第1話 研究テーマ選び

文字数 3,109文字

「……以上でこの論文の紹介を終えます。何か質問のある?人、お願いします」
 最後の最後で、ユースケはどう言って自分の発表を締めれば良いのか分からなくなって、覚束ない記憶を必死に辿って何となくそれっぽく言ってみた。しかし、自分で言っておきながら、何だかテキトーな感じの締め方だなあと他人事のような感想を抱いた。シンヤもソウマも可笑しそうに声を殺して笑っており、生真面目に真っ先に手を挙げたレイが奇妙な感じになってユースケも噴き出しそうになるのを堪えてレイを指名する。
 冬休みを明けて一か月後、ユースケとケイイチの論文の紹介が研究室で行われた。先にケイイチの発表が行われ、ユースケは二番目であり、最後であった。ケイイチが紹介した論文は、現在の住居モデルを放射能汚染のない上空域に設置したときに予想される環境からの影響を量子コンピュータを用いたシミュレーションによって計測した結果を中心とした研究、であるとユースケは理解していた。確かに宇宙船を造るよりは、まだ放射能汚染のない上空域に家を建築する方が現実的ではあるが、それでも紹介された論文のディスカッション——著者たちなりの、実験データを基にした上で、現在の他の研究結果と照らし合わせた今後の課題や展望をまとめたもの——によれば、上空に住居となるほどの大きさの物を固定する手段の乏しさや生活に必要な食料や水の入手手段の難しさを始めとした様々な課題が山積みであるとのことであった。宇宙船を目指し、色々と調べていたユースケであったが、その発表を受けて改めて宇宙船の開発がいかに遠く難しいものであることを認識した。
 いざ自分の発表というときになって、ユースケは少し尻込みした。自分よりも課題が分かりやすく現実的な論文を選んで、そこから研究テーマも見つけやすそうであるにもかかわらず、早々に論文紹介のためにこの論文を選んでいたケイイチは未だに研究テーマを決められていなかった。そのことにユースケは、早急に研究テーマを決めてしまって本当に良かったのかと心配になっていた。
 しかし、選んだ論文に関しては、ソウマ含めレイやシンヤからも悪くないとの評価をいただいていた。ユースケの選んだ論文はシンプルなもので、現在宇宙ステーションに利用されている素材よりも放射線の被ばく量を抑えることの出来そうな素材が見つかったとする論文であった。ユースケはこの論文と、この論文と同じように宇宙空間での利用を期待される素材に関する論文いくつかに注目し、それらの素材がゆくゆく、何十年も人を乗せて漂うことになるであろう宇宙船の素材として相応しいのかを調べる研究をする、という自身の研究テーマを発表すると、ソウマたちも評価してくれた。
「それこそ、量子コンピュータの出番がありそうだな、ユースケがそのつもりかは知らねえけど」
 ゼミが終わり、研究室に戻るとシンヤががははと笑いながらユースケの背中を叩いた。変な緊張感と初めての発表とで疲労困憊のユースケは、シンヤに背中を叩かれて力なく机に突っ伏した。それでも構わずシンヤは応援するようにユースケの背中をぽんぽんと叩き続けるが、ユースケは人形のように動かない。
「おい、疲れてそうだからやめてやれって」
「お、そうか?」
 レイが救いの手を差し伸べたことで、シンヤもようやくその手を止めて席に大人しく座る。そのままシンヤは見守るようにユースケを見るが、ユースケはぐったりして動かない。全く動こうとしないユースケに退屈したのか、シンヤが思わず頬をぺちぺちと叩くと、ユースケもガバっと起き上がった。
「さっきから何するんすかっ」
「いやいや、お疲れさんって思ってな」
「なら叩かないでくださいよ!」
 ちなみに、ケイイチはすでに昼食のためにか研究室を出て行っていた。アンズは戻って来てからノリアキに食事に誘われていたがにべなく断り、代わりにアンズはレイを誘っていたがレイにもにべなく断られていた。二人とも意気消沈した様子で、同じように昼食のために出かけていた。同じ場所から出て、目的も同じなのにそれぞれ別々に食事を食べるのも、ユースケは何だか気の毒なような気がした。
「まあ、何の実験するかは何となく当たりつけてるんで、任せて下さいよ」
「お、やるじゃねえか」
 シンヤが再び背中を叩いてきて、ユースケももう一度机に力なく倒れる。その際にポーズだけでもレイは見咎めてくれれば良いのに、レイは自分のノートを読み返してぶつぶつ呟いて、すっかり集中してしまっている。ユースケもふらふらと立ち上がり、食堂に向かおうとする。
「ユースケ」
 しかし、研究室を出る直前でレイがユースケを呼び止める。ユースケが出て行きそうなのを察知して呼びかけたなら、先ほどのシンヤに対しても何か言って欲しいものだとユースケは内心毒づいた。
「お節介かもしれないが……研究者にはプレゼン力も必要だ。というより、良い研究者は漏れなくプレゼン力も優れている。もし研究以外でも、今日の発表とかで何か訊きたいことがあれば、いつでも聞くからな」
 レイは一度もノートから目を離さないでそう言うと、パソコンの電源を点け、そのパソコンもそのままにしてノートを抱えて立ち上がった。眠そうに欠伸をしながらも、どうやらこれから実験を始めるらしい。
「レイさん、本当にありがとうございます」
 ユースケは誠心誠意お礼を言って頭を下げる。レイは何も気にしていないかのように「ん」とだけ答えてユースケより先に研究室を出た。ユースケは、昼食から帰ってきたら早速今日の発表の仕方についてレイの意見を訊くことにして、食堂で再びあんパンを買って来ようと決めた。

