第9話

文字数 3,041文字



 放課後、事件(?)は起きた。
 ユースケがクラス一成績の良いユミという女性を話があるからと呼び出したというのだ。
 一日の授業も終わり、授業に集中せずずっと神妙な顔で白紙と思われるノートを睨みつけていたユースケが気になりながらも図書館に向かったユズハだったが、件の話を後から合流したアカリが持ち込んできた。
 慌てふためいたアカリによると、授業も終わり、タケノリたちがユースケの周りに集まっていつものように会話していたと思ったら、突然誰かに呼ばれたかのように驚いた顔で急にユースケが立ち上がり、タケノリたちに脇目も振らずクラスを見渡したかと思うとユミのところまで一直線に向かったそうだ。そして一言、話があるからとだけ言ってユミの返事も待たず手を引っ張ってどこかへと向かっていった、らしい。
 ことの顛末を聞かされてもユズハは、ユースケに振り回されるユミも可哀想だな、程度にしか思っていなかったがアカリはそうでもないらしく、先程から「どうしよ、どうしよ」と心ここにあらずの様子であった。それでもここが図書館であることから声を極力抑えているのがユズハにはいじらしかった。
「落ち着いて、アカリ。あいつに限ってそんなこと絶対ないってば」
 アカリは一瞬動きを止めユズハのことを見つめるが、やはりどうしても不安を捨てきれないのか再び落ち着かない様子になり、あわあわと口がわななく。
「だいたい、そんなに気になるならついて行っちゃえば良かったじゃない」
「そ、そんな……もし、その、ああいう用事だったら、その、無粋じゃん!」
 アカリはユズハの耳元まで近づいて小さく叫んだ。本当は叫びだしたい気持ちなのだろうがそれでも堪えて小さな声に留めるのがますます健気に感じた。勇気のないアカリにユズハも一肌脱いで応えることにした。
「勇気が出ないなら、私もついていくわよ。あいつが人様に、というかユミに迷惑掛けてたら耳引っ叩いてやらなきゃ」
「ユズハちゃん……!」
 アカリはユズハのことを神様のように崇めているが、ユズハが一緒について来ようが来まいがアカリの心配していたことの可能性がなくなるわけではない。いつまで拝んでいるんだろうと考えていると、途端、アカリが「あ!」と何かに気づいたような顔になった。
「結局、ユースケ君たちどこに行ったんだろう」
 ユズハはアカリの抜けたところにも目を瞑りながら、困ったような顔で救いを求めてくるアカリの女神になったつもりで、ひとまず図書館を後にした。

 アカリに連れられて向かった初めに場所は校庭だったが、そこではタケノリたち十数人がウォーミングアップをしている姿しかなかった。ユズハが遠慮なしに「ユースケどこに行ったか知らなーい?」と大声でタケノリに呼びかけると「知らねー」とだけ帰ってきた。直後、タケノリはボールをぽーんと大きく蹴り上げる。弧を描いて高く上がるボールが陽に重なって眩しかった。
 その後もアカリは、校舎裏、中庭、ユミの所属している弓道部の部室、もう一度図書館、というように学校内を巡り回ってきたが、ユースケたちはいなかった。ユズハはどうせ大した用事などなくて早々に帰宅してしまったのではないか、などと考え始めていたが、そんなユズハの心境とは対照的に意気消沈していくアカリを元気づけるために「教室にいるんじゃないかな」とダメ元で言ってみた。
 力をなくしたアカリを引っ張るように教室に戻ってみたら、見事にお目当ての二人がいた。しかし予想をはるかに上回る光景に、ユズハとアカリは思わず二人に見えないように隠れながら教室の中を窺うことにした。
「あれ、何してるのかしら」
「っ……」
 無言のアカリに軽い寒気を感じるが、ユズハとしては疑問が尽きなかった。何せぱっと見ではユースケが、あのユースケが、ユミに勉強を教わっているような光景に見えるのだ。アカリの当初の不安の種であったロマンチックな展開とは程遠いと言えるのだが、これでは逆に意味が分からなかった。
「まさか、二人でラブラブ勉強会……」
「いやあ、少なくともラブラブって感じではないと思うけど……」
 アカリの瞳にこの光景がどう映っているのかは分からないが、少なくともユズハの視点では、今まさにユミがノートの一点を指差してユースケに怒鳴りつけている、ように見えた。要領の悪いユースケにユミが苛ついているのだとユズハは推測した。確かに珍しい光景ではあるが、ユズハとしてはユースケが真面目に勉強するようになるのであれば余計な心配もせずに済むので良いことしかない。
 ふと教室内の時計を見ると、そろそろユズハが手芸部に向かう時間に迫っていた。
「アカリ、もういいんじゃない?」
 すっかり興味の失せたユズハはアカリの目を覚まさせようと手芸部へと連行しようと試みる。しかし、アカリは「ま、待って!」と教室の扉にしがみついた。ユズハはごねるアカリを引きずって手芸部の部室へと向かった。



