第9話

文字数 2,852文字

 真上から照らされる日差しに汗が噴き出てきて、ユースケは首に巻いたタオルで額や首元を拭う。そうして真顔で鍬を降ろし続けているうちに、老人に肩を叩かれ、「次はこれを撒く」と言って白い粉がパンパンに入った袋を見せてきた。その袋は、畦道にちょこんと建てられた小屋の周辺に大量に置かれていた。ユースケは再び老人たちの手つきを必死に観察しながら、自分もその袋を手に取って、耕したばかりの土地にばら撒きながら、すぐにその部分を鍬で耕していった。丸めた腰を何度も上げ下げしているせいで、次第に立ち上がったり深く屈めたりするだけでじんわりと痛みが広がっていく感覚を味わうことになった。それでもユースケは音を上げることなく、根気強く老人たちを先回りするようにどんどんその作業を進めていった。
 やがて午前中に耕した部分を一通り白い粉を撒いて耕し終える頃になると、ユースケの腹は思い出したようにぐうっと音を鳴らした。空腹を意識してしまうと、途端に力が抜けていくような錯覚に陥り、ユースケは地べたに情けなく尻餅着いた。何人かの老人が心配そうにユースケの様子を見に来るが、そのタイミングでもユースケの腹が鳴り、朗らかに笑った。大袈裟に参ったような表情を浮かべて腹を鳴らすユースケを見かねて、老人の一人がおにぎりを持ってきてくれた。ユースケは学校での照り焼き弁当を懐かしく思いつつも、そのおにぎりを頬張ると、中に照り焼きのような肉の塊が入っており、ユースケは頬張るようにむしゃくしゃと食べ進めた。
 午後はまた別の場所で作業するようであった。ユースケはコトネに何か許可をもらった方が良いのかと迷ったが、今朝は老人たちの手伝いをするようにとしか言われていない為、ユースケは勝手に引き続き老人たちの手伝いをすることに決めた。それまで得体の知れず、何が目的なのかも分からなかったユースケを不審がっていた老人たちであったが、午前中のユースケの働きぶりを見て、ユースケが午後も手伝うと宣言したときには笑顔で迎えてくれるようになった。
 午後からは、ユースケの家でも慣れた小麦やじゃがいもの収穫作業だったので、ユースケは慣れた手つきで皆を手伝っていった。昔からユリが心配で何かとユリが出るときには同行していたが、その際に家で育てているじゃがいもの世話をユリと一緒によく手伝っていたものだった。籠一杯に詰まった収穫物を運ぶのもユースケが率先して行うと、老人たちからは感謝の声が上がった。
 午後もそうして作業しているとあっという間に陽も暮れていき、老人たちは終了の合図を出し合った。ユースケは収穫したものをどうすれば良いのかと爺さんに尋ね、小屋の中に保管する場所があるからと案内された。ユースケはその小屋と畑を何往復もしてようやく今日の分の収穫物を運び終えて、身体を伸ばした。
 ぞろぞろと老人たちが帰る方向に向かっており、ユースケもようやくこれで終わりかあと、腕を伸ばしながらその老人たちの後をついていくと、途中でコトネに合流した。奇抜な服装は町全体の習わしかと疑っていたが、遠目にもすぐに目を惹くコトネの服装に、やはりコトネだけが特殊なのだと再認識した。コトネもユースケの存在に気がつくと、それまで穏やかに他の者たちに微笑みかけていたにもかかわらず、気まずそうな表情へと変わった。それが何となく気に食わなく、ユースケも眉間に皺を寄せる。
「手伝ってきたぞ。これで文句ないか」
 コトネの傍まで駆け寄って、踏ん反り返りながら偉そうにユースケが話しかけるが、コトネは「お疲れ様」と素っ気なく返しただけだった。足も止めずにどんどん先へ行くコトネに納得がいかなかったユースケは、怒ったように足を大袈裟に動かしてその後を追いかけた。
 ユースケは連日老人たちの手伝いをし続けた。麦わら帽子をかぶった老人たちからは日に日に信頼が積み重なり、歓迎されるようになったが、その態度とは対照的に、コトネは一向にユースケに冷めた態度を取り続けた。コトネの家に戻ってきても会話は少なく、食事は一緒に用意してくれるのだが、コトネは食事が終わるとノートを取り出して真剣な表情で書き込んでいくのを見て、ユースケの方が気まずく感じその部屋を去り自分に与えられた部屋へと戻る。しかし、コトネがああしているのも、ユースケと話したくないがためのポーズなのかもしれないと次第に思うようになった。
