常に動いておらず、異言語を話す妖精かなにかのように思われた。

そこにシュスが息を切らして駆けつけた。シュスは、まつりが好きではないため家にいたが、何か異常事態が起こっていると察し、辺りを注視した。そして、森に起こる煙を見つけて、何かの争いの気配を感じて駆けつけたのだった。ナナイとシュスは、薬草や導術でエルの応急処置を始めた。学舎のナンバーワンとナンバーツーの呼吸はピッタリで、的確にエルの止血やオーバーヒートした脳が引き起こす異常な発熱の解熱処置をしていく。しかし、それも一分程度のことだった。

ジェロが勢い良く木々を抜けて、吹き飛ばされてきた。地面を何回も転がったあとで、受け身を取り、体を起こす。右手を失っていたが、何故か血は出ていなかった。


そして、悠然と仄暗い森の奥から、暗黒の外套をはためかせて、狩りの途中の"金色(こんじき)の獅子"が不敵な笑みを浮かべて現れた。
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