第13話

文字数 3,258文字

 カズキが行く店行く店で大袈裟にリアクションをしているうちに試合の時間が迫り、学校の場所を知っているユースケを先頭にして向かうことになった。昼食もユースケ以外は各自で用意していたらしく、ユースケだけが泣く泣く、高そうな弁当を売りつけようとしている声の大きい店主に捕まって買わされていた。そうして昼食も済ませて英気を養ったはずなのに、学校へ向かう間、まるでそう言う決まりでもあるかのように口数は少なくなっていった。
 やがて黒いフェンスが見えてきたが、その中の校庭には誰も立っていなかった。はっと息を呑み、ユースケはもしかしてここ以外にも学校があるのかもしれないと恐ろしくなってきたが、背後からカズキが「そういやあ」と呑気な口調で喋り始めた。
「絶対に見て欲しいから早めの時間を教えたって言ってたよな」
 ユースケはそんなことは聞いていない。しかし、ユースケ以外の皆は何かしら心当たりがあるようで互いに頷き合っていた。無駄にヒヤッとさせられた罪としてタケノリには何か詫びをしてもらいたいな、とユースケは恨みがましいことを考えながら黒いフェンスに張り付いた。ユースケ以外の皆はユースケと少し距離を置いて、同じように黒いフェンスの中を覗き込んでいた。
 数分して、ユースケたちからそう離れていないところに、車椅子に乗った男の子が、ユースケたちと同い年ぐらいの女性に押されて黒いフェンスの前にやって来た。男の子の膝の上には小さな白黒のボールが乗っており、それを弄りながら車椅子を押す女性に愉しげに話しかけていた。この人たちもタケノリの試合の観戦に来たのかとユースケが盗み見ながら考えていると、校舎からぞろぞろと人の集団が出てきた。その中にタケノリの顔を発見し、ユースケはニヤつき、ユズハたちも順々に気がつきざわついた。しかし、そのざわつきに負けず、車椅子に乗った男の子が「お兄ちゃん!」と嬉しそうに叫んでいた。その男の子の声援にその集団の中の一人が嬉々として手を振っていた。その反応に男の子はますますはしゃぎ、女性も小さく手を振り返していた。
 集団はやがて二つに分かれ、上着を脱いで色別のユニフォームを覗かせる。先ほど車椅子の男の子に手を振ったのはタケノリの相手チームのようである。それぞれの選手が各ベンチにその上着を置いて、校庭のグラウンドに出てくる。互いのチームがグラウンドの中央で各メンバーとすれ違いながら握手を交わす。
「タケノリってそういやどんくらい上手いんだ」
 いつの間にか距離を詰めていたカズキがユースケの肩にぶら下がるように組んできて、ユースケも中腰になる。セイイチロウもカズキの背後に回って、偉そうに腕を組みながらグラウンドに立つタケノリのチームと思しき人たちを睨んでいた。
「まあでも、試合見て欲しいって言ってたし、レギュラーなんじゃねえか?」
「ふうん。あ、そういえばポジションは?」
「……知らねえな」
「……俺たち、タケノリのこと何も知らねえな」
 カズキが自嘲気味にそう言うが、実際タケノリはこれまで部活動のことについてはほとんど話したことはなく、話題にする必要もないと感じていそうだったとユースケはタケノリとの日々を思い返す。高学年となり、十三歳になったときに唐突に「俺、フットサルやってみようかな」とだけ言っていたのは覚えていた。それを皮切りに、部活に顔を出し、正式に入って練習してみると思った以上に楽しいらしく、帰り道や休憩時間によくフットサルの話をしてくれていたが、一年経った頃にはもうすっかりユースケたちの間ではその話題は最低限にしか出さなくなっていた。部活を別に嫌になったわけでもなく、この学年になるまでずっと続けていたのだからむしろ好きなのだろうが、話に出さなくなったのは何でなのだろうかと、ユースケは今更になって気にかかった。
「まあ、今日の試合で全部分かるんじゃねえか?」
 ユースケはそう言ってまとめ、目の前のグラウンドで試合が開始されるのを待っていたが、横からカズキが「めんどくさくなったな、ユースケ」とぼやいてきた。
 ゴールキーパーを中心としたボール回しも終わり、互いのチームはそれぞれポジションについていく。タケノリは先頭に立っており、その足元にはボールが置かれた。ユズハたちが固唾を呑んだ気配が伝わり、緊張で固くなっている空気がユースケたちにも伝染し、ユースケたちもその身を強張らせた。スポットライトが当てられているかのように、タケノリにしか目が行かなくなっていた。
