第14話 リュウトを探して

文字数 2,879文字

「烏滸がましいけど、僕にとって二人は……友達だから。人生で初めて出来た友達だから、このまま悪い方向に向かうなんて絶対嫌だよ……でもどうしたら良いのか、僕には何も分かんなかった。勉強で分かんない問題に出会ったときとは全然違う、本当に途方もないって感じで、何にも思いつかなくて……それで、ユースケ君のことを、思い出したんだ」
「俺を?」
「うん……こんなときユースケ君なら、きっとどうにかできちゃうんだろうなって……何か、そんな気がして……」
 すっと顔を上げたユキオの表情は、ユースケに縋るようだった。いつもびくびくしていて、どこか人の顔色を窺っていたユキオの瞳は、真っ直ぐユースケに見据えられていて、その真っ直ぐさが、引っ込み思案で中々見せないユキオの心の表れであるような気がした。
「あのなあユキオ、そんなの、何とかするに決まってんだろ。ユキオに頼まれるまでもねえよ」
「そ、そっか……」
 ユキオは照れ臭そうに笑いながら再びそっと俯く。その仕草に怯えや不安の色はなく、ユースケの言葉にほっとしている節すらあった。
 そんなユキオが微笑ましくてじっと見ていると、傍らでばっと毛布が舞い上がる気配がする。ぎしっとベッドを軋ませながらナオキがベッドの上で立ち上がる。埃を舞わせながらのその佇まいは、今まで逃げおおせていた珍獣が姿を現したような物々しい雰囲気があり、ユースケは噴き出しそうになった。
「あんた、ユキオって言うんだっけ? こいつの頼みだったら絶対聞かなかったが、あんたは良い奴そうだし、そんな話を聞いちまった以上このまま二度寝するのも気持ち悪いし俺も手伝うぜ」
「またまたあ、このツンデレさんは」
 ユースケが肘でナオキの膝のあたりを突くと、ナオキの身体が大きくよろめく。ナオキはユースケの腕ごと蹴り上げて反撃しながら、ベッドから飛び降りて椅子にかかっている厚手のコートを羽織る。行動の早いナオキにユキオは呆気に取られていたが、やがて蚊の鳴くような声で「ありがとう、ございます……」と呟いた。ナオキはユキオを見て、ユースケを見ると、気まずそうに苦笑した。ユースケはナオキがこんなに照れ臭そうにしているのを初めて見た気がした。
 その後、改めて状況を整理し、ナオキにも一通りチヒロやリュウトの特徴を伝えると、早速ナオキが「とりあえずサークルの奴らにも訊いてみるわ」とユースケたちをさっさと部屋から追い出して飛び出していった。その行動の早さに感心しながら、ユースケはリュウトに一度話を聞きに行くことを提案した。ユキオも無言でそれに頷いた。
「俺たちも適当に探してみるか」
 ユースケたちは一抹の不安を抱えながら外を目指していくが、その足取りは自然と重くなっていた。
 ユキオによると、リュウトは先端エネルギー学の専攻であるとのことなので、ユースケたちは長期の移動に備えて、寮の自転車を借り、まずは先端エネルギー学の研究室を目指すことにした。まだ形式上は冬休み中のキャンパスはすでに大勢の人が忙しなく移動しており、工学府棟に向かうまでの時間すら長く感じてじれったかった。
 工学府棟に入ると、ユキオは迷う素振りすら見せずにユースケの先をどんどん進んでいく。ユキオの珍しい態度に驚くも、ユースケは遅れないようにその背中についていく。
 見慣れたようで微妙に異なる廊下の壁や天井の染みをしみじみ観察していると、ユキオがちょうど曲がり角のところの、「システム制御学研究室」と彫られた杉の木の札が掛かっているところで足を止め、そして何の躊躇いもなくいきなりノックをしたかと思うとその扉をすぐに開けた。ユースケも慌ててその扉が閉まる前にその部屋の中に滑り込む。
「リュウト君は研究室にいらっしゃいますか?」
 先ほどまでの大人しいユキオはどこへ行ったのか、ここに来て毅然とした態度を示すユキオにユースケは混乱するような想いだったが、部屋の空気は堅いままである。わずかにピリピリしているような気もした。
「彼は今研究室に来ているが……君たちは?」
