第2-10話 中央広場での思い出

文字数 1,635文字

エルとユーハは、中央広場に辿り着いた。中央広場には、竜との戦いの後ここを拠点に復興が始まったことから、あまねく街道が繋がっていて、広場の噴水の中央には、千年前に製造された初代国王を模した大きな石像が建っていた。

「あれは初代国王ゼロ・スタテンド様。世界を統一し、竜を倒したと云われている人の像だ」
「それくらい知っているよ。悪しき竜を滅ぼした英雄。国を作った僕たちのご先祖様。そして、初代国王のその功労に感謝して、労う日がもうすぐやってくる撃竜祭。二年前にも聞いたよ」

『撃竜八傑伝』においては、撃竜祭は鎮魂を目的として始まったものだが、今となっては複写であっても全文を手に入れられる者は殆どなく、一部で読み聞かせられているに限られるため、撃竜祭のその意味を正しく理解する者は少ない。エルもユーハも例に漏れず、誤解していた。

エルはその像を見上げて思い出す。

二年前。
オルナがここで開催される剣術の大会に出るというので、エルは見学に来たことがあった。

この大会は、初代国王の竜退治の人員選抜が発祥とされる、由緒正しき有名なもので、多額の賞金も出るため、国中の腕自慢が集まる。この国では撃竜祭そのものよりも、こちらの大会の方を楽しみにしている住民も多かった。

通常であれば、負けてしまい、王族の権威を落とすことがないように、王族の出場は許可されない。その点、オルナは特別だった。


初戦の相手は優勝候補の男で、二度優勝したことがある強者だった。オルナはまだ十代前半の子供であり、体格差や膂力などを考えれば、この男に劣ることは明白だった。

当然ながら、優勝候補の男は勝利を確信し、試合開始前にオルナを鼻で笑った。観客も王族がやられるところを期待していた。しかし、オルナは初撃こそ受け切れず体勢を崩したが、その後圧倒した。


静かな試合となった。
観客は途中から声を出す事を控えていた。まるで、獅子が彷徨う草原で、物陰に息を潜める兎のように、物音を立たずに潜んだ。絶対にこの男の標的になってはいけない。そう本能が訴えかけ、人々を無言にした。

この大会を長年見てきた住民たちも初めて見る光景だった。それほど人が痛めつけられたのだ。オルナの対戦相手の男は血を吐きながら、涙を流しながら、懇願しながら、剣を振り続けた。途中観客の何人かは吐き気を催して離席するほどに。しかし、決してオルナに届くことはなかった。それでも男は何故か剣を振り続け、オルナがそれを嘲笑いながら相手を木剣で打つ構図が続いた。

オルナが飽きたところで、オルナの一撃により男は失神して、試合は決した。

あれほど自信に溢れていた男は、壊れた人形の様にビクビクと身体を震わせながら、嗚咽を垂れ流し、医務室へ運ばれた。

不審に思ったユーハは、退場するオルナの前に立ちはだかり、睨みつけた。そして、「あの男に何をしたのか」と質した。オルナは目をくれることもなく、端的に答える。

「オレに一撃を当てれなければ、妻子を殺すと言っただけだ」

元教育係として憤るユーハの前に、オルナの部下の男達が割って入った。暗部の者と察したユーハは警戒を露わに後ずさる。ユーハが動けば、刺し違えてでも止めるのだろう。そういう命を軽々しく扱う者特有の臭いをユーハは感じた。

こんなところで死ぬわけにもいかぬと、オルナが離れ切るまで動けず、ただただ歯痒さを噛み締めるのみとなった。数年前までオルナのお目付役だった自分の教育の誤りを悔いながら。

その後、大会の方は全員棄権により、オルナの優勝となった。

そして、"千年に一度の傑物『獅子王』"とあだ名され、その名声は地方の田舎にまで轟いた。一方、エルは未だに剣術の大会への出場も果たせず、公務もほぼ無いため、無名の存在だった。

今、初代国王の姿を見て、エルはそんな強い兄の姿を思い出していたのだった。エルはそのときの年齢のせいもあり、試合中のオルナの所業は知らない。故に、羨望の対象としてしか覚えていない兄に一歩でも近付きたいとエルは思っていた。

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