 冬休みが明けてから春休みに入るまで、ユースケはほぼほぼ授業もない休日も研究室に通い、勉強を重ね、論文を検索しては読み漁りながら、ソウマとの議論を中心に研究テーマに沿った実験について話し合っていた。
「ユースケ君は惑星ラスタージアを目指すと言って宇宙船を造ると、実にシンプルでロマンある研究を選んだね。けど、惑星ラスタージアに行くための障害としては、他にも色々あるんだよ」
 研究テーマのための実験を決めるための話し合いの一番最初に、ソウマがそう言って様々な例を挙げてくれた。例えば、現在最もエネルギー効率の良いエネルギー獲得手段として対消滅があるが、そのエネルギーを用いたエンジンを宇宙船に実装したとしても、光の速度ですらちょっとしたところにある場所まで何万年もかかるほど広い宇宙においてでは、惑星ラスタージアに行くには人生を何回も繰り返す必要のあるほど時間がかかるということ。その問題を解決するための一つの可能性として、臓器を冷凍保存し、何ら損傷なく解凍することに成功した論文が報告されたことから、人を冷凍保存する技術が期待されているという。他にも、惑星ラスタージアに行くための航路が、幸か不幸か過去の対戦に使われた技術を用いてほぼほぼ見出されているそうであるが、それでもその航路に沿って宇宙船を運行させるのに、人工知能に任せるのでは緊急の問題に対応できるか現時点では疑問だし、かといって人の手でやらせようとすると先ほどの問題が立ちはだかってきたり細かい操作が必要になったりしてくるそうである。
「ユースケ君の働きだけではどうしても惑星ラスタージアに行くことは達成できない。ユースケ君が生きている間に宇宙船が出来る保証はほぼゼロかもしれない。それでも、ユースケ君は宇宙船の開発のための研究を目指すつもりかい?」
「はい、もちろんですよ」
 そう即答したユースケを、ソウマは孫を見守るような優しい眼差しで見つめた。
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登場人物紹介

ユースケ

主人公。能天気で素直な性格。生まれつき体の弱い妹のユリを溺愛する。

ユズハ

ユースケの幼馴染み。ユースケと違って真面目なしっかり者。

ユリ

ユースケの妹。体が弱く学校に通えず、母親の手伝いをして過ごしている。

タケノリ

ユースケやユズハの幼馴染み。フットサル部に所属する好青年。

カズキ

ユースケたちの友達。ユースケと並んで成績が悪いお調子者。

セイイチロウ

ユースケたちの友達。長身ながら臆病者。ユズハに好意を寄せている。

アカリ

ユースケたちと幼馴染みでユズハの親友。ユースケに好意を寄せる。

ユミ

ユースケたちの同級生で学年一の成績を誇る。

リュウト

ユースケと同期のイケメン枠。工学府に所属する。

ユキオ

臆病でびくびくしている。ユースケ、リュウトと同じく工学府に所属する。

チヒロ

リュウトの彼女。友好関係が広い。社会開発学府に所属する。

フローラ

突如大学校の書店で働き始めたブロンドヘアの美女。

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