第15話

文字数 3,056文字

 新年を迎え、本格的に学校に通い続ける者と通わずに実家での家業なり専門の大学校に通うための準備を進める者とがはっきりと分かれるようになった。タケノリたちを含めた運動部員もその活動を終えて授業に集中し、課題に取り組む日々が始まった。ユズハも運動部と同じタイミングなのか引退したようで、ユースケはタケノリとユズハと共に図書館で一緒に勉強する日が増えた。ユリの病室で勉強するには三人は多すぎるので、ユリの見舞いには図書館での勉強が一通り済んだ後ということになっていた。
「この間の試合さ、俺勝つつもりだったんだ」
 リハビリスペースにてユリがユズハと看護師の付き添いの下リハビリを行なっているとき、タケノリが思いついたようにそう言った。ユリが十秒ほどの早歩きで膝をついて息を切らしてしまい、ユリの元にユズハと看護師が駆けつけていた。リハビリスペースには他の患者もリハビリに使用しており、そのため付き添える人数に制限があったので、ユースケたちは窓ガラス越しにユリたちを見守っていた。
「やるからには、そりゃ勝つつもりなんじゃないのか」
「そう言われればそうなんだけどさ……何て言うか、どうしても勝ちたかったし、負けられないって思ったんだよなあ。かっこつけとかじゃなくてさ」
「……タケノリの気迫は皆に伝わったと思うぜ」
「……それなら、それはそれで良かったのかなあ」
 タケノリはやはり、あの試合のときに見せた熱血な表情は見せず、気負いも何もない涼しげな表情で優しくユリたちのことを見守っていた。
「来てくれてありがとうな」
 タケノリは最後にそっと気恥ずかしそうにそう付け足した。ユースケも「おう」と軽く返事をすると、そこでタケノリはもう一度、試合が終わった後に見せたような、清々しい表情に一瞬だけ見せた。
 カズキはタケノリの試合を見に行ったのを最後に登校する気配を絶った。帰り道にいつになく真剣な表情で言っていたことと関係しているのだろうと理解していながらも、ぱったりと来なくなったカズキはそれでは家で一体何をやっているのだろうかとユースケは気になった。試合の日、タケノリのことを何も知らないとぼやいていたカズキだったが、ユースケはカズキのことも何も知れていなかったのだと気づいた。セイイチロウは時折登校してくるものの、ほとんどを何故か図書館で過ごしていた。昼食を一緒に食べているときに何をしているのか尋ねてみるも、「俺もちゃんと決まってから言うことにする」とだけしか答えなかった。つれない友達だなとユースケは不貞腐れた。
 授業の内容も登校する人がはっきり分かれるようになった頃からその質が変化していった。知識として学校で学ぶ内容はもう一通り終えたらしく、毎年この時期に合わせて、それらの知識を前提とした議論式の授業が中心となっていった。あるテーマが提示され、それに対して何かしら自身の意見を理論立てて作り、しばらくその時間を取った後で皆の前でその意見が先生の口から発表され、ときに生徒の方から賛成だったり反対だったり何かしらの意見を出しながら、最後に先生がまとめる、という形式で、最後にそのテーマに関した課題が出されるときも少なくなかった。テーマは様々だが、共通しているのが、明確に全員が一致するようなこれだという答えは存在せず、また色々な参考書を用いて調べながら取り組むようなものだということだった。ユースケとしてはこれまで散々授業をサボったり涎を垂らしながら居眠りしていた負債が未だに残っているため、それを取り返すための勉強も自主的に取り組まねばならなかったのが、新しくなった授業は嫌いではなかった。今まではこれだと決まった答えを求められて、「そんなもん知らねえよ!」となって適当に答え、明確にそれは間違いだと返されるのが気に食わなかったのだが、今回のは自由に思ったことを好き勝手に言っても問題がないというのが、ユースケにとってはストレスフリーで大変気に入っていた。
 六学年に上がるまでは試験もないらしく、その代わり少し多めに出される課題という名の宿題に取り組む日が続いた。外では寒々とした空がどっしりと構えて地上を見張っていた。窓越しに眺める外の風景は、最近になって人の通りも少なくなりすっかり寂しくなっていた。ユリの病室でのんびり課題について考えを巡らせていると、日差しが目に見えて傾いてきて、時間があっという間に過ぎ去っていくのを肌身に感じられた。そんな風に日は猛スピードで巡っていくのに、ユリの病室でのんびり課題に取り組んだり、図書館でタケノリやユズハと一緒に協力しながら課題に取り組んだりする時間は、時間が早く流れているとは思えないほど静かで穏やかなものだった。
