第14話

文字数 2,891文字

「何か教室の雰囲気怖くね? どったの?」
 カズキがきょろきょろと周囲を見渡しながら、ユースケと同じのり弁を口に運ぶ。タケノリが決めつけたようにユースケに顎をしゃくるが、ユースケはそれを無視してヤケクソ気味に弁当にしゃぶりついた。
「どうせユースケが何かしたんだろ」
「おい、追い撃ちかけてくるな」
 わざわざ口に出して指摘してくるタケノリにユースケが言い返すと、タケノリは可笑しそうに喉奥で笑いながら肩を揺らした。
「なんだ、やっぱりユースケの仕業かよ」
「二週間いなくなったときも静かになったし、ユースケはトラブルメイカーだな」
 ここぞとばかりにカズキとセイイチロウが畳みかけてきて、苛ついたユースケは、ひょいひょいとカズキの弁当のおかずとセイイチロウのおにぎりの具を盗んでいく。カズキが憤慨して取り返そうとしてくるのでユースケはさっさと盗んだおかずを食べきった。それに対してセイイチロウは、具を盗まれたことにまるで気づいていないかのようにのんびりと食べていた。
「ま、いいや。ノート写すのは終わったのか? いい加減貸すのも飽きたんだけど」
「いや、実はそれのせいでこの空気になっちゃってると言いますか……というか、飽きるってなんだよ飽きるって」
「それのせい? どういうことだよ」
「それは良いから、飽きるってどういうことだよ、なあ」
「良くねえ。どういうことだよそれ」
 ユースケがタケノリの発言を追及している横からカズキが話を掘り返そうとしてきて、会話がしっちゃかめっちゃかである。「飽きたもんは飽きた」と答えるタケノリに、ユースケが首を絞めようかと近づくとタケノリは弁当を抱えたまま席を立って逃げる態勢に入る。リスク管理の出来ているタケノリを捉えるのは大変そうだと判断したユースケは、代わりに横から「なあ、どういうことだよ、なあ」と面白がってしつこく尋ねてくるカズキの首を絞めた。カズキから助けを求められてもセイイチロウはそれを無視して、一つ目のおにぎりを食べ終えるとそのまま二つ目のおにぎりを静かに食べ始めた。
「もうすぐ夏休みかあ」
 二つ目のおにぎりの具が見え始めた頃、セイイチロウは窓の外を眺めながら感慨深げに呟いた。カズキの首を絞めていたユースケは、そのセイイチロウの発言にはっとして、手を緩めた。
 恒星ラスターの惑星であるラスターG、通称『ラスタージア』と慣れ親しんで呼ばれている惑星が綺麗に見える時期が近づいていた。

 ユミに断られ、かといって他に成績優秀な人など知らなかったユースケは、ユズハに聞くこともせず引き続き自力で勉強を進めようとした。しかし、どうにも休んでいた分の内容を理解できず悶々としているときに、図書館に見たこともない先生が入ってくるのを見かけた。髪もワックスを塗りたくっていると分かるぐらいテカっており、新品そうなネクタイが眩しい。その先生は、スーツに着させられているような感じで、額の汗を新品そうなハンカチで拭いながら図書委員の人に何かを尋ねている。その様子を見て、ユースケはようやく先生に教えてもらう、という考えを思い浮かんだ。
 試しに物理の先生に聞いてもらおうかなと職員室に出向いてみた。扉を開けると先生たちの視線が一瞬集まるが、訪れた人物がユースケであることを認識するとこの間のときと同じように驚いた顔になって急にあたふたし始めた。失礼な反応だと思いながら、ユースケはわざとその先生に物理の先生がどこにいるのかを尋ねたが、物理の先生は街に出て講演会に出席しているのでいらっしゃらない、とのことだった。街の賑やかさを思い出したユースケは、普段何気なく教室に現れて、のほほんと授業をしている身近な存在が急に大きな、遠い存在になったかのように感じられ、半ば感心していた。ユースケは未だに動揺しているようである先生に礼を言ってさっさと職員室を後にした。
 ユズハに聞くことにしよう。そう決めたユースケは、校内をぶらついてセイイチロウを探してから帰ることにした。

