第13話 引き篭もり
文字数 2,604文字
決意を固く胸に刻み、朝食をゆっくりと平らげて、早速出る準備を進めた。六月になって、じわりじわりと暑さが湿気と共に訪れ始めていたが、実家に戻ってみると案外天候はカラっと爽やかなものだったので、ユースケもラフな格好に着替える。そうしてそろそろユズハの家へ向かおうかというタイミングで、ユリがユースケの部屋に訪れた。
「お兄ちゃん、ユズハさん何があったのか知ってるの?」
「ああ」
「……私、何も知らないからなのかな。行っても何も言ってくれなかったし、顔すら合わせてもらえなかった」
「……ったく、俺の妹を悲しませやがって、許せねえなアイツは」
「……お兄ちゃん、無事に帰ってきてね」
「別に死にやしねえよ」
ユリは玄関先までやって来てユースケを見送った。ユースケもユズハの家までの短い道のりを、振り返って飛行機の方を眺めながら歩いた。
飛行機は相変わらず雄々しく構えていた。もう空を飛ぶことすら出来ないであろう飛行機は、それでも立派な存在感を放ちながら自然の中に溶け込んでいた。変わらないその姿が、ユースケを大学校の学生から幼少期や高校生の頃のユースケへと引き戻すようであり、胸が切なくなった。
ユズハの家の前に立つと、ユズハが今にもその玄関を開けて出てくるのではないかと期待してしまいそうになるが、そんなことは決してなかった。意を決して戸を開けて、「ユースケです!」と声を掛けると、意外なことにリビングの方からユズハの母親がやって来た。
「あ、ユースケ君……いらっしゃい」
「おばさん、こんちは」
ユズハの母親は、記憶の中の姿と異なって頬は痩せこけ、くたびれた印象を受けたが、それでも相変わらず優しい雰囲気を失わずに纏っていた。
ユースケは会釈してから、ユズハの部屋に真っ直ぐ向かい、そして躊躇わずにその扉を開けようとした。しかし、中でバリケードか何か張られているのか、扉が開く気配はなかった。思わず扉をどんどんと叩く。
「あんにゃろう、いよいよ引き篭もりじゃねえか……すんません急にやって来て、とりあえずリビングの方へ行って良いですか?」
「ふふっ、どうぞ」
ユズハの母親は快く了承してくれて、ユースケは居間で腰を落ち着けた。ユースケとしては、話をしてくれるまで昔のようにユズハの部屋で泊まり込みで居座って辛抱強く待つつもりでいたのだが、そもそも部屋すら入れさせてもらえないとは思わず、ユースケはどうしようかと考えていた。
すると、台所でお茶を用意してくれたユズハの母親が、ユースケにその茶を差し出した途端に目尻からぽろぽろと涙を零した。
「お、落ち着いてくださいっておばさん」
「ごめんなさい……何だか、急に懐かしくなっちゃって……」
ユズハの母親の吐露に、ユースケも何も言えなくなった。
自身もお茶を飲んで少しは落ち着いたのか、ユズハの母親は「それじゃあ、私もそろそろ行かなくちゃいけないから」とユースケに家を任せて外に出てしまった。その無防備さも懐かしくて、ユースケはしばらく感傷に浸ってしまったが、その想いも押し殺してユズハをどうにかしなければならないと、苦しいながらも気を奮い立たせて何とか立ち上がる。
出されたお茶も一気に飲み干して、ユースケは再びユズハの部屋の前に立つ。手始めにコンコンとノックしてみるも、当然のように返事はない。続けて強く、ドン、ドン、とノックしてみるもやはり返事は来ない。部屋の中で動いている気配すら感じず、本当にいるのかと疑いたくなる。
「ユズハ、そこにいるんだろ? 俺のこと忘れたんならしょうがねえけど……そんなわけ、ないよな」
扉がびくともしないことから、張ってあるバリケードも相当に分厚いのだろうかと思い、きっと自分の声すらもそんなに聞こえないかもしれないと考えつつも、ユースケはユズハに語りかけずにはいられなかった。
「俺とお前は、いつも一緒だったよな。気がつけば一緒だった。俺にとってみれば、ユリよりも付き合いは長く感じる。ずっと見てきた俺だから……お前がそんな風に引き篭もってるのが、納得いかねえんだよ」
