第14話

文字数 3,783文字

 試合展開は速く、激しかった。基本的に静かな時間などほとんどなく、どちらも果敢に攻め込み、それをもう片方のチームが何とか凌ぐ、という展開が交互に続いた。お互いに譲らず、点を許さないままホイッスルが高らかに鳴り、選手たちはそのままベンチへと向かって行った。
「はあ? もう試合終わったのか」
「何言ってんのよ。前半が終わっただけよ。これから何分間か休憩して、後半が始まるの。というかあんた何で知らないのよ」
 ユースケがぽかんと口を開いてベンチに戻っていくタケノリたちを眺めていると、横からユズハがうんざりとした口調ながらも説明してくれた。ユースケが礼を言おうと手を軽く挙げようとして、手汗が滲んでいるのに気がついた。
「それにしてもタケノリ凄かったなあ」
「うんうん、あんなに足も速くて、いっぱい動いて、すごいねえ」
 カズキが感心したように感想を漏らし、アカリがのほほんとした口調ながらも興奮したように同意した。
「あのシュート決まったと思ったのになあ」
「あ、出た。おめえ、あのときあんなこと叫びやがって。周りの視線が痛かったぞ」
 前半戦の感想を言い合っていると、間もなくして後半戦が始まったようで再びベンチに腰かけていた選手たちがグラウンドに立った。今ではすっかり黒いフェンスを取り囲むようにしたギャラリーが大勢で、選手たちの登場に盛り上がった。周りの熱気に当てられ、ユースケも「おー!」と声を張り上げてみるが、何故かカズキたち含めた周囲の人たちの視線が再び突き刺さって来たので、ユースケは納得がいかないと感じながらも大人しく試合を観戦することにした。
 後半は前半と打って変わって、スピード感は落ちないながらも慎重な展開が多くなった。ボールをキープしている側のチームは、後方の選手たちだけでボールを回しながら相手チームの隙を探っていた。何かの拍子で相手側にボールが渡っても、すぐに攻め込むことはせず少しでも点を取るのが厳しそうならボールを大事に回していく、という状態だった。激しいボールの奪い合いもファウルも起こらない代わりに、一瞬でも付け入る隙を見せたら一気に均衡が崩れてしまうような緊張感がグラウンドを支配し始め、その緊張感は観戦している人たちにも伝わった。ユースケも息を浅くしながらもタケノリの姿を必死に目で追った。タケノリはまるで観戦している人たちのことなど気づいていないかのように、相手選手と、ボールを、食い入るように睨みつけていた。タケノリの息遣いが伝わってきそうな険しい、鬼気迫った表情にそのユースケの内でも何かがじりじりと燃えていく。
 タケノリは両チームの誰よりも速かった、ようにユースケには見えた。そして、そのタケノリには何かが見えたのか、途端に前線へと駆け上がった。相手選手もタケノリにつられてタケノリを追いかける。ボールが再び高く蹴り上げられ前線へと上っていく。しかし、タケノリはふっと立ち止まり、大きくジャンプしてボールを胸で受け止めた。そのタケノリの急ブレーキに、つられて追いかけていた選手たちはついていけず、体勢を崩す。タケノリはその一瞬の隙にその相手選手を抜き去った。
 ユースケはたまらずもう一度叫んだ。タケノリはゴールの左方から上がっていき、ゴールキーパーと対面する。キーパーがタケノリのシュートコースを塞ぐように立ちはだかるが、タケノリは構わずに、まるでひっかけるようにしてボールを思いっきり蹴った。ボールはタケノリが走っていた方向とは逆に飛び、キーパーもタケノリを追っていたために体勢を崩しそうになりながらも手を伸ばすが、勢いのあったボールはすでにキーパーの脇を通り抜けていった。その後、ボールはゴールの柱に直撃して、跳ね返ってゴールの中へと吸い込まれた。
 ユースケは再び叫んだ。もう叫べばこのまま勢いで勝てるような気がして、周囲も気にせずに叫んだ。カズキと肩を組み、セイイチロウの首を半ば締めるようにしながら、声を張り上げた。すると、ゴールを決め、自分のチームメイトの元へ戻って喜びを分かち合っていたタケノリと目が合った。タケノリは握り拳を作って、ユースケと同じように何かを叫んでいた。そのときのタケノリの表情は、今まで見慣れてきた飄々として冷静なときの顔と、今初めて知った熱い一面とが混ざったような表情だった。その表情に、ユースケはどうしてタケノリが見に来て欲しいと言ったのか、何となく分かったような気がした。

