第3話 シミュレーション

文字数 3,225文字

「それにですねシンヤさん。俺、本当に仮にの話なんですが、もし本当に仮に俺が志半ばでくたばったとしても、俺絶対後悔しないと思うんですよ。そのために生きて、最後までそのために出来ることをし続けることが出来たなら、間違わずに進み続けることが出来たんだなって思えますもん」
「……そういう、もんか」
「まあ、俺は絶対に宇宙船造るんで、意味のない仮定の話ですけどね」
「生意気な後輩だぜ、まったく。口先だけじゃないとこを見せてくれよ」
 そう言って腕を組むシンヤの顔には、朗らかに笑う顔が復活していた。ユースケもそのことに安心して、作業を再開させた。
 その後も実験や論文を読む合間にシンヤに賭けトランプで騙し取られる日々が続いた。その生活はユースケの最後の三年生としての日が終わって春休みに突入しても変わらなかった。春休みになるとケイイチは帰省したようで研究室に来なくなったが、ユースケは変わらず訪れては研究を進めていた。
 春休み中に一度、量子コンピュータを用いた実験を行うことが出来た。ユースケはそれまで、通常のパソコンを用いて量子コンピュータでのシミュレーションが必要な値を求めるための作業をしていた。その作業によって得た、注目している素材を用いたときの宇宙船の大きさ、それを動かそうとしたときの対消滅のエネルギーを利用したエンジンによってどれほどの推進力が生まれるのかの値、そして今自分たちがいる惑星から惑星ラスタージアまでの航路——この航路は幸か不幸か、衰退する原因となった過去の対戦に用いられていた技術を活用して既に見出されていた——の距離と、注目している素材の研究データを量子コンピュータに打ち込み、シミュレーション計算してもらう。シミュレーションの内容は、現在の全人類を乗せた、注目している素材で造った簡易的な宇宙船を対消滅を利用したエンジンで進んだ時に、宇宙船がどこまで壊れずに進むことが出来るのか、というものであった。その計算には、ユースケの勉強していない量子力学の範囲の内容と大きく関わるらしく、量子コンピュータを以てしても数日かかるという予測時間が出たので、その結果が出るまでは新たな論文をひたすら読み、勉強を重ねることにした。
「へえ~ユースケ凄いなあ。これなら宇宙船も余裕って感じ?」
「うーん、まあ俺にかかればな、こんなもんよ」
 量子コンピュータにシミュレーション計算させることで生じた空いた時間で、フローラに会う時間を増やしていた。大学校内の本屋でこそ一年前後働いているが、かえで倶楽部ではそれ以前からも働いていたらしく、ユースケも夕食に行く時間もなくフローラに会えなかったこともあったことから、フローラもユースケに合わせてシフトを少しだけ緩めたそうである。そんなフローラが健気で可愛らしく、ユースケはそれだけで研究の疲れが癒されていくようであった。
「でもユースケ、リュウトさんとか、ユキオさんとかには会わなくて良いの?」
「それがなあ、アイツらも何か忙しそうなんだよなあ」
 ユースケが食堂に行く時間もばらばらになってしまったこともあるが、数回会えたときに聞いた話によると、リュウトも研究テーマを決めて早速計画を立て始めているようであり、ユキオも卒業制作する物が決まったようで猛勉強中ということらしく、ユースケと同じように決まった時間に食堂に来ることが難しくなっているそうである。それでも会えたときには何事もなかったように話が弾むので、ユースケは何も気にしていなかった。
「じゃあ、ナオキさんは?」
「アイツはいざとなれば真夜中にでも突撃できるからな、というか普通に会ってるし大丈夫だよ」
 以前と比べて、朝はナオキに叩き起こしてもらうことが減ってきたが、それでも朝食を食べる時間は同じらしく毎朝顔を合わせていた。しかし、時折ユースケがふらりと部屋を直撃しに行くと、大体の確率で執筆に集中していた。ナオキはユースケの訪問に迷惑そうな顔をしながらも邪険にすることはなかったが、それでも執筆している際の表情に、何度も訪問するのも申し訳なく感じて、訪れるときには朝食のときにそのことを伝えるようになった。それすらも不気味に思ったらしく渋面を思いっきり浮かべられたが、ユースケとしてはそんな顔される筋合いはないという文句しか出てこない。
「というか、そんなことフローラが気にすんなよ」
「だって、忙しくなって会う機会も減ってるなら、私とだけじゃなくてその人たちにも会ってあげたら良いのにって思っちゃって」
