第25話 明るい未来を期待して

文字数 3,319文字

 しかし、明るいシオリの口調から飛び出てきた言葉に、満面の笑みで盛り上げようと身構えていたユースケも笑えなかった。
「私が入院しているとき、病院の窓から眺めていたらサッカーをしている人たちがいたんです」
 シオリは大学校には通っているものの入学直後から身体が急に弱くなり始め、時折大学校付属の病院に入院していたそうである。その際に授業に置いて行かれないように勉強を進めながらも——実際は何故か授業に参加している人たちよりも優秀な成績を修めることがしばしばであったそうだが——暇な時間に窓の外を眺めてみると、案外近くに運動場があり、そこでサッカーをしている人たちがいて、その練習風景を眺めるのにハマったそうである。
「一度、サッカー部の方たちが私の入院している病院に訪れるときがあって、私、そのときに勇気を出して話しかけに行ったのです。大学校で一人だった私にとって、サッカー観戦は数少ない娯楽の一つでしたから、一度お礼を言いたくて」
 部員の一人が練習中に倒れたということで病院に搬送していった日があったそうである。その日、タケノリたちも病院の待合室でその部員の診察が終わるのを待っているとき、タケノリがトイレに席を立って、そこをシオリが掴まえたということらしい。日頃、練習風景を見ていていつも応援しているという旨を伝えたそうであるが、当のタケノリはすっかり惚れてしまい、トイレから戻ってきても部員にその話を伝えるのを忘れていたらしい。情けない話であった。
「一目惚れかよ」
「お前も似たようなもんじゃねえか」
 ユースケはそうタケノリをからかったが、確かにいきなりこんなに気品のある美少女にそんなことを言われた日には、自分も惚れてしまうだろうなと感じた。
 それから今度はタケノリからのアプローチが続き、やがて付き合うことになったらしい。何か途中を端折られたような気もするが、シオリが入院していたというところから始まった話であるので何やら重い話があるのかもしれない。ユースケはそう考えてそれ以上追及しなかったが、本当にそんな事情があったのかと思うほど、シオリは終始明るく話してくれた。常に浮かべる屈託のない笑みは、育ちの良さとシオリの純粋な性格を表しているようであった。
 いつの間にか食事を終えても、話の熱はまだまだ冷めないままで、シオリがフローラを誘って皆の分の水を淹れに席を立った。彼女たちが席を立つ前に、ユースケはシオリの身体が弱いことを聞いていたのでそれはどうしたものかと考えたが、タケノリが素直にシオリに礼を言って見送ろうとしているのを見て、ユースケも変に気を回さない方が良いだろうと考えた。
 離れていく二人の背中を眺めていたタケノリの表情が難しいものになった。
「シオリ、今じゃあんなに明るいけど、俺が会ったときは本当に暗かったんだ」
「あり、そうなのか」
「ああ……その様子がな、ちょっと……セイラと似ててな。ほっとけなかった」
「……そうなんだな」
 シオリとフローラが水を淹れるにも愉しそうにしている光景を、タケノリは愛おしそうに眺めているのを見て、ユースケは先ほど「一目惚れだろ」と茶化したのが恥ずかしくなってきた。しかしタケノリは、そんなことも気にしていないかのように、ユースケにこう言った。
「……お前がセイラを励ましてくれたときのように、俺もそのときを思い出して、何とか彼女に接してたんだ。そしたら、シオリも元気になっていって、そして……今みたいになった。俺がシオリと一緒にいられるのもユースケのお陰だ。ありがとう」
「……それ、言うお前も言われる俺も恥ずかしくね? それに、俺は何もしてないだろ。全部タケノリの力だよ、そんなことで俺に恩に着させようとすんな」
「……ありがとう」
 しばらくしてシオリとフローラが帰ってきて、ユースケとタケノリはありがたく水を受け取る。一口飲み、喉を通ると口の中が心なしかさっぱりして気持ちが良い。爽快感に満たされた口は軽そうだった。
「ねえユースケ。惑星ラスタージアに行けたら、本当に私と結婚してくれるの?」
「ぶっ!」
 唐突にフローラにそう訊かれてユースケは思いっきり噴き出した。水を口に含んでいなかったのだけが幸いだったが、目の前に座るタケノリが身を引きながら「きたねえって」と慌ててハンカチを取り出していた。
「あれは、あのときユースケが私を想って勢いで言っただけだと思ってたけど、シオリは絶対そうじゃないですよってしつこくって。で、どうなの?」
 言葉だけ取り上げてみれば、シオリがしつこいから仕方なく訊いた、という体だが、そう尋ねてくるフローラの声音は何かを期待するように緊張していた。ユースケも、それこそ勢いに任せて答えそうになったが、わずかに滲み出るフローラの緊張を感じ取って、一呼吸置いた。そして、ユリが言っていたこと思い出す。
