第15話 研究を、語る

文字数 3,210文字

 リュウトが出来れば学校の外で話したいとのことで、ユースケたちは寮貸し出しの自転車を使って大学校外の川までやって来ていた。その際に、ユースケは念の為、「リュウトに会ったので話を聞いてくる」という書き置きをナオキの部屋の扉に張り付けてきた。
 リュウトは真っ先に土手に降りて行き、少し足を伸ばせば水に濡れてしまうぐらいの場所に腰を下ろした。その斜め後ろにユースケが、さらにその斜め後ろにユキオがそれぞれ座った。真っ盛りの寒さが地面を通じて尻から伝わってきて一瞬だけビクッとする。ぼうっと川の向かい岸に佇む街並みを眺めていると、さらさらと流れる川のせせらぎがひどく頼りなく聞こえた。
「んで、フラれた俺を慰めに来てくれたのか?」
 リュウトがやけくそのように石を川に放り投げる。石は水面で一回も跳ねることなく、ちゃぽんとそのまま虚しく沈んでいった。そんな態度のリュウトが何だか許せなくて、ユースケも石を思いっきり川に投げる。何度も水面で跳ねて、それでも向こう岸までには届かずに中央あたりで沈んでいった。
「リュウト、チヒロが行方不明っぽいのは知ってるのか」
「……ああ、知ってる」
「何があったんだよ。知ってるなら、何で暢気に研究室に来られるんだよ」
 自分でも厳しい言い方をしているとユースケは自覚していたが、それでもリュウトはそれに対して「ああ」と寂しそうに呟いただけで、ぼうっと川の水面を眺めていた。その様子は、まるで仕事を退職したばかりの老人のようだった。
「俺、なんてフラれたと思う? ……『マジになって金稼ぐつもりはないんだね』だってさ」
 リュウトの告白は、とても聞き覚えのある言葉のような気がして、ユースケは耳と胸がずきりと痛んで何も言えなかった。ユースケの背後では、ユキオがつばを飲み込む気配がした。ユースケたちが言葉を失っている間も、リュウトの独白は続いた。
「チヒロが……アイツが何で俺と付き合おうとしてきたのかは、大体知ってる。アイツ、将来金を稼いでくれそうな男を捕まえて結婚するつもりで、色んな男探して付き合ってきてたんだよ」
「…………だから俺にはなびかなかったんだな」
 やっとのことで言えたユースケの冗談に、リュウトも「そうだな」と笑ってくれた。それでも沈んだ横顔は、晴れなかった。
「俺も初めは、将来金になると思ってあの研究室選んださ。対消滅のエネルギーを軍事技術じゃなくて、普通に社会に還元できる形にすれば、この先食いっぱぐれることはないって。少なくともその知識は、形式上でもまさに衰退からの復興を謳うこの社会には絶対必要となる知識だと思った。だから選んだし、チヒロもそれで俺に寄ってきた」
 リュウトの説明に、ユースケはなるほどと思った。一度も思いもしなかった考え方にユースケは素直に感心し、場違いながらチヒロたちのことが解決した後で対消滅のことについても詳しく調べてみようと思った。
「アイツはちょっと極端だが、でも大学校に来る奴らなんて多かれ少なかれそんな考えの持ち主ばっかりだ。将来、この衰退し続ける世界で少しでも安定して平穏に生きたい。そう思ってる奴らばかりさ。でも……この世界には、そうじゃない奴もいたんだよなあ、変なことに」
 そこで、ふっとリュウトはユースケの方を振り向いた。大学校に入学して以来、長い時間を共にした友人のそんな顔を見るのが初めてで、ユースケは戸惑いながらもしっかりと受け止めねばと感じた。
「俺、お前のこと変な奴だと思う」
「……急に何言うんだよ、喧嘩売ってる?」
「売ってない。まあ聞けって」
 いきなり罵倒してきたリュウトは何でもないように再び川に視線を戻し、石を思いっきり投げた。その石は一、二回ほど跳ねてすぐに沈んだ。そのときに生じた波紋がリュウトの足元まで届いた。
「お前みたいな奴、そういねえよ。こんな世界で、損得も打算も丸っきり考えていないのに、微塵も将来を怖がってねえ奴……こんな奴もいるんだって思えて、俺は自分の世界の狭さを思い知らされたよ」
 罵倒から始まったとは思えないリュウトのそれらの台詞に、ユースケは頬が緩みそうになるが、それでも脳裏に焼き付いた先ほどのリュウトの表情がちらついて緩みそうになる頬がピシッと引き締まる。いつの間にか、ユキオがすっと立ち上がった気配がしたかと思うと、ユースケの隣に座ってきた。その気配を察知したのか一瞬だけリュウトがちらりと見た。
「俺、ユースケのこと変だと思ってるけど、でも本当に尊敬してるぜ。でも、俺がそれを見習おうとすると、つい足が竦んじまう。どうしても、踏み切れねえんだ」