 休日、いつもより遅く起きぼんやりと朝食を食べながらチラシを眺めていると、惑星ラスタージアの新報が届いていた。見える期間は二週間ほどで、その期間はちょうど学校の夏休みが始まってすぐの日からだった。
 惑星ラスタージアはラジオの中でもちょくちょく耳にしていた単語であったが、それ以上にラジオを聞く以前から勉強もしていないユースケですら知っているほど有名な存在だった。希望の象徴、と皆が口を揃えて呼び、ユースケが昔から聞いていた話によると、自分たちの今いる惑星アースが大戦によって汚染する以前の環境とほぼ同じ自然と大気圏を有している惑星であるそうであった。大戦以前までにおいても惑星ラスタージアは発見されており、各国で宇宙進出も盛んに進んでいたが、そんな惑星もある、程度の認識でそこまで持て囃されていなかった。しかし大戦が終結し、惑星アース全体が汚染し始めその先が危ぶまれてきたときに、惑星ラスタージアへ注目が集まり評価が改められた。大戦に用いられた宇宙開発技術も奇跡的に大幅に残っているとはいえ、それでも惑星ラスタージアまで人類を載せて飛んでいく宇宙船の実現など夢のまた夢ではあったが、それでも先のない未来の暗い惑星アースにおける最後の希望の砦として研究が進んでいる、ようであった。
 見た目にも美しい惑星ラスタージアは、幼き頃からユズハのお気に入りで、幼少期から家族を連れてキャンプしながら眺めるのが恒例の行事となっていた。次第にその行事は家族と一緒から、友達と一緒となっていき、前回もユースケはユズハ以外にもアカリやタケノリたち、そしてタケノリの妹のセイラと一緒に観測していた。
「今回は行けると良いなあ」
 遅い朝食をしているユースケの横で、一緒にそのチラシを眺めていたユリが懐かしむように呟いた。顔色も悪くなく、元気そうにはきはきと喋っているが、今朝から熱を出したので田畑に出るのを休ませていた。
 身体の弱いユリは、去年身体を悪くして入院してしまっていたため惑星ラスタージアを見に行くことが叶わなかったのである。ユースケはユリの頭を撫でようとするが、いち早くその気配に気づいたユリは、その手から逃げて席を立った。
「お兄ちゃん、彼女さんとか出来た?」
 何事もなかったかのようにユリが唐突に訊いてきた。ユースケも避けられたことはあまり気にしていないようで考える素振りを見せるが、その様子にユリが「いや、彼女がいるかどうかってそんな考えること?」と白い目を向けてきた。
「いないぞ」
「即答できない時点で分かってるって」
 ユリはため息をつきながらもう一度ユースケの横に座ってくる。ユースケはもう一度ユリの頭を撫でるかどうか迷ったが、もう一度避けられたときには流石に傷つきそうだと思い、手を引っ込めて朝食を再開させる。ユリはその間も、惑星ラスタージアへのユリなりの思い入れやいかに見たかったかの話や、前回見られなかったときの入院生活がいかに退屈だったのかを話していた。ユースケもその話を静かに聞きながら、朝食を食べ終えた。
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登場人物紹介

ユースケ

主人公。能天気で素直な性格。生まれつき体の弱い妹のユリを溺愛する。

ユズハ

ユースケの幼馴染み。ユースケと違って真面目なしっかり者。

ユリ

ユースケの妹。体が弱く学校に通えず、母親の手伝いをして過ごしている。

タケノリ

ユースケやユズハの幼馴染み。フットサル部に所属する好青年。

カズキ

ユースケたちの友達。ユースケと並んで成績が悪いお調子者。

セイイチロウ

ユースケたちの友達。長身ながら臆病者。ユズハに好意を寄せている。

アカリ

ユースケたちと幼馴染みでユズハの親友。ユースケに好意を寄せる。

ユミ

ユースケたちの同級生で学年一の成績を誇る。

リュウト

ユースケと同期のイケメン枠。工学府に所属する。

ユキオ

臆病でびくびくしている。ユースケ、リュウトと同じく工学府に所属する。

チヒロ

リュウトの彼女。友好関係が広い。社会開発学府に所属する。

フローラ

突如大学校の書店で働き始めたブロンドヘアの美女。

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