いつもの憎まれ口も、小ばかにするような笑いもないユズハなど、違和感だらけでしょうがなかった。ユースケは、この声が届くことをひたすら信じて、ユズハとの日々を思い返しながら語るのを止めない。
「ユズハ、言ったよな。俺のふざけた生態知ってる奴なら、死ぬなんてバカバカしく感じるって。なあ、そんなとこにいるのはバカバカしくないのかよ。俺のこと一番知ってるお前は、本当にそこで閉じこもってるのが良いことだと思ってんのかよ」
それだけ言っても、ユズハの家はしんと静まり返るだけで何事もなかったかのように時間だけが虚しく過ぎた。ユースケもユズハがこれだけ言っても意地を張って何も反応を示さないことは想定の範囲内だった。ユズハも、ユースケに似て頑固なのである。
「なあ、というか本当にお前、この部屋の中にいるよな? 違ったら俺、相当恥ずかしいんだが。それだけでも教えてくれよ、なあ」
そろそろお腹も減り始め、そう言えば昼食のことを全く考えていなかったと思ってから、ユズハも昼食のために何かしらアクションを起こすかもしれないと思い至ったユースケは、そのことに期待してもう一度扉の向こうへ呼びかけるが、やはり部屋の中で何かが動く気配すらなかった。
しかし、しんと静まり返っていたかと思うと、突然、扉が向こう側からドンと思いっきり打ちつける音が聞こえてきた。扉に耳を当てて様子を窺っていたユースケは、その振動と音に尻餅着きそうになるも、ようやく多少の手応えを感じられ、ほっと胸を撫でおろす。
「よーし、俺も今から昼食食って、十分後にはまた戻ってくるからな。持久戦なら俺だって得意だ、覚悟しろよ」
ユースケは扉のすぐ向こうにいるであろうユズハに向かってそう宣言してから、急いで自分の家に戻った。ユリたちはもうすでに出ており、適当に冷蔵庫に入っている物を食べようと思っていたが、テーブルの上にちょこんと皿に盛られたおにぎりが置いてあった。傍らには手紙も置いてあった。
『お昼ご飯。どうせ何も考えずに飛び出したお兄ちゃんのために用意しておいたよ』
「ユリ……ナイスすぎるぜ」
ユースケはそれをありがたく受け取って、再びユズハの家へ向かった。おにぎりを抱え、再びユズハの部屋の前で座ると、その場でおにぎりにかぶりついた。
「お兄ちゃん、ユズハさん何があったのか知ってるの?」
「ああ」
「……私、何も知らないからなのかな。行っても何も言ってくれなかったし、顔すら合わせてもらえなかった」
「……ったく、俺の妹を悲しませやがって、許せねえなアイツは」
「……お兄ちゃん、無事に帰ってきてね」
「別に死にやしねえよ」
ユリは玄関先までやって来てユースケを見送った。ユースケもユズハの家までの短い道のりを、振り返って飛行機の方を眺めながら歩いた。
飛行機は相変わらず雄々しく構えていた。もう空を飛ぶことすら出来ないであろう飛行機は、それでも立派な存在感を放ちながら自然の中に溶け込んでいた。変わらないその姿が、ユースケを大学校の学生から幼少期や高校生の頃のユースケへと引き戻すようであり、胸が切なくなった。
ユズハの家の前に立つと、ユズハが今にもその玄関を開けて出てくるのではないかと期待してしまいそうになるが、そんなことは決してなかった。意を決して戸を開けて、「ユースケです!」と声を掛けると、意外なことにリビングの方からユズハの母親がやって来た。
「あ、ユースケ君……いらっしゃい」
「おばさん、こんちは」
ユズハの母親は、記憶の中の姿と異なって頬は痩せこけ、くたびれた印象を受けたが、それでも相変わらず優しい雰囲気を失わずに纏っていた。
ユースケは会釈してから、ユズハの部屋に真っ直ぐ向かい、そして躊躇わずにその扉を開けようとした。しかし、中でバリケードか何か張られているのか、扉が開く気配はなかった。思わず扉をどんどんと叩く。
「あんにゃろう、いよいよ引き篭もりじゃねえか……すんません急にやって来て、とりあえずリビングの方へ行って良いですか?」
「ふふっ、どうぞ」
