第6話 二人の時間

文字数 2,421文字

 落ち着いたフローラが手を離すと、またいつものように食券を買い、一緒に席に座って食事を共にする。今日はユースケはかつ丼を頼み、フローラはハンバーグを注文していた。久し振りのフローラとの食事に、ユースケは筆舌に尽くしがたい温かな感情に胸が満たされて、これまで自身を脅えさせていた内なる魔物もすっかり退散し、改めてユースケはフローラのことが好きだと自覚できた。
「ユースケさ、私が何で来なかったか訊いてこないの?」
「ん? なんだ、訊いて良いのか?」
「……ううん、別に、そういうわけじゃないの」
「そっか。じゃあ良いよ。俺はこうしてフローラと一緒にいられるだけで幸せだからさ。フローラが言いたくなったらで良いから」
 ユースケは思いっきりカツにかぶりつく。卵がとろりと器の上に落ちそうになり、ユースケはずずっとそれを吸い上げる。フローラはそのユースケの仕草に、くすっと笑った。
「ねえねえユースケ。私がいない間どうしてた? 研究の話とかも聞かせてよ」
「ん? 良いぞ~」
 そう答えたものの、ユースケは研究の話はどこまで話せば良いものか迷った。どこまでが専門的で、どこまでが初見の人にも理解できる話なのか分からなかった。しかし、そのことを何となく呟くと、フローラが「ユースケの話なら何でも良い。好きなように話して」と言ってきたので、ユースケも、フローラに分かりやすく説明するつもりではあるものの、あまり専門的だとかは気にせずに話すことにした。
 フローラがいないと知って、そして大学校付近に警察官が居て取り乱したこと。それまで順調に研究を進めてきていたが、フローラに会えないだけで調子が落ちたこと。この間フローラがいない間に出たシミュレーションの結果は幸いにもソウマにも認められたものの、そのデータをもとにディスカッションした結果次にどんな実験をして研究を進めるかはまだ考えられていないこと。レイとシンヤがそんな自分に気にかけ続けてくれていること。ナオキには怖がられ、ユキオとリュウトには雑に心配されたこと。
 話をしているうちに、途中から順序とかどんな話をしようとかも気にせず、思いついた順に好きなように話すようになった。久し振りのフローラとの食事だからなのか、口も景気よく動いた。そんなべらべらと次々に話題があっちこっちさせながら話すユースケを、フローラは慈しむような眼差しで見つめていた。
「私、そんな風に話すユースケの顔が好き」
「……へっ?」
 ちょうど量子コンピュータは凄いのだが同時にすごく面倒臭いというただの愚痴のような感想のようなことをべらべらと喋っていると、フローラが脈絡もなくそんなことを言ってきた。頭の端で、こんな話をしてもしょうがないなと考えていたので、フローラの不意打ちに思考がバグった。
「ユースケって、いつも人を悪くするようなことは言わないで、何でも愉しそうに話してくれる。この世に絶対的に悪い人はいないんだって確信してるみたいに、誰かや何かを憎むことなんて知らないかのようにユースケは話してくれる。研究のことを話すユースケは、それに加えて、とても情熱的。そんなユースケが、すごく好き」
「お、あ、お……急に言われると、恥ずかしいから!」
「あはは」
 ユースケもたまらず抗議(?)するが、フローラは幸せそうに笑うだけで聞いている様子はなかった。
「よし、それじゃあ次に俺がフローラの好きな所を言うからな。覚悟しろよ」
「ええー、ちょっと恥ずかしいよそれは……」
 それからユースケは、仕返しとばかりにフローラのことがいかに好きなのかということを、時間も忘れて語った。明るいうちからフローラと合流したはずなのに外はすっかり暗くなっていたが、それでもユースケのトークは止まらなかった。フローラも恥ずかしくなって顔を真っ赤にさせていた。普段見慣れないフローラの赤面にユースケも少し興奮した。
「……あ、ごめん、俺がフローラのこと好きすぎて時間やばいかもしれねえ。大丈夫か?」
「え? あ、ああ、大丈夫大丈夫。ありがとうね」
 勢いのあったトークも静まり、二人で食堂を後にして校門へと向かっていた。先ほどの騒がしいくらいの盛り上がりも鳴りを潜め、静かな沈黙が二人を包んだが、その沈黙は幸福の象徴かのように心地が良いものだった。
「今日は久しぶりに会えて良かった。やっぱりユースケとの時間は私にも必要」
 校門での別れ際に、そんな感想をフローラは伝えてくれた。ユースケもすっかり舞い上がって再び抱き着きそうになるが、流石に人の目がそれなりにある街のど真ん中だったので鋼の精神でその衝動を抑えた。
「ねえユースケ。二週間後の日曜日なんだけど、昼頃に校門のところに来てもらっても大丈夫?」
「お、デートのお誘いですかねえ?」
「それは秘密にしておくね」
 フローラはくすぐったそうに笑った。しかし、校門というと先日の警察官たちの姿がちらつき、フローラのそんな提案も珍しいことも相まって、急に不安を覚えた。
「急にどうしたんだ? 何か、あったのか?」
「ううん。そうじゃないから、大丈夫」
 フローラはまだくすぐったそうに笑ったまま、ユースケの不安を打ち消そうと首を振ってみせた。それでも不安を拭いきれなかったユースケだったが、いつまでもフローラを疑うのは失礼だと感じ、ユースケもその言葉を飲み込んだ。
「分かった。それじゃあ、帰り気を付けてね。また明日の夜?」
「うん、また明日、今日と同じ時間に!」
 フローラは声を高くしてそう答えて、そのまま街灯だけに照らされる静かで暗い街に消えようとしていた。ユースケは油断すれば首をもたげてきそうな恐怖の魔物を必死に抑え込みながら、フローラの去って行く後ろ姿を見えなくなるまで見守り続けた。
 しかし、ユースケの漠然とした嫌な予感は別の形を持ってユースケに襲い掛かった。六月を跨いでしばらくすると、再び自殺者の噂が、もう一つ良くない噂を伴って流れてきた。
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登場人物紹介

ユースケ

主人公。能天気で素直な性格。生まれつき体の弱い妹のユリを溺愛する。

ユズハ

ユースケの幼馴染み。ユースケと違って真面目なしっかり者。

ユリ

ユースケの妹。体が弱く学校に通えず、母親の手伝いをして過ごしている。

タケノリ

ユースケやユズハの幼馴染み。フットサル部に所属する好青年。

カズキ

ユースケたちの友達。ユースケと並んで成績が悪いお調子者。

セイイチロウ

ユースケたちの友達。長身ながら臆病者。ユズハに好意を寄せている。

アカリ

ユースケたちと幼馴染みでユズハの親友。ユースケに好意を寄せる。

ユミ

ユースケたちの同級生で学年一の成績を誇る。

リュウト

ユースケと同期のイケメン枠。工学府に所属する。

ユキオ

臆病でびくびくしている。ユースケ、リュウトと同じく工学府に所属する。

チヒロ

リュウトの彼女。友好関係が広い。社会開発学府に所属する。

フローラ

突如大学校の書店で働き始めたブロンドヘアの美女。

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