 やがて審判らしき人が何か一言二言言ってからホイッスルを鳴らした。タケノリの隣に立つ選手がタケノリにそっとボールを渡したかと思うと、タケノリは後ろの選手にボールを回し、素早く前方へと走って行く。ユースケの手は知らずのうちに黒いフェンスを歪める勢いで強く握っていた。
 ボールを受け取った選手が、近づいてきた相手選手と上手く距離を取りながらさっとパスを出す。パスを受け取ったタケノリのチームメイトが相手選手を躱して大きく前方に蹴り上げる。高く上がったボールはもうすでにゴール近くに走りこんでいたタケノリに向かうが、相手のディフェンダーがそのパスをカットした。タケノリは何とかそのボールを奪おうとその選手に激しく身体をぶつけていくが、相手も器用で、その当たりに耐えながら前線へとボールを上げていく。タケノリも急いで自チームの方へと下がっていく。
「こんな激しいんだな、フットサルって」
「タケノリって……こんな風にもなるんだな」
 カズキやセイイチロウがぽろっと感想を零し、ユースケもその言葉に共感していた。ユースケには未だに、今目の前のグラウンドで、白黒のボールを追いかけて相手チームに負けずに凶暴なまでに激しく競っているタケノリが、自分の知っているタケノリと同じだとは信じられない気持ちだった。ユースケの知るタケノリは、ユースケに負けず劣らずのシスコンで、ユースケやカズキとはまた違ったおかしな感覚を持ちつつも、真面目で冷静な人物であった。しかし、今グラウンドに立って、フットサルのレギュラーとして奔走しているタケノリは、そんなクールな一面を感じさせないほど闘志を激しく燃やす熱いプレイヤーであった。その瞳も、ユースケの知るものではなく、その闘志を全面に出していた。このタケノリから目を離してはいけないと、ユースケは直感していた。
 相手の猛攻を押さえ切り、キーパーからのボールで試合が始まると少しだけ選手たちの勢いは大人しくなった。静かにボールを回し、なかなかタケノリたちのチームは攻め込もうとしない。タケノリは一人前線で、相手チームの後衛選手を振り切ろうと走り回っている。
「お兄ちゃん、頑張れー!」
 突如、左方から子供の叫び声が聞こえてきてユースケがその方をちらりと横目で見ると、車椅子に乗った男の子が黒いフェンスに捕まって登らん勢いで身体を起こしていた。しかし驚いたのは、いつの間にかユースケたちとその車椅子の男の子とそれを押していた女性以外にも、黒いフェンスの傍に来ている人たちが大勢いたことだった。皆が試合を観戦し、それぞれが各チームを応援して盛り上がっていた。ユースケはもう一度グラウンドの方へ目を向ける。ちょうどそのとき、まさにチームメイトがボールを短くパスで繋ぎながらタケノリへパスを出そうとしているところだった。
 そのままタケノリがボールを受け取り、自身にプレッシャーをかけていた敵選手一人を見事に躱した。ゴールの前にもう一人いるが、タケノリはその選手のいる方と逆に向かってシュートした。しかし、そのシュートは相手のゴールキーパーに止められてしまった。
「バカヤロー決めろよタケノリ!」
 ユースケはたまらず叫んでしまい、はっと口元を覆うが、時すでに遅し、周囲から不審がる視線が突き刺さるのを感じた。しかしグラウンドにいたタケノリはユースケの怒鳴り声が聞こえていないのか、特に反応することなく相手選手のマークに徹していた。
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登場人物紹介

ユースケ

主人公。能天気で素直な性格。生まれつき体の弱い妹のユリを溺愛する。

ユズハ

ユースケの幼馴染み。ユースケと違って真面目なしっかり者。

ユリ

ユースケの妹。体が弱く学校に通えず、母親の手伝いをして過ごしている。

タケノリ

ユースケやユズハの幼馴染み。フットサル部に所属する好青年。

カズキ

ユースケたちの友達。ユースケと並んで成績が悪いお調子者。

セイイチロウ

ユースケたちの友達。長身ながら臆病者。ユズハに好意を寄せている。

アカリ

ユースケたちと幼馴染みでユズハの親友。ユースケに好意を寄せる。

ユミ

ユースケたちの同級生で学年一の成績を誇る。

リュウト

ユースケと同期のイケメン枠。工学府に所属する。

ユキオ

臆病でびくびくしている。ユースケ、リュウトと同じく工学府に所属する。

チヒロ

リュウトの彼女。友好関係が広い。社会開発学府に所属する。

フローラ

突如大学校の書店で働き始めたブロンドヘアの美女。

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