 放課後、こってりとユミに絞られて元気の残りかすしか出そうにないように萎れたユースケは、最後の力を振り絞って図書館に訪れていた。きょろきょろとユースケは図書館の中を見渡しながら一階を巡っては二階に向かい、再びきょろきょろと見渡す。図書館に来たのに本を見る素振りすらせずに不審な行動を繰り返すユースケに周囲は胡乱な目つきで警戒する。
 図書館内を鼠でも逃げられないぐらい執拗に見渡し続けて、ようやくユースケはユズハがこの図書館には居ないことに気がついた。
「くそ!」
 本棚の中央でそう叫んだものだから、向かいにいた生徒が本を落としてしまい、周囲の人間は触らぬ神に祟りなしとでも言いたげにますますユースケから距離を取った。ユースケはそれでも周囲に避けられていることに気がつかずに次の策について考える。
 予定を変更してユースケは、ユミに言われたことを思い出しながら本の案内を見て目当ての本があるところまで向かう。膨大な背表紙の山から、自分の目的に叶う物を探そうとするが、普段本など読むわけもないユースケにとってその作業は苦痛でしかなかった。次第に背表紙の文字を読んでいるだけで頭痛がしてくるような気分になり始めたユースケは恨みがましそうに本の山を睨みながら図書館を去ることにした。
 ユズハを探すために次にユースケは手芸部の部室を探そうとした。しかし、部活動などというものにこれっぽちも縁のないユースケはどこを調べればいいのか見当もつかず、早速途方に暮れかけた。流石に教室一つ一つを見て回ることを嫌がったユースケは、寝不足の頭から血が出てしまうのではないかというぐらいに知恵を何とか絞り出し、その結果、職員室で聞けばいいのではないのかという結論に至った。ユースケは早速職員室に意気揚々と向かうが、走っているとすれ違う生徒委員会らしき生徒に「走っちゃだめですよー」と遠慮がちに注意される。もちろん、ユースケはそれを聞かずに走り続けた。
 職員室に着いたユースケは扉を開け開口一番「すみませーん」と大声で言った。迷惑そうに振り向く教員のうち、声の主がユースケだと知って驚愕する者が少なくなく、静かな職員室は不意の来訪者によってにわかにざわついた。
 教員たちの動揺を収めるためか、一人立ち上がった勇者はユースケたちの担任の先生であった。先生が呆れたような表情でユースケの前に立ちはだかるものだから、ユースケはわずかに怯んだ。他の先生たちが二人の行く末をハラハラしながら見守っていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ユースケ

主人公。能天気で素直な性格。生まれつき体の弱い妹のユリを溺愛する。

ユズハ

ユースケの幼馴染み。ユースケと違って真面目なしっかり者。

ユリ

ユースケの妹。体が弱く学校に通えず、母親の手伝いをして過ごしている。

タケノリ

ユースケやユズハの幼馴染み。フットサル部に所属する好青年。

カズキ

ユースケたちの友達。ユースケと並んで成績が悪いお調子者。

セイイチロウ

ユースケたちの友達。長身ながら臆病者。ユズハに好意を寄せている。

アカリ

ユースケたちと幼馴染みでユズハの親友。ユースケに好意を寄せる。

ユミ

ユースケたちの同級生で学年一の成績を誇る。

リュウト

ユースケと同期のイケメン枠。工学府に所属する。

ユキオ

臆病でびくびくしている。ユースケ、リュウトと同じく工学府に所属する。

チヒロ

リュウトの彼女。友好関係が広い。社会開発学府に所属する。

フローラ

突如大学校の書店で働き始めたブロンドヘアの美女。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み