「ふうん。お兄ちゃんってばもうすっかりインテリになっちゃったんだねえ。『対消滅実験がどの国でも成功しなかったら人類はどんな歴史を歩むことになっていたと思うか』、なんて聞かれても、私さっぱり分からないや」
 病室のベッドで、興味を持ったユリがユースケの取り組んだ課題の用紙を受け取り、悔しさと感心が入り混じったような複雑な表情で課題の用紙を睨んでいた。今日はユリの経過報告の日であったため、ユズハたちは来ておらず母親が到着するのを待っていた。
「はっはっはっ、何ならお兄ちゃんが勉強教えても良いんだぞ」
「でもお兄ちゃん、これすっごい赤ペン入れられてるじゃん。これに関してはお兄ちゃんもダメだったんじゃない?」
「……対消滅をちょっと自己流の解釈しただけで散々修正してきやがって、先生も冗談の通じない人だよ」
「課題で冗談書くなんて、お兄ちゃんやっぱりバカだなあ。全然変わってないね」
 ユリが愉快そうにくっくっと喉奥で笑いながら肩を揺らした。ユースケとしても好き勝手書くにしても冗談を書くつもりはあまりなかったのだが、対消滅についてはちょうどこれまで授業をサボってきてかつ勉強の追いついていなかった範囲の内容だったため仕方がなかった、ということで自分を納得させていた。ユリに見せた課題は、授業形式が変わって一番最初の課題であり、初っ端からあまり身に覚えのない単語が出てきて焦ったユースケは、結果としてこれまでの授業内容の復習に文字通り寝る間も惜しんで励むようになった。
「でもまあ、お兄ちゃんは望遠大学校に行けそうなんだね?」
「まあな。というか、何が何でも行くけどな」
「おおー。うんうん、順調そうで良かったよ」
 ユリは本当に嬉しそうにうんうんと頷いた。ユリのリハビリも順調なようで、室内で過ごしているうちに白くなった顔色も不健康そうなそれではなく、色白な女の子という魅力になり得るほどにまでなっており、母親の畑仕事で培ってきた筋力も戻りつつあるようである。ユリはユースケの課題の用紙を丁寧に折り畳みユースケに返却する。
「もうすぐお兄ちゃんも最高学年になるんだねえ。何だかフシギ」
「そうだなあ」
「……私の退院も、もうすぐだと良いなあ」
「それは大丈夫だろ。俺が頭良くなる方がよっぽど難しいことなんだからな。それも叶っちまいそうなんだから、ユリだってあっという間さ」
「……それ、自分で言っちゃうんだ」
 ユリはもう一度愉快そうに肩を揺らした。木の葉が風に舞い、ユリの病室の窓に打ち付けた。ユースケも一度窓の外を眺め、ふっと一息吐いて、取り組んでいた課題を再開させた。ユリも看護師から借りたという小説を読み始めた。穏やかな静寂が黙々と目の前のことに集中する二人を優しく包んでいた。
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登場人物紹介

ユースケ

主人公。能天気で素直な性格。生まれつき体の弱い妹のユリを溺愛する。

ユズハ

ユースケの幼馴染み。ユースケと違って真面目なしっかり者。

ユリ

ユースケの妹。体が弱く学校に通えず、母親の手伝いをして過ごしている。

タケノリ

ユースケやユズハの幼馴染み。フットサル部に所属する好青年。

カズキ

ユースケたちの友達。ユースケと並んで成績が悪いお調子者。

セイイチロウ

ユースケたちの友達。長身ながら臆病者。ユズハに好意を寄せている。

アカリ

ユースケたちと幼馴染みでユズハの親友。ユースケに好意を寄せる。

ユミ

ユースケたちの同級生で学年一の成績を誇る。

リュウト

ユースケと同期のイケメン枠。工学府に所属する。

ユキオ

臆病でびくびくしている。ユースケ、リュウトと同じく工学府に所属する。

チヒロ

リュウトの彼女。友好関係が広い。社会開発学府に所属する。

フローラ

突如大学校の書店で働き始めたブロンドヘアの美女。

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