第2-2話 スタータ王国

文字数 2,666文字

『撃竜八傑伝』。
そう呼ばれている竜を倒した八人の英雄の史書がヴァン・サメルにより編纂されてから千年の刻が過ぎた。

ここはスタータ王国。ゼロ・スタテンドを初代国王とする、竜を倒したあと人々が一致団結し復興するために建立した、史上初めて世界の全ての人が国民となった国である。

今は、その肩書も過去のものと成り果て、数多ある国家の一つと化していた。


「長男であるこのオレに人質になれと?」

金髪の十代の少年は、アンティークのソファの手もたれに腕を投げ載せて、足を組みながら深く座り、眼前の父親を睨んでいる。

「そうは言っていない。国外留学だ。」

父は執務机の書類の山にサインをしながら、息子に目をくれることもなく告げる。サインという無駄な形骸化した行為に、国王の貴重な時間を費やすというのが、少年には理解出来ず、そんなことをしているから世界に遅れを取るのだと、少年は父の姿を見て苛立っていた。

「何の為に?」
「オルナよ、お前は後に国を治める男だ。他国を見て勉強しておくのも悪くはあるまい。」
「農作中心、自家消費が主要事業の我が国と希少鉱石の輸出を収入源とするレツカ帝国。レツカ帝国などより、鉱石の取れぬ我が国を治めるのに見学すべき国は他に在りましょう。
父上、具体的に何を学べと?」
「屁理屈をこねるな。」
「屁理屈ではなく、理屈です。古豪などと揶揄され、経済的に大国に遅れを取る我が国がレツカ帝国に学ぶなど時期尚早。本気ならば笑止千万。真の目的は別でしょう。レツカ帝国からは誰も来ないのですか?」
「いや、元首の次女フラウが来る予定だ。」
「やはり。ただの人質交換でしょう。」

国王である父は思わず溜息をついた。ペンを止め、掌で額を押さえる。
今、スタテンド国王であるファサ・スタテンドは、長男である金髪の少年オルナ・スタテンドの経済学者を集めた学術研究会での報告を受けた後で、オルナに対してしばらくレツカ帝国に滞在するよう話し始めたところだった。

親睦の証として、子息をお互いの国に遣ってみようという企画であったが、この息子は一言目には自分に人質になれというのかと聞き返してきた。

親をも疑るその性格に、呆れてものも言えないと言いたいところだが、それは事実であった。表向きは交換留学だが、真には人質交換である。
現在の国勢上、今季不作であったスタテンド王国は、国境を接するレツカ帝国との軍事衝突は避ける必要があり、抑止力としての人質が必要だと国王は判断していた。
しかしながら、王子でありながら総合政策取締役に就くオルナは、それには同意していない。この気の強い男が同意する訳がないため、父が勝手に決めたことであった。

こうなると非常に面倒なことになる、と父は覚悟する。

「長男であるオレではなく、あのクズを遣ればいいでしょ。」
「弟に向かってクズなど言うな。」

父はオルナを威圧するように睨みつけた。この部屋にオルナが来てから初めてオルナと目を合わせた。

オルナは弟のエル・スタテンドを嫌っている。それ故にいつも弟を目の仇にし、弟のせいで自分が犠牲になることを極端に嫌がっていた。それは国王も知っている。

暫くして、国王は溜息をつき、オルナから視線を外しながら、背もたれに身体を預ける。

「エルともう少し仲良くしてくれ。」
「嫌です。」
「兄弟なんだ。兄として寛大な気持ちを持て。」
「寛大な心とはどんな心ですか?オレに何を思えと?」

国王は深く溜息を吐く。この息子との会話は疲れる。

「話を戻すが、国外留学はこちらからレツカ帝国に持ちかけた話なのだ。持ちかけたこちら側の誠意を見せねばならなかった。」
「国防の場面で誠意だの曖昧な概念は辞めていただきたい。長男を遣る損失に対して何が得られるので?それに百歩譲って誠意を見せるとして、四人の男児と三人の女児がいる内の次女を寄越す国に誠意もクソもないでしょう。奴らは条件次第でいずれ攻めてきます。」
「頭首も人だ。誠意も重要な駆け引きと知れ。」
「分かりかねます。少なくとも私なら、そんなあやふやなモノで国策を決めません。」
「オルナ、もう少し人の心を知ろうとしろ。」
「三ヶ月前まで心理術の研究書も読んでおりましたが?父上より知識は身につけております。」
「無礼だぞ。黙れ。」
「失礼しました。しかし、父上の策には賛同出来ません。」
「いいか、オルナ。これは決まったことなのだ。お前と議論するつもりはない。命令だ。」
「拝命しかねます。」
「いいか、撃竜祭より一月後、お前はレツカ帝国に行く。その後、一年の間レツカ帝国で学べ。お前の家臣共にしっかり伝達しておけ。」
「では、最期に質問を。」
「許可する。」
「なぜ、エルではなく、オレなのですか?」
「オルナ。お前は優秀だ。お前は一人で生きて行けるが、エルには出来ない。エルはまだ親の手が必要なのだ。」
「チッ。」

金髪の少年は伏し目がちに舌打ちをした。

その後オルナは、速やかに部屋を辞して少し行った後、廊下の壁を殴った。その目は黒く濁り、怒りの業火が燃え盛っている。

「バカが。」

金髪の少年は、そう吐き捨てる。握り締めた拳は血が出るほど強く皮膚に食い込み、噛み締めた歯は砕けんばかりに強く閉ざされていた。しばらくして、力を緩め、彼は言う。

「ジーピー、いるか。」

誰も居ない廊下で独り言のように呟くと、柱の陰から音も無く一人の顔を隠した男が現れる。男は国軍の諜報機関である暗部に属しており、その身のこなしは伊達ではない。

「ここに。」
「日を決めた。撃竜祭当日だ。用意しろ。」
「はっ。」
「間に合わなければ殺す。」
「はっ。」

そう言うと男はまた音も無く、溶けるように柱の陰に隠れ、消えた。少年は呟く。

「バカどもが。せいぜい死んで改めろ。」





『撃竜八傑伝』(現代訳:トーダ・チーエ)末章より
"スタテンドなきあと、生き残った人々は唯一被害の無かった都市ギルボルグに集い、スタテンドの弟を中心に復興活動を始めた。
その最中、一度だけ死んだはずのスタテンドの魂が現れ、人々に二つの言伝をしたという。

一つ、年に一度鎮魂の祭りを開く事。
二つ、世界に唯一の国を創り、子子孫孫に至るまでこの出来事を語り継ぐ事。

その後、それを聞いた人々は、スタテンドの弟を国王として推挙し、スタテンドの弟は応えて国を作った。兄であるゼロ・スタテンドを初代国王として、自分は二代目を名乗った。
スタテンドの弟は、兄の言伝を守る為、撃竜祭と称する鎮魂祭を催し、私に史書の編纂を求めた。

私にとっては、とても迷惑な言伝となった。今度会うことがあれば、スタテンドを殴ると心に決めている。"
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