 コトネが何をしているのかは何も知らなかったが、毎朝のようにユースケを叩き起こして一緒に出掛け、大体ユースケと同じぐらいの夕暮れ時に一緒に帰ってきた。ユースケも初めの数日は手伝いに疲れて散歩する気力も湧かずにそのまま家でごろごろして、念のために数冊持ってきた学校の教科書を開くこともなかったため、未だに距離の掴めない人物と一緒の空間に居るというのが気まずくてしかたがなかった。
 この町に訪れてから二週間が経ち、次第に手伝いも慣れていき、学校のことを辛うじて覚えていたユースケは、とりあえず今まで行っていなかった分を取り戻そうかと考え、徐々に教科書を開くようになっていった。しかし、与えられた部屋には文字通り物がほとんどなく、机も椅子もないため寝っ転がりながら教科書を開くことになるのだが、そんな体勢では日中外に出て作業を手伝っていることもあってすぐに眠気が襲ってきた。困ったユースケは、悩んだ挙句、毎朝毎晩食事をする部屋にやって来て、コトネの向かいに座って教科書を開いた。急に現れたユースケにコトネは目を見開いていたが、特に何を言うでもなくノートに視線を落として作業を再開させた。ユースケも教科書に視線を落として、自分なりに感じたことをメモしていきながら読み進めていった。
 しかし、今度は向かいからペンを走らせる音や、微妙な息遣いが気になり始め、集中力が途切れがちになった。それはコトネの方も同じだったようで、時折走らせているペンを止め、ぼんやりとした目つきでペンを回していた。
「あのさ」
 気まずい沈黙に耐えかねたのか、コトネが静かに話しかけてきた。
「あんた、何でこんなところに来たの。学校はどうしたの」
 コトネは気まずそうに口を開きながら、ゆっくりと問いかけてきた。抑揚のない声にその思惑は読めなかったが、これまでの素っ気ない態度に反してユースケに対する敵意は見当たらなかった。ユースケもちらりと教科書の上からコトネの顔色を窺うが、せっかくの良い顔立ちも死んだように無表情だった。
「学校はサボってきた。今の俺には、学校の内容よりもこっちの方が気になることだからな」
「……呆れた行動力」
 ユースケの答えにコトネが深いため息をつく。その後コトネが黙ったのでユースケも教科書に視線を戻すが、何故だか先ほどまでよりも集中できなくなっていた。文字が全く頭に入って来ず、文章が滑っていった。急に勉強をしてこなかった時の気分がやって来て、教科書に落書きしたい欲に駆られていると、再びコトネの口が開く気配を察知した。
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登場人物紹介

ユースケ

主人公。能天気で素直な性格。生まれつき体の弱い妹のユリを溺愛する。

ユズハ

ユースケの幼馴染み。ユースケと違って真面目なしっかり者。

ユリ

ユースケの妹。体が弱く学校に通えず、母親の手伝いをして過ごしている。

タケノリ

ユースケやユズハの幼馴染み。フットサル部に所属する好青年。

カズキ

ユースケたちの友達。ユースケと並んで成績が悪いお調子者。

セイイチロウ

ユースケたちの友達。長身ながら臆病者。ユズハに好意を寄せている。

アカリ

ユースケたちと幼馴染みでユズハの親友。ユースケに好意を寄せる。

ユミ

ユースケたちの同級生で学年一の成績を誇る。

リュウト

ユースケと同期のイケメン枠。工学府に所属する。

ユキオ

臆病でびくびくしている。ユースケ、リュウトと同じく工学府に所属する。

チヒロ

リュウトの彼女。友好関係が広い。社会開発学府に所属する。

フローラ

突如大学校の書店で働き始めたブロンドヘアの美女。

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