「当ったり前だろ。俺が幸せにするって言っただろ。俺が幸せに出来ると思ったときに結婚するからな、忘れるなよ」
 軽そうな言い振りであるが、ユースケは至って真面目である。その感情は全員にも伝わったのか、期待するように見ていたフローラもふっと表情が和らぎ、斜め前に座るシオリもはっと口元を手で覆い目を見開いて瞬きもせずに顔を赤くさせていた。その横でタケノリが「結婚忘れるなよって言う奴初めて見た」と可笑しそうに肩を揺らしながら、顔を赤くさせるシオリの肩を叩いて水を飲ませるようにしていた。シオリもそこで正気を取り戻し水をこくこくと飲み始める。
「私が、もしユースケ以外の人を良いと思ったら、どうすんの?」
「いいや、俺が一番幸せにできるね、間違いない」
「……私のことを幸せに出来ると思ったときっていうのがいつまでも来なかったら、私はどうすれば良い?」
「いいや、その自信は絶対にいつか出来るね。なんだよ、フローラは何も心配すんなって」
 ユースケがあまりにも自信たっぷりに即答するからか、フローラもそれ以上何か訊いてくることはなかった。しかし、口の端から零れそうになる感情がユースケの心を温かくさせ思わず微笑むと、フローラも堪えられないというように口角を上げる。
「ユースケは相変わらずすげえ奴だよな。昔はノートに涎の染み作って遊んでたってのに、今じゃ彼女といちゃつきながら宇宙船の研究かあ」
「おいそこ、持ち上げると見せかけてフローラの前でそんな黒歴史を話すんじゃねえ」
「ユースケが授業中寝てて涎垂らしてたってこと? 全然余裕で想像できるけどね」
 タケノリの暴露した話にフローラは愉しそうにケラケラと笑っていた。その笑い方があまりにも明るく、悔しいことに可愛らしかったので、ユースケもタケノリの暴露を許すことにしたが、それでもタケノリが終始ニヤついているのが気に食わなかった。
「私、ユースケさんに会えて良かったと心から思いました」
 水を飲んでいくらか落ち着いたのか、シオリの顔の赤みも少し和らいでいた。先ほどもフローラが結婚しようと言われた云々の話を聞いてドキドキしていたと言っていたことから、シオリは興奮しやすいのだろう。
「私とタケノリさんを会わせてくれたのはユースケさんなのだと確信出来ました。ありがとうございますユースケさん。私も、僭越ながらユースケさんの宇宙船の研究が上手く行くことを祈っています」
「いや、えっと、それはありがとうございます……何でお礼を言われるのか分かってないけど、これ大丈夫?」
 シオリがあまりにも綺麗な所作で頭を下げるので、ユースケも圧倒されてしどろもどろになりそうである。その上シオリの文言もいまいち理解できていないユースケは、助けを求めるようにタケノリを見るも、タケノリはずる賢そうな笑みを浮かべるだけであった。タケノリは当てにならないと、次にフローラにその視線を向けると、フローラもユースケのことを見ていた。フローラの青い瞳がユースケの目と合うと、フローラは小さく、嬉しそうに声を弾ませた。
「ほらね、ユースケは色んな人を勇気づけてる」
 フローラのそれは、まるで誰かに自慢する少女のようだった。フローラの綺麗に透き通った青い瞳が潤んでさらに輝きを増していた。
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登場人物紹介

ユースケ

主人公。能天気で素直な性格。生まれつき体の弱い妹のユリを溺愛する。

ユズハ

ユースケの幼馴染み。ユースケと違って真面目なしっかり者。

ユリ

ユースケの妹。体が弱く学校に通えず、母親の手伝いをして過ごしている。

タケノリ

ユースケやユズハの幼馴染み。フットサル部に所属する好青年。

カズキ

ユースケたちの友達。ユースケと並んで成績が悪いお調子者。

セイイチロウ

ユースケたちの友達。長身ながら臆病者。ユズハに好意を寄せている。

アカリ

ユースケたちと幼馴染みでユズハの親友。ユースケに好意を寄せる。

ユミ

ユースケたちの同級生で学年一の成績を誇る。

リュウト

ユースケと同期のイケメン枠。工学府に所属する。

ユキオ

臆病でびくびくしている。ユースケ、リュウトと同じく工学府に所属する。

チヒロ

リュウトの彼女。友好関係が広い。社会開発学府に所属する。

フローラ

突如大学校の書店で働き始めたブロンドヘアの美女。

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