 そう言って、珍しく購買部で買ったリンゴジュースをストローでゆっくりかき回した。その不規則なかき回し方がフローラの不安を表しているようであった。
「アイツらは別に会わないからって関係が薄くなるような仲じゃねえから心配すんな。それより俺はフローラに会いたい」
「……そうなんだ、ありがとう」
 フローラはそのままストローをちゅうっと勢いよく飲んでいく。フローラがそのようなジュースを飲むのは初めて見たが、フローラも気に入ったようで飲み干した紙パックをじっくり見つめて頬を緩ませていた。そんな何気ない仕草が、ユースケの心の燃料となっていた。
「俺、研究頑張るよ。でも、俺が頑張れるのもフローラのおかげだ。だから、俺が忙しそうとか気にせずに、普通にこうして会ってくれると、俺は何より嬉しい。一番嬉しい。地球上の誰よりも幸せだ」
 それまで紙パックを見つめていたフローラは、ぽろっとその紙パックを机の上に落とし、照れ臭そうに頬を掻いた。
「ユースケって本当にストレートね。この国の人では珍しい……本当にありがとう」
 フローラはそう言ってはにかんだ。その不器用な笑みが、フローラもこの時間を大切に思ってくれている証拠のように思えて、ユースケはそれが何よりも嬉しかった。
 春休みがもうすぐ明けるという頃になって、量子コンピュータのシミュレーション計算が終了した。結果はユースケが予想していたものと違い、どの素材を用いても最後までとはいかないまでもかなり遠くまで行けるという結果が出ており、あとほんの少し工夫すれば行けるんじゃないか、とユースケは少しワクワクしたのだが、その結果を持ってソウマとのディスカッションに臨んだところ
「これ、航路の設定を距離しか設定してないけど、きちんと航路のデータそのものを設定した方が良いかもね。論文もあるから。小惑星の激突とか接近みたいな、航路中の不測の事態を想定した運行も計算してくれるから」
「あと、運航のシミュレーションをするなら宇宙船の形もこんな簡単な箱型のじゃなくて一応きちんと考えて作った方が良いね。宇宙船の形によってデブリとの接近頻度とか、素材の環境からの晒され方も変わるからね」
「今回は人を冷凍保存する前提? それとも電力を確保して普通に生活する前提? 前者なら良いけど、後者ならちゃんとそのことを記載して、子供から大人に変わる際の体重の変化も考慮したデータを設定した方が良いのかな」
 などと、散々な言われようであった。量子コンピュータによる計算もすぐには出来ないのだから、計算する前にその辺のことも言っておいてくれよ、と言い返したくなったユースケだったが、続くソウマの言葉でユースケも黙るしかなかった。
「先に言っておけば良かったかもしれないって思うだろうけど、これは結果論だからね。僕もこのデータを見たからこそ、さっきみたいに色々言えたわけだから。よし、それじゃあ次でばっちり決められるようにもうちょい詰めていこうか」
 ソウマが何だかうきうきと身を乗り出し気味にしてきた。そのソウマの言葉や、良くないデータにも一切凹むことなく次の実験について意欲的に考えようとするその姿勢に、ユースケは、研究とはこういうものなのだというのを肌で感じ取っていた。それを感じ取って、ユースケも次の実験をどうすれば良いのかを考えるのが何だか愉しくなってきた。
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登場人物紹介

ユースケ

主人公。能天気で素直な性格。生まれつき体の弱い妹のユリを溺愛する。

ユズハ

ユースケの幼馴染み。ユースケと違って真面目なしっかり者。

ユリ

ユースケの妹。体が弱く学校に通えず、母親の手伝いをして過ごしている。

タケノリ

ユースケやユズハの幼馴染み。フットサル部に所属する好青年。

カズキ

ユースケたちの友達。ユースケと並んで成績が悪いお調子者。

セイイチロウ

ユースケたちの友達。長身ながら臆病者。ユズハに好意を寄せている。

アカリ

ユースケたちと幼馴染みでユズハの親友。ユースケに好意を寄せる。

ユミ

ユースケたちの同級生で学年一の成績を誇る。

リュウト

ユースケと同期のイケメン枠。工学府に所属する。

ユキオ

臆病でびくびくしている。ユースケ、リュウトと同じく工学府に所属する。

チヒロ

リュウトの彼女。友好関係が広い。社会開発学府に所属する。

フローラ

突如大学校の書店で働き始めたブロンドヘアの美女。

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