 ユキオの問いかけに応えたのは、書籍の山の向こうに座る、細長い眼鏡を掛けた初老の男性だった。どうやら先生の部屋だったらしく、厳つい本の背表紙が並ぶ先に佇む先生の姿はまるでお伽噺の中の魔王のような厳つさだった。挙句にユキオの態度が気に食わなかったのか、自分たちを逃がすまいとするかのように鋭い眼光が向けられている。
「すみません、僕たちリュウト君の友達で、ユースケって言います。こっちはユキオと言います。すみません、本当にありがとうございます」
 ユースケはかつてバイトをしていたときにもしたことがないほど何度もお辞儀を繰り返しながら、ささっとユキオを連れて部屋を出て行く。鋭い眼光はいつまでもユースケたちのことを睨みつけていたが、部屋を出て行く瞬間にはふっと視線を落として作業を再開していた。
 部屋を出て真っ先に、ユキオが頭を下げた。
「ご、ごめんね。僕のせいであの先生怒らせちゃった……」
「先生は怒るのが仕事だから良いんだよ、気にすんな。それより、ユキオがそんなに積極的になってるのって良いんじゃねえかなって思うし」
 ユキオを慰めつつ、ユースケはきょろきょろと辺りを見回して学生のいる研究室を探した。すると、ちょうど先生の部屋があったところを曲がって真っ直ぐ行った突きあたりに靴箱と扉が見えた。扉の一部がガラス張りになって中の様子が窺えるようになっており、ちらりとリュウトの姿が見えて今度はユースケが飛び出した。背後で「あ、ちょっと待ってよ」というユキオの慌てた声も無視して、ユースケはノックもせずに勢いよくその扉を開ける。
「リュウト!」
 突然扉が開かれ、突然の見知らぬ人物の叫び声に、リュウトの研究室と思しき部屋は騒然とした。初めは呆気に取られているも、次第にひそひそとユースケを見て話す声が雑音となって聞こえてきた。当のリュウトは、ノートと分厚い参考書を持ったまま固まっていた。
「おい、リュウト、ちょっとこっち来い」
「え、あ、おい、お前何しに……って待てって!」
 ユースケに強引に連れ去られそうになったリュウトは、一度ユースケの手を振り切って部屋の奥へと引っ込んでいった。その頃にはユキオが追いついてきて、ユースケの背中に隠れるように身体を屈めながら、ユースケの背中から不安そうに見つめていた。その一方でそんなユキオの心境も知らずにユースケは、研究室に中に流石に入っていくのは不味いかなあ、と悩みながらリュウトが消えていった方を睨んでいた。しかし、そんなユキオの心配もユースケの悩みも無用だったようで、思いの外早くにリュウトが再び姿を現した。先ほどまで抱えていたノートと分厚い参考書はなく、代わりに厚手のコートを持ってきていた。
「何となく来ると思ってた、とりあえず外行くぞ」
 リュウトはさっさと研究室を出ると、靴を取り出してさっとコートを羽織った。あっという間に置いてかれそうになったユースケたちも慌ててその背中を追いかけるが、その背中はやけに小さく見えた。
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登場人物紹介

ユースケ

主人公。能天気で素直な性格。生まれつき体の弱い妹のユリを溺愛する。

ユズハ

ユースケの幼馴染み。ユースケと違って真面目なしっかり者。

ユリ

ユースケの妹。体が弱く学校に通えず、母親の手伝いをして過ごしている。

タケノリ

ユースケやユズハの幼馴染み。フットサル部に所属する好青年。

カズキ

ユースケたちの友達。ユースケと並んで成績が悪いお調子者。

セイイチロウ

ユースケたちの友達。長身ながら臆病者。ユズハに好意を寄せている。

アカリ

ユースケたちと幼馴染みでユズハの親友。ユースケに好意を寄せる。

ユミ

ユースケたちの同級生で学年一の成績を誇る。

リュウト

ユースケと同期のイケメン枠。工学府に所属する。

ユキオ

臆病でびくびくしている。ユースケ、リュウトと同じく工学府に所属する。

チヒロ

リュウトの彼女。友好関係が広い。社会開発学府に所属する。

フローラ

突如大学校の書店で働き始めたブロンドヘアの美女。

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