ユズハの母親は快く了承してくれて、ユースケは居間で腰を落ち着けた。ユースケとしては、話をしてくれるまで昔のようにユズハの部屋で泊まり込みで居座って辛抱強く待つつもりでいたのだが、そもそも部屋すら入れさせてもらえないとは思わず、ユースケはどうしようかと考えていた。
すると、台所でお茶を用意してくれたユズハの母親が、ユースケにその茶を差し出した途端に目尻からぽろぽろと涙を零した。
「お、落ち着いてくださいっておばさん」
「ごめんなさい……何だか、急に懐かしくなっちゃって……」
ユズハの母親の吐露に、ユースケも何も言えなくなった。
自身もお茶を飲んで少しは落ち着いたのか、ユズハの母親は「それじゃあ、私もそろそろ行かなくちゃいけないから」とユースケに家を任せて外に出てしまった。その無防備さも懐かしくて、ユースケはしばらく感傷に浸ってしまったが、その想いも押し殺してユズハをどうにかしなければならないと、苦しいながらも気を奮い立たせて何とか立ち上がる。
出されたお茶も一気に飲み干して、ユースケは再びユズハの部屋の前に立つ。手始めにコンコンとノックしてみるも、当然のように返事はない。続けて強く、ドン、ドン、とノックしてみるもやはり返事は来ない。部屋の中で動いている気配すら感じず、本当にいるのかと疑いたくなる。
「ユズハ、そこにいるんだろ? 俺のこと忘れたんならしょうがねえけど……そんなわけ、ないよな」
扉がびくともしないことから、張ってあるバリケードも相当に分厚いのだろうかと思い、きっと自分の声すらもそんなに聞こえないかもしれないと考えつつも、ユースケはユズハに語りかけずにはいられなかった。
「俺とお前は、いつも一緒だったよな。気がつけば一緒だった。俺にとってみれば、ユリよりも付き合いは長く感じる。ずっと見てきた俺だから……お前がそんな風に引き篭もってるのが、納得いかねえんだよ」
いつもの憎まれ口も、小ばかにするような笑いもないユズハなど、違和感だらけでしょうがなかった。ユースケは、この声が届くことをひたすら信じて、ユズハとの日々を思い返しながら語るのを止めない。
「ユズハ、言ったよな。俺のふざけた生態知ってる奴なら、死ぬなんてバカバカしく感じるって。なあ、そんなとこにいるのはバカバカしくないのかよ。俺のこと一番知ってるお前は、本当にそこで閉じこもってるのが良いことだと思ってんのかよ」
それだけ言っても、ユズハの家はしんと静まり返るだけで何事もなかったかのように時間だけが虚しく過ぎた。ユースケもユズハがこれだけ言っても意地を張って何も反応を示さないことは想定の範囲内だった。ユズハも、ユースケに似て頑固なのである。
「なあ、というか本当にお前、この部屋の中にいるよな? 違ったら俺、相当恥ずかしいんだが。それだけでも教えてくれよ、なあ」
そろそろお腹も減り始め、そう言えば昼食のことを全く考えていなかったと思ってから、ユズハも昼食のために何かしらアクションを起こすかもしれないと思い至ったユースケは、そのことに期待してもう一度扉の向こうへ呼びかけるが、やはり部屋の中で何かが動く気配すらなかった。
しかし、しんと静まり返っていたかと思うと、突然、扉が向こう側からドンと思いっきり打ちつける音が聞こえてきた。扉に耳を当てて様子を窺っていたユースケは、その振動と音に尻餅着きそうになるも、ようやく多少の手応えを感じられ、ほっと胸を撫でおろす。
「よーし、俺も今から昼食食って、十分後にはまた戻ってくるからな。持久戦なら俺だって得意だ、覚悟しろよ」
ユースケは扉のすぐ向こうにいるであろうユズハに向かってそう宣言してから、急いで自分の家に戻った。ユリたちはもうすでに出ており、適当に冷蔵庫に入っている物を食べようと思っていたが、テーブルの上にちょこんと皿に盛られたおにぎりが置いてあった。傍らには手紙も置いてあった。
『お昼ご飯。どうせ何も考えずに飛び出したお兄ちゃんのために用意しておいたよ』
「ユリ……ナイスすぎるぜ」
ユースケはそれをありがたく受け取って、再びユズハの家へ向かった。おにぎりを抱え、再びユズハの部屋の前で座ると、その場でおにぎりにかぶりついた。