 めっきり寒くなり、それに伴って日も短くなったことで、昼過ぎに始まった試合が終わる頃になるともうすでに辺りは赤く染まりつつあった。ユースケたちは、伸び始めてきた影を眺めながら帰路に着いていた。試合の余韻が残っているのか、皆して自転車を走らせることなく静かに押して歩いていた。ユースケの隣にカズキとセイイチロウが並び、足元にはユズハとアカリの寄り添い合うような影がユースケたちの影と重なっていた。
 試合が終わった後、タケノリはまず初めにグラウンドからユースケたちの方へ真っ直ぐ走ってきた。しかし、「今日はありがとう皆。でもごめん、俺、部の人たちと帰るから、先に帰っててくれ」と息を切らしながら言い、一言二言お礼を言ってから再びグラウンドの奥の方へと戻ってしまった。主役のいない帰り道は、些か物足りないような気がしたが、試合の熱気を浴びた自分たちにとっては、これはこれでいいような気もしていた。
「タケノリって、改めてだけど、凄い奴なんだよな」
 カズキが独り言のようにしみじみと呟いた。いつものはしゃいだ声ではなく、どこか思うところがあるような、低い声だった。
「何やっても器用な奴っているじゃんか。タケノリも、勉強もできるし、馬鹿な俺にも付き合ってくれるし、運動もあんなに出来て、ああいう奴がトップに立つって言うかさ……そういう、上に行く奴なんだと思ってたけどさ、そんなタケノリでも敵わない奴とかいるんだな」
 カズキは何かを吐き出すように話しながら、最後の方はその声も勢いがなくなって尻すぼみとなったが、ユースケの耳にはしっかりと残った。セイイチロウも同じようにしっかりと聞いていたようで、俯きながら自身の影を見つめていた。
 タケノリがゴールを決めた後、しばらくして、相手チームもタケノリが決めたのと似たような展開で点を取り返した。そうして試合は振り出しに戻り膠着状態が続いたが、終盤になってタケノリのシュートが止められ、体力の切れかかっていたタケノリは相手のカウンターに戻ることが出来ず、そのまま人数不利の情勢で決められてしまった。試合が終わった後、沈み込み言葉を失っていたユースケたち一行に対し、車椅子に乗っていた男の子が喜びはしゃいでいた。周囲の人たちも、特にどちらを贔屓に応援していたとかではなく、良い試合を見させてもらったお礼とばかりに温かい拍手を送り、ユースケたちもそれに倣った。残念がるユズハや涙を流すアカリ、悔しくて地団駄踏んでいたユースケたちに対して、タケノリはどこか諦めを滲ませながらも、清々しい表情で天を仰いでいた。そんなタケノリを見て、ユースケは瞼が痙攣したようにわななき、目の奥がどうしようもなく熱くなった。
「世の中って広いな……でも、ユースケやタケノリは、そういった連中にも負けずに、どこかの誰かに世界は広いんだってことを思わせるような奴になるんだろうなって、俺思うぜ」
「……俺もか?」
 徐々に声に熱が籠っていくのを感じたかと思うと、カズキがユースケの胸をどんと叩いた。ユースケはどうしたことかと不思議がってカズキの方に目を向けると、茶化す雰囲気もふざけた様子もなく、見たこともないような真剣な表情でユースケを見てニヤついていた。その笑みはとても不安定だったが、だからこそ続く言葉は大切なものだとユースケは感じた。
「どうせ何でも出来ちゃうと思ってたタケノリでもまだまだ敵わない奴がいた。バカな奴はバカなまま変われないって思ってたのに、ユースケはいつの間にかバカじゃなくなってた。人間って、そう単純じゃないんだな。やってみなきゃ、分からないんだな。だから、俺もまだ分からねえよな?」
「ああ、分かんねえよ」
「だよな? だから俺もうだうだ悩むのは本気でやってみてからにすることにしたぜ」
「ああ、やってみろやってみろ。何のことだか俺には分かんねえがな」
「おめえには最後の最後まで教えてやんねえ」
 それまで静かで大人しかった二つの長い影が激しく、愉しそうに揺れた。横で伸びていた長い影が迷惑そうに離れて行こうとするが、二つの長い影がそれを許すまいと引き寄せて暴れていた。もみくしゃになって、誰が誰の影だか分からなくなった頃に、突如として大きな影がすべてを覆った。突然周囲が暗くなったことに気がつき、何事かと空を仰ぐと、大きな箱の形をした金属の物体が自分たちの上空を通り過ぎていった。背後を歩いているユズハたちも含め、カズキとセイイチロウも呆気にとられたようにその物体に目を奪われている中、ユースケはその物体が、かつて妹のユリの手術の際にあの街へ連れてってくれた救急車と同じ種類の物だと分かった。ユースケたちはその後も、その物体が遥か遠くへ飛んでいき、姿が見えなくなるまでずっとその場で立ち尽くしたまま見送っていた。
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登場人物紹介

ユースケ

主人公。能天気で素直な性格。生まれつき体の弱い妹のユリを溺愛する。

ユズハ

ユースケの幼馴染み。ユースケと違って真面目なしっかり者。

ユリ

ユースケの妹。体が弱く学校に通えず、母親の手伝いをして過ごしている。

タケノリ

ユースケやユズハの幼馴染み。フットサル部に所属する好青年。

カズキ

ユースケたちの友達。ユースケと並んで成績が悪いお調子者。

セイイチロウ

ユースケたちの友達。長身ながら臆病者。ユズハに好意を寄せている。

アカリ

ユースケたちと幼馴染みでユズハの親友。ユースケに好意を寄せる。

ユミ

ユースケたちの同級生で学年一の成績を誇る。

リュウト

ユースケと同期のイケメン枠。工学府に所属する。

ユキオ

臆病でびくびくしている。ユースケ、リュウトと同じく工学府に所属する。

チヒロ

リュウトの彼女。友好関係が広い。社会開発学府に所属する。

フローラ

突如大学校の書店で働き始めたブロンドヘアの美女。

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