「……どういうことだよ」
「……俺、研究テーマまだ決められてなくてさ。今までは対消滅のエネルギーを発電に活かすための研究をするつもりでいたんだけどさ……その、お前の夢に付き合ってみたい気持ちも出てきて、でも、どうしても踏ん切りがつかねえんだ」
「それは、どういう研究テーマなの?」
 初めてユキオが横から会話に参加してきた。リュウトはその言葉を待っていたかのように、一度深呼吸して、空を仰いだ。
「対消滅のエネルギーを、エンジン利用する研究……宇宙船に向けての、な。それが本当に効率良いのか、実現可能なのかは分かんねえけど、まあでも研究する余地は十分にあるよな」
 そこでもう一度リュウトは石を放り投げる。こんなに石を川に投げるのは子供のとき以来な気がすると、余計なことを思い出しながらユースケも一緒になって投げた。
 話はそれで終わったのかと思うほどの長い沈黙が訪れて、ユースケもどうしたものかと考えていると、再びリュウトの口が重たそうに開いた。
「発電と違って、宇宙船に向けての研究なんてそもそも今の段階では全然需要ねえ。いや、ないこともないけど、宇宙の中でも今のところ用があるのは今あるエンジンで十分行ける距離までのところだからな。研究してみてダメだった、てのが少なからずあるから、ちょっと怖い」
「はああ? おいおい、ええーなんでだよ。やろうぜ。今の俺への罵倒も水に流してやるからその研究してくれよー」
 話してくれている最中だというのは分かっているが、それでもリュウトの珍しい情けない言い方にユースケもつい急かしてしまう。リュウトも一瞬呆気にとられたように絶句していたが、少しして「お前なあ」とため息混じりに返してきた。
「僕も、宇宙船造り、手伝うつもりなんだ」
 苦笑していたユキオがあまりにもさらりと突然そんなことを言うものだから、ユースケは危うくその言葉を流しそうになった。すんでのところで「んん?」と引っかかりを覚えて、確認するようにユキオの方を振り返り、目が合うと、ユキオは力強く頷いた。そこには、先ほどまでユースケの前をどんどん歩いてリュウトの研究室に向かっていたときの積極性が確かに復活していた。
「まあ僕は、他のことやってても技術を生かせそうだからハードルが違うかもしれないけど……でも、僕も、誰かの役に立ちたい。そんな機械設計の技師になるんだって、決めた」
 ユキオの宣言に、ユースケは驚きで言葉が出てこなかった。今までにないそのユキオの宣言には、ユキオの態度には、ユースケが思わず心配になってしまうほどの変化があった。それはリュウトも同じだったようで、ユースケと同じように絶句したまま、意外そうに開かれた目がユキオのことをじっと見つめていた。
「僕、今までずっと、自分の意志なんてなかったけど……でも、今回は違う。僕が自分でしたいと思ったことなんだ。リュウト君、僕、決めたよ」
 ユキオのその宣言はリュウトの心を確かに響かせたようで、明らかに瞳の色が変わっていた。ユキオの言い方と、リュウトのその反応は、まるで以前にも似たようなやり取りがあったことを思わせるものだった。二人はこの冬休み帰省していない。きっとその間に何かあったのだろうと、ユースケは推測していた。
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登場人物紹介

ユースケ

主人公。能天気で素直な性格。生まれつき体の弱い妹のユリを溺愛する。

ユズハ

ユースケの幼馴染み。ユースケと違って真面目なしっかり者。

ユリ

ユースケの妹。体が弱く学校に通えず、母親の手伝いをして過ごしている。

タケノリ

ユースケやユズハの幼馴染み。フットサル部に所属する好青年。

カズキ

ユースケたちの友達。ユースケと並んで成績が悪いお調子者。

セイイチロウ

ユースケたちの友達。長身ながら臆病者。ユズハに好意を寄せている。

アカリ

ユースケたちと幼馴染みでユズハの親友。ユースケに好意を寄せる。

ユミ

ユースケたちの同級生で学年一の成績を誇る。

リュウト

ユースケと同期のイケメン枠。工学府に所属する。

ユキオ

臆病でびくびくしている。ユースケ、リュウトと同じく工学府に所属する。

チヒロ

リュウトの彼女。友好関係が広い。社会開発学府に所属する。

フローラ

突如大学校の書店で働き始めたブロンドヘアの美女。

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